同期と私の、あと一歩の恋

松本ユミ

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あと一歩が届かない

本田くんが予約してくれたのは、会社の最寄りの駅前にある、こぢんまりとした『酔い処、心の灯』という居酒屋。

年季の入った木の引き戸を開けて店内に入ると、L字型のカウンター席が目に飛び込んできた。
その奥には、四人掛けのテーブル席が二つある。

壁にはおすすめメニューが書かれている短冊が所狭しと貼られていて、お洒落とは程遠い。
でも、どこか懐かしい雰囲気を醸し出している。
今風な居酒屋もいいけど、常連客のおじさんたちがワイワイと騒いでいるようなのも嫌いではない。
私たちは一番奥のテーブル席に座った。

「へぇ、なんかいい感じのお店だね」

周りを見回しながら言う。

「だろ。評価も高いし広瀬も好きそうだなと思って選んだんだ」

「さすが! じゃあ、乾杯しようか」

お互いにグラスを合わせて乾杯した。
喉を通り過ぎるビールの苦味と冷たさが心地いい。

「あー、美味しいっ。久々のアルコールは最高!」

「広瀬、まず腹に何か入れろよ。ほら、この唐揚げ美味そうだぞ。香味ダレにつけるんだって」

「ありがとう」

差し出された唐揚げのお皿から一個箸で掴み、香味ダレをたっぷりつけて口に運んだ。

「ヤバイ、ジューシーな肉の旨味とこのタレが絶妙に絡み合って美味しいよ」

「専門家みたいな食レポじゃん。ちょっと某有名タレントの物まねして言ってみてよ。宝石箱とか言って」

本田くんは、ニヤニヤしながら言ってくる。
そのタレントの物まねをしている自分の姿が頭に浮かんだ瞬間、悪寒がした。

多分、もっと酔っていたらノリと勢いで、その物まねをやっていたかもしれない。
でも、今の私はまだビール一口ぐらいしか飲んでいないのでシラフ同然だ。
そんな状態では恥ずかしさの方が勝り、物まねなんて出来るわけがなかった。

「え、絶対に嫌だよ。ていうか、乙女に物まねなんてやらせないでよ。罰ゲームじゃないんだから。私にも恥じらいってものがあるんだからね」

口を尖らせて言えば、本田くんは「悪い悪い」と言って笑う。

「やっぱり、広瀬と飲むのは楽しいな」

不意にそんなことを言われ、思わずドキッとする。
動揺を隠しつつ、口を開く。

「どうしたの急に?」

「いや、なんとなく。前から思ってたけど、広瀬といると楽っていうか、気兼ねなくいられるんだよな。無言の時間があっても時に気にならないって言うか、自然体でいられるっていうのかな? あと、話のノリも合うし、一緒にいてて居心地がいいんだ」

そう言って本田くんはグラスのビールを一口飲む。

不意打ちでそんなことを言うのはやめてほしい。
勘違いしてしまいそうで非常に困る。

本田くんは同期として、純粋な気持ちで言ったと思う。
でも、今の言葉は片想いしている私にとっては本当によくない。
私ひとり、動揺してドキドキしているんだから、ホントに罪作りな人だ。

私たちは二人きりで飲みに来ても、いつも他愛のない話や仕事のことばかりで、お互いの恋愛の話に触れることはしなかった。

本田くんの好きな人の話なんて聞きたくなかったから、私から恋愛の話を切り出すことはしなかった。
きっと彼は、そんな私に合わせてくれていたんだろう。

いや、単に本田くんも恋愛系の話したくなかったのかも知れないけど。

ふと、森藤さんの言葉を思い出す。
言わずに後悔……か。
そういえば、今は居酒屋で二人きり。
気持ちを伝えるなら今なのでは?と、そんな考えが頭をよぎる。

静まり返った空間で告白するのは、私には荷が重い。
振られてもいいから、この片想いに終止符を打ちたい私にとって、賑やかな居酒屋の雰囲気はちょうどいいのかもしれない。
気まずくなっても、お酒に逃げれそうだし。

そもそも、好きな人がいる彼に気持ちを伝えるんだから、私の望む答えではないのは百も承知。
振られる前提の、自分の気持ちに区切りをつけるための自己満足な告白だ。

きっと本田くんに負担をかけて困らせてしまうかもしれないし、今の関係が間違いなく変わってしまうだろう。
それでも、気持ちを伝えたいと思ったんだ。

振られても、彼に気を遣わせないように振る舞う努力を、私がすればいい。
それがこの気持ちを伝えることへの責任だし、本田くんへの精一杯の誠意だから――。

さっきの本田くんの言葉を聞いた後に告白するから「なに勘違いしてるんだ?」と思われるかもしれないという不安はある。

だけど、一歩踏み出す決意をしたんだから、気持ちを伝えるタイミングは今しかない。
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