星に願えば

木野恵

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19.地上のトラブル空のスクランブル

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 最悪な夢を見た日の寝起きは重たくて憂鬱だったけれど、目に飛び込んできたとんでもない光景に落ち込んではいられなかった。

 昨日までなかったでっかい緑の木が目の前にそびえ立っているのだ。

 記憶違いか、知らない場所に連れていかれたのか……。

 寝起きだったこともあり、慌てて周りを見回すと、テントはあるし焚き火のあともあって、精霊二体はスヤスヤグーガー眠っている。

 今把握できる限りの状況から、木が突然生えてきたとしか思えない。

 念のため影の精のカードを手に、木にそっと近寄る。

 目の悪さ故に、木の根がでっぱっていることに気付かず、力一杯つまずいて転んでしまった。

 派手にこけながら、影のカードがフリスビーのような飛び方をしていくのを見送り、強く地面に倒れる衝撃を全身で味わった。

 痛すぎて目の前をチカチカさせながら、地面に舞い降りたカードを見ると、発動条件をクリアしている上に効果の文字がうっすらと浮かんでいた。

 カードに浮かんでいるのは「瞬間移動」で、どういう使い方で何が条件だったのかさっぱりわからなかった。

 昨日、カードを投げようとしたときは縦向きだったな……。横向きだと違うってことだろうか?

 調べたいことがまた一つ増えた。条件の方は手がかりもなにもないから知りようがないけど、少なくとも中二病じゃなかった!

 やはり、誰にも見られていなければ中二病は避けられるのかもしれない!

 やった!大きな一歩だこんちくしょう!二度と中二病なんかしてやるもんか!

 呑気にそんなことを考えていると、カードの魔法が発動して瞬間移動が起きた。

 この姿勢のまま移動するのって、物凄くまずくないか?!移動後直立してくれてたらいいけど確実にそうはならんだろ!まずいっ!やばいやばいやばい!

 案の定、こけたままの姿勢でカードの落ちた場所まで瞬間移動した。

 地面から浮いた位置からの着地だったので、もう一度全身で大地を抱き締める羽目になった。とっても熱烈に。

「ふぎゅっ」

 あまりの痛さに情けない声が自然と出た。

 痛い、痛すぎる。私がいったい何をしたっていうんだ!

 運の悪さが極まるとここまでなるのか……。なんて日だ。

 自分の不運を嘆きながら、痛みがおさまるまでしばらくの間、倒れたままじっとした。

 じっとしながら、カードについていろいろなことを考えた。

 投げ方を変えてみて実験したり、貼り付ける対象が木じゃなくなったらどうなるのか試してみたいと思った。いろいろ試したいことがたくさん浮かんでくる。

 構えるとき、投げるぞって気持ちで構えるから、気持ちの切り替えで発動する効果が切り替わったりしないかな?もし切り替えができたらフェイントをかけられそうだな。



 ようやく痛みが引いてじんじんとした感覚も落ち着いてきた頃、もう一度目の前にあるでかい木へ近づいてみた。

 天まで伸びる木が出る童話といえば、ジャックと豆の木の木じゃないかと思った。他には神話でしか知らない。

 目を凝らして木を見上げると、案の定、誰かが木を登ろうとしているのが辛うじて見えた。

 人にも木にも童話にも好奇心はあるけれど、関わると物語が変わるし良いことなんてきっとないから、気付かれないうちにテントまで逃げ帰ることにした。

 今回は、テントにもどるまで誰にも見つからなかったし、童話が変わった様子もなく、なにも起きずにすんだようで胸を撫で下ろした。

 テントにもどると影の精も雷の精も起きていて、木についてあれやこれや楽しそうに話しているところだった。

 雷の精が影の精にあれこれ話し、影の精はそれに対して石で文字を綴って返事をしている。

 そうだ。影ちゃんは瞬間移動ができるのもきっと知らないだろうから教えてあげないと。

 声をかけると、どこへいっていたのか精霊たちから心配された。

「おめえ、怪我してるしボロボロじゃねえか!……一人で歩かせても心配なくなるまで、もう勝手にふらつくなよ」

 雷の精の言葉にはなにも言い返せなかった。

 思い返せば、旅にでてから単独行動していると、ろくなことが起きていない。

 カエルに娶られかけたり、狼に襲われたり……散々な目に遭いすぎている。

 もしかして、一人で余計なことばかりして勝手に危ない目に遭ってないか?なんて気がしてきてしまう。

 シュンとしていると、雷の精は「何かしようとしたからこそ、いろんなもんに揉みくちゃにされるもんだ。人生ってそんなもんさ。それと、一人で何があっても無事ですむようになるまでは単独行動しないこと」と言ってくれた。

 まるでお父さんみたいだな。

 あははと頭の後ろに手をあてて笑っていると、影の精が駆け寄ってきて、心配そうに怪我を見つめておろおろした。

 こけたときに服をどこかにひっかけてしまったようで、一部が破れていたようだ。

 体は土まみれで血が少し滲んでいる。心配してもらうまで気がつかなかったな。

 そんなことよりも……。

「影ちゃん!影ちゃんは瞬間移動もできるみたいだよ!」

 興奮しながら影の精に話しかけると、影の精は目を丸くした。

 怪我は良いのか?と言わんばかりに傷口を指差してから、もう一度私を見つめてきたので思わず頭を撫でたくなってくるが我慢した。

「もしかしたら他にもたくさんの可能性があるかもしれない。怪我はほっといてもすぐ治るさ。そういえば、変身以外の力って使えたかい?」

 影の精はまだ心配そうにしていたけれど、少し嬉しそうに頬を染めながら頷いた。

 影の精が地面に文字を綴って伝えてくれたのは「捕縛も吸引もできたよ!他には、雷の精から指南してもらって、相手の視界を真っ暗にしたり、影に潜り込んだりもできた」とのことだった。瞬間移動はまだ知らなかったしどうやるのかわからないらしい。

 影の精は目を輝かせながら文字を綴り「相手の視界を真っ暗にし続けたら寝かしつけることもできた」と教えてくれた。

「影ちゃんすごい!」

 褒められた影の精は嬉しそうにしながら振り向いた。

 小さい子を見ているみたいで本当に癒されるなー。

 そっと頭を撫でると嬉しそうに目を細めていて、もっと心が安らいでくる。

 カードでも影ちゃんと同じことができるかわからないけど、少なくとも影ちゃんがすごいのは確かだ。変身以外にもたくさんできることがわかって何よりだよ!

 心の中がじんわりと温まってくる。

 影ちゃんが心配してついてきてくれていなければ、今頃どうなっていたことやら。

 カードの件でもそうだったけれど、影ちゃんが自分のできることがわかったのも、私のためについてきてくれたから新しく知れたことだね。

 情けは人のためならず。

 幼い頃、そう言い聞かされてきたっけな。

 まだ保育所に通っていて、誰からも意地悪なことも脅しもされていなかった頃だ。

 人のために良いことをしたらたくさん褒めてもらえて、いつか良いことがあると言ってもらえたっけ。

 幼い弟がどんくさいことしたのを見て笑ったとき、母から「人のことバカにしたり意地悪すると自分に返ってくる」なんていわれてすぐに頭を打ったこともあったな。

 でも、今まで良いことなんてあったかな。いつかっていつだろう。それに、今回の旅で豚くんは辛い目に遭って最後には死んでしまっていたぞ。

 寝るときに見るのはいつも悪い夢ばかり。

 運は最悪だし、あえて振り返らないよう、思い出さないようにし続けてきた。

 そうして、良かったことや嬉しかったこと、今目の前にある物事から楽しいことを見出だして暮らしてきた。

 しかし、今こうして振り返ると頭に浮かぶのは辛いことばかり。

 あの日、真っ青できれいな空を見上げながら、明るい間は見えない星にお願いをしたときの想いが胸に蘇る。

 だめだ。やめよう。きっと、情けはかける相手を選ぶべきってことなんだ。

 それに、今は目の前にいる愛くるしい影ちゃんを愛でまくって心に安息を!

 両手で頬っぺたを包んでさらにヨシヨシ撫でまくると、影の精はくすぐったそうにしながら顔を赤らめてくれた。

 可愛いなあ、ほんと。

 夢中になっていると、雷の精がじっとこちらを見ていることに気がついた。

 視線を向けると雷の精と目が合い、ニヤッと笑われた。

「な、撫でられたい?」

 雷の精に笑われたのと、影の精に夢中になっていたのが恥ずかしくて、思わず明後日の方向の質問をしてしまった。

 奴隷になって酷い目に遭い続ける前は、照れ隠しに相手を叩いたり暴言を吐いたりもしたっけかな……。

 今はだいぶ丸くなった方だとしみじみする。

「どーぞ!ごゆるりと。おっさんは酒でも煽りながらゆっくりしてるんで」

「酒なんて持ってきてたっけ?」

「電気を酒にたとえたんだよ」

「あー!なるほどね」

 納得していると、雷の精は両手の平を上に向けた状態で合わせ、盃を煽るようにして空中の電気を飲んでいた。

 美味しいのかな?

 美味しそうにあおっているから、うまいのは間違いないんだろうけど……。

 雷の精を見ていると、影の精が服の裾を引っ張ってきて我に返った。

 いかん、つい観察してしまっていた。

 影の精をにこやかに見つめると、コップに水を入れて持ってきてくれているではないか。

 影の精は満面の笑みでコップを差し出してくれている。

 やだ、この子可愛すぎる。

 飲み物がほしいと思ったんだね。気を遣ってくれたんだね?可愛いなあ、可愛いなあ!

 こんなに優しくしてくれるの、影ちゃんだけだよー!ほんと好き!

 口には出さずに気持ちを押さえ込みながら、影の精に一言お礼を言ってお水を飲んだ。

 いつもより美味しく感じるし、なんだかとっても幸せな気分だな……。

 お酒を飲んだときほどではないけど、体の奥底がポカポカする。これが思いやりの力か……。

 影の精を抱き締めたい気持ちをおさえながら「いつもより水が美味しい。優しさのスパイスってやつだね!傷がいつもより早く治るかもしれない」なんて言葉がすらすら口から流れ出てくる。

 嘘偽りのない本心で、影の精のくれた優しさが奏でた音だ。

 影の精もとても嬉しそうにしてくれて、さっきまでの憂鬱になりそうな気分がどこかへ飛んでいった。

 心の中が曇り空から雲一つない青空になったような、清々しい心地良さに浸りながら水をもう一口飲む。

 冷たいけど、あったかいなあ。

 体の中はひんやりと、心は芯からじんわりとあたたかくなって、あまりの心地良さに目を閉じて余韻に浸った。

 なんていい相棒をもったのだろうか。

 影の精はこんなに尽くしてくれて優しくしてくれるけど、家にいるみんなもそれぞれ違った優しさや思いやりがあって、各々の仲良くなり方でずっと付き合ってくれて、適度に一人で適度にほっとかないでくれていた。

 奴隷のときから付き合いのある石の精、奴隷から脱却するときついでにくすねたAI、山をもって家を手にするまで仲良くして見守ってくれたたくさんの精霊たち。

 家で待つみんなにもう一度会うためにも、なんとかして生きてここからでて帰りたい気持ちが強くなる。

 影の精に改めてお礼を言うと、コップを指差してから手を伸ばしてきた。

「さすがに自分で片付けるよ。そこまでしてもらうのはちょっと」

 断ろうとしたけれど、影の精は首を横に振ってコップに手をかけたので、潔く手放した。

 コップをすぐに手放したのは、甘えたいとか、折れようと思ったわけではない。

 昔、弟とカレーの取り合いをしたとき、器を手放さず吹き飛んで溢して手を火傷したから、頑固に誰かと物を一緒に持ったり奪い合いをしなくなったからだ。

 ごめんね影ちゃん。任せきりにしちゃって。

 謝ったら、影ちゃんはすぐになんでもないように笑顔を向けてくれるのがわかりきっている。

 それがたまに辛くなる。なんともいえない複雑な気分だ。

 甘えたくないならはっきり断るべきなのに、強く言えないで結局甘えている自分への嫌悪感。

 影の精が優しいのを理解していて、この子ならこんな反応がくるだろうと予想しちゃっている自分への軽蔑。

 他にも言葉にできない様々な自己嫌悪の感情が渦巻いている。そのどれも、決して影の精に向けた負の感情ではないのは確かだ。

 だから、心の中だけでそっと謝った。

 感謝もしているけど、任せてしまった申し訳なさの方が上回っているし、言葉にできない複雑な気持ちが、表に出すべき言葉じゃないと自分を制した。

 ダメだなあ、私は。

 しっかりすべき所でしっかりせねば。甘えっぱなしじゃダメだ。ダメだ……。

 でも、強く言うことができない。主張ができない。

 あんなに好意的に接してもらえているのに、断ることが難しい。

 自分が良かれと思ってしたことが断られると悲しい気持ちになるのを知っている。

 やんわり言えれば良いのだろうけれど、ちゃんと言える自信がない。

 言い方を失敗したり、言葉選びを間違えて影の精を傷つけるのが怖い。

 ダメだなあ。ダメだと思ったらなんて言うか考えて、頭の中だけでも言い方をイメージしておかないとな。

 たとえ練習して用意していたとしても、緊張しすぎてかんでしまったり、浮わつきすぎて余計酷いことになったこともある。

 要するに、自信がなければ成功体験もない。どうすればより良くなるのかもわからない。

 影の精が鼻歌でも歌ってそうな様子でコップを片しにいっている背中を見守っていると、雷の精が話しかけてきた。

「複雑なお年頃ってやつか?」

 酒という名の電気をすすってるのかと思いきや、いつから見ていたのやら。

 複雑な胸の内を悟られまいと、あえて適当に明るく「そうだよ」と肯定の返事をした。

 雷の精は茶化したりせずに、しばらく黙っていたけれど、意味ありげにニヤニヤしながら「ふーん」と言うのだ。

 自分の気持ちも理由も、文字ではなく口に出して表現するのが苦手だし、話したい気分でもないから反応しないでいた。

 雷の精は察したのか察してないのか、それ以上はなにも突っ込まずに黙っていてくれた。

 影の精はコップを片付けてニコニコしながら戻ってくると、座っている私の膝の上へちょこんと乗っかった。

 さっきまでの複雑な気持ちがまたどこかへいき、ただひたすら癒された。

 なんだか猫みたいだ。

 昔から、猫には懐いてもらえてたっけ。

 もし好かれなかったとしても、猛ダッシュで逃げてくれる。

 無理に触ろうとしなければ引っ掻いたり噛んだり吠えたりしてこないから良いんだよな、猫は。

 猫のことを思い浮かべながら影の精を撫でていると、雷の精が「そろそろ出発するぞ」と声をかけてくれた。

「もう調子は良いの?」

 雷の精は力こぶをだすような腕の構え方をし、にっこり笑って頷いてくれた。

 良かった。

 口には出さずに微笑み、空の旅に出る支度にとりかかった。

 魔法のカードに夢中になっていたからか、あんまり休めた気がしなかったけれど、雷の精は本当に十分休めたのだろうか?

 影の精のように無理も無茶もしないタイプの子だとは思うけれど。

 いつもの私なら、雷の精になにかがあっても何もできないだろうけれど、今は影の精がいるし、影の精の力が宿ったカードもある。

 もし雷の精になにかあって落下しても、掃除に便利だと思った投擲の効果でなんとかできると思う。

 自分にできることや備えがあると、何があっても大丈夫だね。たとえそれが自分だけの力じゃなくったって。

 しばらく空を行くと、絨毯がものすごい勢いで飛んできた。

 アラビアンナイトかな?

 そう思ったのも束の間、次は地上からたくさんの矢が飛んできた。

 もう物語めちゃくちゃなんじゃないか?!

 どちらの精霊も矢に当たっておらず無事だったけれど、これ以上攻撃にさらされるとさすがに当たるだろう。

 もしもに備えてカードを手に構えると、空が眩しいほどの光を放ち、矢の雨が急に止んだ。

 地上を見ると、かぐや姫らしき人が使者に連れられて行くところだった。

 空を見上げれば、月らしきものが夜の暗闇そのまま、黄金に輝いている。

 願えば魔法が使えるかな?

 願おうとしたのも束の間、月は消え、かぐや姫たちも消え、元の静かな夜にもどってしまった。

 なんだか流れ星みたいだったな。願う間もなくあっという間。

 肩を落としていると、雷の精が無事を確認してくれたので手を挙げてこたえた。影の精も両手を振って無事をアピールしている。

「よし、全員無事だな?適当にこのままいくか?それにしたって、空飛び始めて一日経ってからなにかしら起きるなんて、邪魔でもされてんのかね?」

 雷の精の疑問はもっともだと思った。

 今まで何もなかったのに、こんなに立て続けに空で童話の物語と遭遇するなんて変だ。

 でも、これを乗り越えたらあとはなにもないかもしれない。

「試しにこのまま飛ぼう?偶然かもしれない。私の運の悪さが影響したかもしれない」

 もしかしたら私のせいで二人とも巻き込まれたのかな?なんて本気で気にしながら口にすると、雷の精はガハハと大笑いしながら手をひらひらさせた。

「お前さんの運がいくら悪かろうがただの人間の不運だろう?精霊様二体の力をねじ伏せるほどの不幸があるかどうか試してやろうじゃないか」

 雷の精の言葉は、私の顔が熱くなってくるほど心を軽くしてあたためてくれた。

 でも、もしそのせいで死んだら?なんて心配がなくなるわけでもなくて、どうか雷の精に嫌なことが起きないで良いことがたくさん起きてほしいと心から願った。

 たとえ魔法も奇跡も使えなくたって、特別な何かが起きてくれるわけでなくても、願いも祈りも自分の嘘偽りない素直な気持ちだ。

 それに、願うのは自由でタダだからね。
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