水色桔梗光る〜明智光秀物語〜

たい陸

文字の大きさ
10 / 15

第九幕 ~その前日の事~

しおりを挟む
 信長の命により安土城を離れた光秀は、居城である坂本城へ帰り、戦の準備に追われていた。

「殿、お戻りなされませ」
「父上、此度のご出陣おめでとうござりまする」

 そこには、光秀の家族たちが出迎え労ってくれる。嫡男である十五郎光慶やその姉たち、そして光秀の留守に坂本城を預かる明智秀満であった。

「殿、西国への出兵がとうとう決まった由、いよいよ一統への仕上げとなり候」
「父上、どうかお体にお気をつけなされませ」

 秀満の横には、再嫁した光秀の娘である倫子が顔を見せていた。
「いや、表向きは西国出兵なれど、私は恐らく西国へは行かぬであろう。秀満、十五郎よ、話したい事がある。奥の部屋に」

 光秀は、そう言って二人を奥の部屋へと誘った。そして、これからが光秀が考える本当の一統への始まりでもあった。

「それでは、西国へは行く振りであると?」
「そうじゃ、あの方の裏をかくには、これしかない」 

 光秀と秀満は、真剣な表情で一室にて謀議を重ねていた。その深刻な内容に光慶は、奮えてくる自分の膝を力任せに掴んでは、その苦痛を感じる事で、その場にどうにかとどまっていた。

「あの方は、こう申された…」
 信長と光秀が、安土城にて家康討ちの謀議を重ねていた時の事である。

「されば、京にて上様に我が軍勢をお目見えする名目で京に軍勢を差し向け、そこで三河殿一行を…」

「そうじゃ、その後に余が、家康の謀反と成敗を公表し、お主が徳川領へ侵攻する」
「御意!」
「上手くいかせよ。事が終われば、そなたに東海道を任せる。その後の北条家の仕置きも一任す」

 信長は、恐ろしく巧妙な計画を立てていた。

 この謀略が信長の思うように進んでいれば、日本史のその後の進み方は、大きく変わっていただろう。

「筑前守より援軍要請が来ておる。宴会中に使者が口上を述べ、そなたに援軍の指揮を命じる」
 そうすれば、家康以下、その場に居る者達に軍勢を集めるのが自然の行為に見える。

 一見、あざと過ぎるかに思えるが、家康は三河・駿河を総べる大大名であり、頭の切れる武将である。小人数での暗殺などの手段を用いて、しくじれば、事が公になる。あくまでも家康が信長暗殺を企てた謀反を、光秀の軍勢が討ったとするのが、世間にも聞こえが良いであろう。

「良いか、先手必勝じゃ。短期で終わらせよ」
「三河武士は頑強にて、上手く行き候や?」

 信長が短期決戦を考えたのは、無理からぬ話しであった。徳川家が誇る三河武士団は、頑強にして結束の強さに定評があり、主が弑逆されたとあれば、強く抵抗する恐れあった。この天下統一が見えた時期でも、無用に乱を起こすとあっては、それが長引けば、他の戦線に影響が出る事は必然であった。

「なんぞ、手立てを考えよ」
「されば、三河殿亡き後に倅を立てて、遺臣を慰撫し申す」
「日向守、妙案なり」

 これにて、信長と光秀が考えた家康討ちの構想は、成ったと言えた。しかし、この後に起きるべき、本当の事変をまだこの時の信長は知らない。

 自分の計画の出来に喜ぶ信長と、色を消した光秀の表情を、ただ黒人付き人のヤスケだけが見ていた。

 光秀は、五月二十二日に、もう一つの居城である丹波亀山城へ入っている。軍勢を集めるためであった。しかし、軍勢が集まるまでに数日を要する為に、その間に愛宕山に参詣して、戦勝祈願を行っている。

 この時に有名な奉納連歌百韻を興行している。この時、連歌会に出席したのは、連歌師の紹巴や宗匠、また愛宕山威徳院の僧らも招かれて数名が出席し、光秀の嫡男光慶も参加し、全部で九人の詠み手で行われている。連歌とは、当時の貴族や文化人が嗜む遊びであったが、社交の場でもあり、政治的な意味合いも多く含まれていた。

 戦の前に百韻連歌とは、光秀の好みと言っても、どうかと思われるかもしれないが、戦勝を祈る儀式的な要素も多いものであっただろうから、特に常識を逸脱した行為では無かったであろう。

 連歌会が始まると、会の主である光秀が発句を務めた。

「ときは今、雨が下しる五月かな」
(時は今、雨が降り続く季節だ)

 普通に解釈するとこうであるが、これを戦後に、政治宣伝のために意味を歪曲した者がいる。

「土岐は今、天が下しる五月かな」
(土岐源氏である自分が、天下を治める時代が来たのだ)

 後世の歴史家や作家たちは、こぞってこの発句が、光秀の野望の現れであると読んだ。しかしである。これが「下なる」としたら、どうだろうか?

「時は今、雨が下なる五月かな」
 表の意味は、「下なる」でも「下しる」でも一緒である。梅雨時期の雨の情景を謡った素晴らしい発句である。

 しかし、これを裏の意味で訳すると、
(土岐は今、五月雨が降り注ぐ時期である)

 こう読むと、土岐氏(光秀)が苦境にある自らの心情を読んだと解釈する事が出来る。そして、実は発句より重要なのが、結びの句である。最後に歌を詠んだのは、あまり知られていないが、光秀の嫡男光慶であった。

「国々は猶(なお)のどかなるころ」
 終わりに光慶は、国の安寧を願った歌を詠んでいる。

 光慶が百首のうちで詠んだのは、この最期の一句だけである。では、なぜ会の主である光秀は、重要な最後の句を息子に詠ませたのか?これこそが、愛宕百韻の一番重要な意味となっているのである。

 光秀は、最後の句に自らの望みである国の安寧、すなわち戦の世が終わる事、自らの手で終わらせる事を願い、次の世の中を担う息子に託した親心であったのだろう。

 この最期の一句にこそ、光秀の人生感が、現れているように思えてくるのだ。



 六月一日、亀山城に明智軍の全軍が集結していた。光秀は、主だった重臣を一室へと集めていた。

「皆、揃っておるか?」
 その一室には、秀満と共に筆頭家老を務める斎藤利三、同じく重臣で、一族の明智次右衛門、三宅藤兵衛、古参の重臣である藤田伝吾、溝尾庄兵衛の顔があった。

 皆、明智家が誇る家老であり、歴戦の勇士たちであった。光秀は、ここで、自らの決意を述べている。それには、利三の息子である利宗が後年語ったとされる資料に詳しい。

「此度の出陣は、西国への救援ではない」
「上様を…いや、織田信長を討つ!」
 光秀は、それを言うのに、わざと少し間をあけた。

「私は狂ってしまったのか?各々方の命を光秀に預けて貰いたい。もしも同心出来ぬならば、ここで光秀を討ち、前右府(信長)に忠誠を尽くせ」

「私には、誅殺される罪の欠片も無い筈であるが、信長公は、私の罪を数えられた。ここに進退窮すの余り、謀反を決意するもの也」

 光秀は、自分の心の内を語った。余りにそれが深刻であったがために、その場の誰もがすぐには、答えられないでいた。

「主の大事をどうして見捨てられようか。殿は今までに十分耐えられた。この上は、速やかにご決断下されたし。先陣は利三が仕り候」

 利三は、光秀の右手を取ると、その上に自らも右手を添えた。

「利三の申す事、もっとも也。我も同心仕つらん」
「おおっ、我も」

 それを見た、他の者たちが我も我もと、右手を一つ上に、また一つ上に置いた。最後に光秀が左手を一番上に置くと、

「忝し…、忝し…」
 光秀は、何度もつぶやいた。その眼には、薄らと光る物が見えていた。
「皆、同心したぞ」
「そは祝着なり。おめでとうございまする」

 光秀の言葉に別室に控えていた秀満が出てきた。秀満は、もしも万が一にも反対された場合に、謀反計画が露見しないように手を打つつもりだったに違いなかった。

「例の物を…」
 光秀が言うと、秀満は、護符と紙を人数分持って光秀の前に差し出した。

「今一つ、起請文を願いたい」
 光秀の言う事に反対の者など居なかった。こうして、光秀を中心とした、謀反計画の主要者が揃ったのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

覇者開闢に抗いし謀聖~宇喜多直家~

海土竜
歴史・時代
毛利元就・尼子経久と並び、三大謀聖に数えられた、その男の名は宇喜多直家。 強大な敵のひしめく中、生き残るために陰謀を巡らせ、守るために人を欺き、目的のためには手段を択ばず、力だけが覇を唱える戦国の世を、知略で生き抜いた彼の夢見た天下はどこにあったのか。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

夜に咲く花

増黒 豊
歴史・時代
2017年に書いたものの改稿版を掲載します。 幕末を駆け抜けた新撰組。 その十一番目の隊長、綾瀬久二郎の凄絶な人生を描く。 よく知られる新撰組の物語の中に、架空の設定を織り込み、彼らの生きた跡をより強く浮かび上がらせたい。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...