次期社長と訳アリ偽装恋愛

偽装恋愛、始めます

９

私は【えっ、そうなんだ】としか返信できなかった。
昼休憩の出来事なのに、広報部の玲奈のところまで噂が広まっていた。

「へぇ、どんな？」

立花さんは楽しげに聞いてくる。

「立花課長が彼女からの手作り弁当を食べていたって」
「なるほど。でも、間違いじゃないだろ。あの弁当は俺の彼女に作ってもらったものだし」

彼女、じゃなくて偽装彼女ですけど。

「いいんですか？会社の人に誤解されたままで」
「誤解じゃないから大丈夫。河野さんが気にすることはないよ。寧ろ、社内でこの話が広まったのは俺的にはよかったと思っている」

どういうことだろう。
もしかして、彼女がいるってことにしたら他の女子社員の人から告白されたりしなくなるからだろうか。
奇しくも、この休憩スペースは立花さんが告白された場所。
そういうのが減るってことなのかもしれない。

「それより、さっきのため息の原因は解決しそう？」

ただ、休憩していただけじゃないっていうのはバレていたんだ。
立花さんには隠し事が出来ない気がしたので開き直ることにした。

「はい。もう大丈夫です。自分の未熟さに落ち込んでいただけなので。気持ちを切り替えて頑張ります」

ダメ出しをされるのはよくあること。
改善点も分かってるし、あとは自分で努力するだけ。

「そっか、ならいいけど。悩み事や心配事があったらちゃんと教えるように。仕事の愚痴でも何でも聞くよ。彼女の落ち込んでいる姿は見たくないからね」

その言葉を聞いて胸がキュンとなる。
彼女って私のことだよね。
こういうのに慣れていないので、恥ずかしいやら照れくさいやらで視線が泳ぐ。

「そんな可愛い反応されると困るなぁ」
「か、可愛い反応って……」
「恥ずかしそうに目を逸らしたり顔を真っ赤してたらもっと構いたくなる」

そう言うと、立花さんは一歩前に歩み寄り私の背後にある壁に手をついた。
これって壁ドンですか？
どうしてこんな状態になっているんだろう。
間近に立花さんの顔が迫ってきて身動きひとつ出来ない。

「ホントに河野さんは可愛いね」

目を細めて優しく笑い、私の額に唇を押しあてた。
えっ？

「じゃ、仕事頑張って」

私の頭をポンポンと叩き、その場を後にした。
残された私は呆然としてしまった。
壁ドン、額にキス、頭ポンポン……少女漫画に出てくる萌えのトリプルコンボを立て続けにされてドキドキが止まらない。

ハッとして休憩スペースの周りを見回し、誰もいないことを確認し安堵する。
誰にも見られてない、よね？

そういえば立花さんは休憩スペースに何しに来たんだろう。
自動販売機で何かを買うでもなく、休憩する訳でもなかったし。
たまたま休憩スペースに私がいたのに気づいて立ち寄ったのかな。

そんなことより、どういうつもりで私にキスしたんだろう。
額にだけど。
偽装だけど彼女だから？
いくら考えても答えは出ない。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、自動販売機で紅茶を買って企画部のフロアに戻った。