命導の鴉

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第四章 星天燃ゆる雪の都

六幕 「星喰と星天と希望の翼」 二

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 ラボ前に到着するとユリクシエは護衛の衛兵をラボの入り口に配置して、アスたちを中に招き入れた。

 エラルの言った通り、ユリクシエはアスとシオンがついてきたことを気に留める様子もなく、むしろ好意的な印象で接してくれた。

 ラボに入るとガラスの壁によって六畳程度のスペースに区画された小部屋に出る。小部屋は密閉空間のためか少し息苦しく、隅に人一人が立って入れる大きさの円筒形のカプセルと、それを操作するための装置があるのみであった。

 アスの視界にはガラスの壁越しに様々な機器が置かれたかなり大きめの部屋が映るが、そこへ進むためには小部屋にある認証装置付きの扉を通過しなければならない形となっていた。

「ここは前室で滅菌室を兼ねているんだ。いきなりで悪いけど、先に進む前に三人ともそこのカプセル型の衛浄装置で滅菌をさせてくれ。一応色々な研究をするラボだし、変な菌とかを持ち込まれるのはあまり面白くないからさ。もちろん害なんてないから安心してくれ。まずは俺が入るよ」

 ユリクシエは小部屋の隅にある装置を操作してから円筒形のカプセルに入った。

 装置が小気味の良い機械音を鳴らすとカプセル内には衛浄系の青白い魔力光が放たれ、中にいるユリクシエの頭から足元までをその光で照射する。

 ものの一分もかからずに機械の処理は完了し、装置からは何かしらの結果を印字した紙が吐き出された。

 ユリクシエはカプセルの中から出るとその用紙を見て一つ頷き、続いて皆にカプセルに入るように促した。

 エラル、アス、シオンは不可解な装置に対して若干不安な表情を浮かべつつも、順次カプセルの中に入り光の照射を受ける。

 全員の処理が完了したところで、ユリクシエは装置から吐き出された用紙に目を通し始めた。

 ふと、ユリクシエが驚いた表情をしてシオンに視線を向ける。

「何かございましたか?」

 エラルが不思議に思ってそう尋ねると、ユリクシエは首を横に振って笑顔を見せた。

「いや、なんでもないよ。みんなちゃんと滅菌されたようだから奥に進もうか」

 ユリクシエが小部屋の奥に進み、認証装置付きの扉を慣れた手つきで操作する。最後にユリクシエが認証装置に輝印を行うと扉はゆっくりと横にスライドして道を開いた。

「さぁどうぞ。今は誰もいないから遠慮は無用だよ」

 ラボの大部屋内は、床や机などあちらこちらに資料が散らばっており雑多な印象である。更に奥には先ほど通った小部屋よりも分厚いガラスで区画された部屋があり、そこには用途不明の大きな電子機器類が多数置かれていた。

 ユリクシエが大部屋の一角にある比較的綺麗に整えられた机を手で指す。

「適当にその辺にある椅子に座ってくれ」

 ユリクシエはそう言ってから奥の小部屋に入り、程なくして一冊のノートを持って再び皆の前に現れた。

「それにしても驚いたよ。デュランダ公の従者に何気なく謁見に来ている者は誰かって聞いたら、エラルの名前が出てきたからさ。最初は同姓同名の別人かとも思ったけど、もしかしたら本人の可能性もあるしって、そんなこと考えていたらいてもたってもいられなくなってね。デュランダ公には悪いけど、つい謁見の間に乱入しちゃったよ」

「そうでしたか。私も急に殿下が現れましたので驚きましたよ。・・・それで、なぜ私をこのラボに?」

「ふふ、エラルにこれを自慢したくてさ」

 ユリクシエがパンパンと手に持ったノートを軽く叩く。

「実はデュランダ公の要請で数週間程前から調査研究のためにユフムダルに来ててね、これはその調査研究の成果をまとめたノートになるんだ。同年代で俺が研究の成果を直に自慢できる相手なんてそうはいないからな」

 屈託のない笑顔を見せながらユリクシエがノートを差し出すと、エラルは一気に渋い表情になった。

「う、やっぱりそういったお話でしたか・・・」

「はは、そんな顔するなよエラル。今回の内容は会心の出来だからびっくりするぞ」

「失礼ながら殿下、以前もお伝えした通りで私は殿下の研究を快く思えませんので、どうかご容赦いただきたく・・・」

 エラルがそう言うとユリクシエは笑顔のまま首を横に振る。その笑顔には言いようのない圧が感じられた。
「駄目だエラル。全部見ろ、そして感想を述べよ」

「・・・承知いたしました。そこまで殿下が仰るのであれば拝見させていただきます。アスとシオンは見ない方がいい。殿下はエルダワイス国の中でも最高峰の生体学者で、その研究内容は常に先進的なんだけど、反面、かなり衝撃的なものが多い。初見だとかなりキツいと思うからノートは俺が責任を持って見るよ。だけど側にはいてくれ。二人がいないと多分精神がもたないから」

 最早怯えに近い様子で差し出されたノートを受け取ったエラルであったが、そのタイトルを見たところで目を見開く。

 エラルの横にいたアスとシオンもそのタイトルを見て同様に驚いた表情を見せた。

 そのノートの表紙には『星喰の生体調査記録(控)』と書かれていたのだ。

「星喰・・・」

 エラルの驚いた表情にユリクシエはニヤリと笑みを浮かべる。

「エラルは一ヶ月位前にこの城に不審者が二名侵入したことを知っているか?」

「ええ、噂程度には」

「その内の一名をその場で志征が捕らえたんだけど、驚いたことにそいつはなんと崩記で描かれた星喰の末裔だったんだよ。それで急遽、俺が生体についての調査研究を行うことになってね。まぁ本書はデュランダ公に提出したから写しになるけどな」

 誇らしげな表情をするユリクシエをよそにエラルはまじまじとそのノートを見つめる。

 そのエラルの肩をポンとアスが叩いた。

「エラル、どんな内容なのか分からないけど星喰のことが書かれているのなら僕も見たい。殿下、僭越ながら僕も拝見してよろしいでしょうか?」

「私も見せていただきたいです」

 アスとシオンの申し出にユリクシエが嬉しそうにうんうんと頷いた。

「いいね。二人とも実にいいよ。このノートの価値がよく分かっている。是非二人も見ていくといい。エラル、知的探究心を持つ二人の意思をむげにしちゃあいけないよ」

「・・・分かったよ。それじゃあ二人とも覚悟だけはしてくれ」

 ゆっくりとエラルがノートを開くと最初のページには、獄に繋がれた体に無数の刀傷のある大柄な男の写真があった。

 瞬時にアスはハマサ村でリアスと行動を共にしていた男であることに気付く。名前はウィルマと記載されていた。

 それから数ページ読み進めたところでアスとシオンの顔が一気に青ざめる。エラルが見ない方がいいと言った理由がよく分かった。

 そこには目を背けたくなるような常軌を逸した悍ましい人体実験の様子が写真付きで記されていたのだ。

 ページをめくるたびに人の倫理観など全く感じられない異常ともいえる調査記録が続き、アスの中には強烈な不快感が増大していく。正直、あまりにも酷い内容で全く頭に入ってこなかった。

 それでもアスは、この生体調査記録から何か星の意思を変えるための重要な手がかりが得られないかと湧き上がる怒りを抑えながら懸命に調査ノートを読み進む。

 しかし、残念ながら最後のページまでを読み終えてもそれらしい情報は得られず、ただ不快感だけがアスの感情を満たした。

「どうだった?すごいだろ!」

 そんなアスの感情をよそに、調査ノートを読み終えたことを確認したユリクシエが嬉しそうな笑顔でそう問いかけてくる。

 倫理観の欠けたその言葉と笑顔がアスの感情を強く逆撫でた。

「失礼ながら、ただ惨いだけで私には到底理解出来る内容ではありませんでした」

 怒気をはらんだ声でそう言うアスにユリクシエはキョトンとした表情を返す。

「なんだぁ、全然面白くない回答だな。行った内容なんかよりも得られた情報を評価してくれよ。・・・そうだな、例えば14ページのところなんて特に面白くて」

 悪びれる様子もなくニヤニヤと笑いながら調査ノートの説明を始めようとしたユリクシエを見て、アスの怒りが頂点に達する。

「ふざけるな!いい加減にしろ!」

「お、おい、アス!落ち着け!」

 エラルがなだめようとするが、それでも抑えていた感情が爆発したアスは止まらない。

「まさかお前がこんな最低のやつだったなんて!許せない!なんで、なんでお前みたいなやつが・・・」

 不快感による怒りとは別に、悔しさも入り混じるような複雑な感情がアスを支配する。
 
 悔しさの源泉はユリクシエに対するアス固有の感情である嫉妬心だった。つまり、ユリクシエがジゼルの血の繋がった弟であるという事実がアスの怒りに拍車をかけていたのだ。

「アス、落ち着けって!殿下、申し訳ありません。どうかご容赦ください」

 慌ててアスを擁護するエラルに対して、ユリクシエは何も気にしていないといった様子で笑顔を見せる。

「え?別に構わないよ。俺が感想をくれと言ってアスはこれを許容できないと述べた、ただそれだけのことだろ?」

「・・・さ、左様でございますか、それならば良かったです」

 ユリクシエから肩透かしともいえるような言葉が返ってきたためか、エラルは呆気に取られたような表情でそう言った。

 怒り心頭のアスも、あまりにも淡白な対応で怒りを受け流されたことで、一旦冷静さを取り戻す。

「さてと、アスの感想は聞いたからもういいとして、エラルとシオンも感想を述べよ」

 少し躊躇うような表情を見せてからエラルが口を開いた。

「・・・では私の方からも率直に感想を申します。申し訳ありませんが殿下、私も概ねアスと同意見です。このようなことはなさるべきではないと考えます」

「ふーん、そっか。残念ながら今回もエラルには刺さらなかったか。結構いい内容だと思ったんだけどなぁ。最後はシオンだけど、やっぱり同じ意見?」

「はい、ただただ不快でした」

「・・・そっか。つまんないなぁ」

 ここまで真っ青な表情のままで黙り込んでいたシオンが、ユリクシエの問いに呟くように答えると、ユリクシエはがっかりした様子で肩を落とした。

「ですが、一つだけ気になる点があります」

「ん、え?、なに?、どれ?、どの部分!?」

 初めて調査書の内容に触れるような言葉が場に出たことで、ユリクシエの表情が一気に明るくなる。

「輝核が格納されているとされる輝核床を含む総床器官について特異な箇所があったかと思いますので、その点を詳しく知りたいです」

「おお!そうそれ、そこ重要だよね。まさに説明したかった14ページだよ。少し長くなるかもだけど是非説明させてくれ」

 嬉しそうにユリクシエは近くにあったホワイトボードに簡単に体内器官の図を描き始めた。

 その様子を見ながらエラルがシオンの腕を肘でつつき、ひそひそと声をかける。

「いいのかシオン?さらに嫌な話を聞くことになるかも知れないんだぞ?」

「うん・・・、確かに調査ノートは見るに堪えないひどい内容だった。それでもインディジの生体については知っておきたいの。多分私の体にも関わることだと思うから」

「そうか・・・。シオンがそう言うのなら、アス、俺たちもちゃんと話を聞こうか」

「そうだね。正直、許せない気持ちは抑えきれないけど、冷静に考えればこんな機会は滅多にないことも事実だからね。シオンが気になる点だけは最後まで聞いていこう」

 三人の意思が統一されたところで、ホワイトボードに図を書き終えたユリクシエがアスたちの方に笑顔を向けた。

「それじゃあ、説明を始めるよ」
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