幸あれかしと

たい陸

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幸あれかしと

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 明治五年十一月二十八日に松山藤原町の徒刑場にて、二人の男が絞首刑に処された。先年に起きた久米騒動の強訴の際に、役所の租税課の建物に放火した罪によってであった。当時は斬首に変わる死刑方法として、絞柱という特殊な器具が導入されたばかりだった。

 しかし、この絞柱には、構造に欠陥があったらしく、二人の内、一人の男は、処刑後に棺に納められて、親族に引き渡された後、帰り道に、突然棺桶から不気味なうめき声と共に、蘇生したのだった。親族たちは喜んだが、一度死刑になった男が生き返ったとあっては、今度は、どんな咎めを受けるかと考え、県の聴訟課へお伺いを立てる事にした。前代未聞の珍事に、扱いに窮した県は、司法省に指示を乞うと、

「絞刑処分後蘇生す、復(ま)た論ずべきなし、直に本籍に編入すべし」

 この返答を持って、刑に処された男は、お構いなしとなったのだった。

「それが先生だと言うの?」

 渡部はこうと惣吉や、村の子供達に、自分が知り得た情報を話して聞かせていた。

「やっぱりな。あの先生、俺は何か怪しいと思っていたんだよな」

 惣吉や他の男の子たちは、口ぐちに先生を悪く言う。それに、こうはむっとして反論する。

 先生は今まで、村で子供達に読み書きを教えてきたんだ。何人も何人も、何日も何年も。でもだから先生は、自分は一度死んだ人間だからと、罪を負って、一度死んだ人間が何の偶然か、奇跡か間違いで甦ったとして、それが、いつまでも子供達に読み書きを教えるなど、許される事ではないと思ったに違いない。

「だとしたら、そんな事を思う先生が、何故放火などしたの?」
「それを調べる為に、この村に来たのだがね。或いは、罪ほろぼしの為に、そうしてきたのかもしれないな」

 だけども、この村で取材をしていると、何とも奇妙なのだよ。そう渡部が話す。子供達の顔に、自分の顔を近づけて、小声で話し始める。

「この村の大人たちの先生に対する態度さ」

 食べ物や品物を届けては、先生と呼んで 尊敬しているようでもあれば、村はずれの東屋に一人住まわせて、遠ざけているようにも見える。それが、誰に何度聞いても、歯切れの良い返事が返ってこない。

「それに、先生はこの村の生まれではない」

 それは、こうも知らぬ事実であった。本当はもっと、山沿いの離れた村の出だという。そこに家族もまだ住んでいる筈だというではないか。

「だったら、先生は何故この村に一人で居るの?」

 こうの疑問に答えてくれる者はいない。先生に直接聞くのが一番早いが、先日の渡部に対する態度を見れば、きっと何も教えてはくれないだろう。

 その夜、こうは悶々としながら眠りについた。先生の事を考えていると、なかなか眠れなかったが、考え疲れていつの間にか眠ってしまったようだ。喉の渇きを覚えて目が覚める。感覚でもう夜中だというのが分かる。身体を起して、瓶の中の水を飲みに行くのが億劫でしかたない。布団の中でもぞもぞしていると、隣の部屋で何やら話し声が聞える。

 こんな時間に一体誰だろう?そっと襖を少しだけ開けて、中を覗く。すると、三人の大人がそこには居た。一人は啓太郎で、もう一人はやえだ。そして、残る一人には見覚えがあった。その特徴的な白い帽子は、新聞記者の渡部だ。何であの人が家に?疑問が湧き起こる。こうは様子が気になり、襖に顔をもっと近づける。

「今から十五年前、この久米で騒動があった時に、役所に火を付けたのは、本当は先生じゃなかったのじゃないですかね?」
「何を言っておる。他に誰がするんじゃ。あの男が酒に酔っ払って、やったんじゃ」

 渡部の主張に、やえがムキになって反論する。その横の啓太郎は、何故か黙って、下を向いたままであった。

「御主人も同じお考えですか?」
「…ええ」

 渡部の問いに、啓太郎は間を空けた後、それだけを答えた。啓太郎は、自分の右手の袖口に力を入れて握っている。そうですか。夜分遅く申し訳ございません。大変参考になりました。ありがとうございます。慇懃にお礼を述べて、渡部は家を後にする。

「明日、また先生宅にお伺いしてみます」

 去り際にそう言って、外へ出る。渡部が去った後も、暫く母子は、その場に黙って座っていた。

「啓太郎、大丈夫じゃ。大丈夫じゃ」

 やえは息子の手を握ると、しきりにそう繰り返す。啓太郎はといえば、終始黙ったままだ。こうはそっと気づかれぬよう襖を閉めた。これ以上、二人のやり取りを見たいと思わなかった。

「先生はお酒を呑まない。だとすれば…本当の犯人ではない。それとも、罪を犯したから、酒を呑まなくなった?そうなのか、そうではないのか」

 ないないばかりで何が真実なのか、色んな事が起こり過ぎて、頭が痛くて堪らない。こうは頭から布団を被り、消えろ、消えろと寝入るまでの間、ずっと呪文のように繰り返し唱え続けるのだった。

 翌朝、まだ陽が明けきらぬ内に、こうは家をそっと後にする。空から石鎚おろしの風に運ばれて、雪が舞っている。その雪達は、不思議とこうが進む方向に踊っていて、暗闇の中を灯りもなく進むこうの道しるべとなっているかのようだ。その白い仲間たちの声援に背中を押されているかのように歩を進めると、不思議と勇気が湧いてくる。先生がまだ起きてなければ、朝餉を作る事で許して貰おう。

 そして、先生が食べてくれている時に、こっそりと過去の事を聞いたら、ひょっとすると、うっかり答えてくれるかもしれない。

 そう思って、先生宅へ着くと、何やら家内から物音が聞こえる。何だろうと思い、こっそり中を覗きこむと、先生の顔が見える。やっぱりもう起きていた。ああこれで朝食を作る機会が無くなったと思い途方にくれる。暗がりの中をふと見ると、もうひとり男が家内に居る。その男は、土間で先生に向かって、跪いた格好で、何やら先生に訴えかけていた。

「先生、お願いします。もう耐えられません。どうか、どうか、十五年前の事を…」

 男は懇願し先生に縋りつく。その男はよく知る顔であった。何で?どうして。疑問と混乱が頭の中を駆け巡る。

「何も心配する事はないのです」

 父が先生に縋るようにして、まるで幼子のように泣いている。そして、楽になりたいと繰り返し呟いている。そんな父を先生は、優しいいつもの穏やかな口調で、そっと背中を擦りながら、諭していたのだった。こうは黙って、二人を覗いているしか出来なかった。

「私は後悔などしていないよ。むしろ感謝しているのです。家族に去られた私を、この村の人たちは、住まわせてくれた。そして、この村の宝である子供達に、接する機会を与えてくれた事を。私のかけがえのない時間を奪わないでおくれ」
「先生、しかし…」

 もう何も言うなと先生は言った。これ以上、過去の出来事を蒸し返して、どうなるのかと。

「啓太郎、それよりも、おこうを大事にしてやれ。あの子には、父親が必要だ」

 先生の言葉に、こうははっとなる。先生は全てを見通していた。そう思うと、前が湿ってきて、よく見えなくなる。涙で頬がじっとりと濡れるまで、自分が泣いている事に気づかなかった。

 暗闇から、足音が近づいてくるのが分かり、慌てて身を隠す。恐る恐る覗くと、吊り上った眉の形をしたやえの顔が飛び込んでくる。いつも、こうに小言を言う時にするあの顔であった。

「お邪魔しますよ」

 やえは入って二人の顔を見るなり、こんな事だろうと思っていたよと、吐き捨てるように呟いた。

「啓太郎許しませんよ。そんな勝手な事をしたら、我が家はどうなるというの?」
「だけど母さん、この苦しみから解き放たれるには、もうこうするしかない」

 何をやっても上手くいかない。ずっとあの事が、頭について離れない。どうしたって、俺を支配し蝕む。もう嫌だ、嫌だ。

 まるで駄々っ子のように泣き喚く。大の男が人目も憚らず、そんな父の姿をこうは見たことは無かった。いつも自分の事を優先し、好きに生きて、自由に暮らし、苦しみとは無縁な人だと思っていたから。

「おこうは来ていないのかい?一体どこをほっつき歩いているんだ」

 やえは息子の姿に狼狽したのか、話しを逸らそうとする。急に名前を出されたこうは、見つからぬよう、より一層身体を引っ込めた。

「母さん、おこうは、あなたの姪の娘じゃないですか。もうこれ以上、あの子を折檻するのはお止めなさい」
「そうだったのですね。何ともまあおやえさん、どうしておこうを?」

 二人からの言葉に、やえは気まずい顔をする。そんなんじゃありませんよ。

「あの女は、あんなに可愛がったのに、私に黙って、余所の男に嫁いで」

 こうの産みの母は、幼馴染だった父の元へ、半ば駆け落ちの形で嫁いだらしい。しかし、父が亡くなり、さりとて生家にも戻れぬ母を啓太郎が口説いたのだ。

「私はあの子に酷い事をしました。だけど、あの子は、一切恨み言を言わず…そして、産まれたおこうは、亡くなったあの子に日に日に似てくる。おこうを見ていると、死んだあの子に責められているみたいで、どうしても何か言ってしまうのさ」

 おこうが怖い。おこうに全て知られて、いつかは全てを見透かされて、私の浅ましさ、醜さをきっと嘲られる。それが怖いと、やえは途切れ途切れで絞り出した。そんな祖母の様子をこうは黙って見ている。両の手に思いきり力を込めて。

「おやえさん、おこうは良い子だよ。とても賢く健気で、可愛いあなたの孫だよ」

 私はここを出て行くよ。今まで、おやえさんや、村の人たちの好意に甘えていたけれど、それもおしまいにしなければ。啓太郎、おやえさん、とてもお世話になりました。一葉の言葉では、とても現せない程、私などに良くして貰った。この恩は、忘れる事など出来る筈もない。先生はそう言うと、二人に深々と頭を下げた。
 
「先生、先生、何故先生が出て行くの?」

 先生の急な申し出に、堪れなくなったこうが、走り込んでくる。

「おこう、どうしてここへ?」

 急に現れた娘に、啓太郎が驚きの声を上げる。

「先生が出ていく事はない。だって何も悪くないもの」

 全て聞いていたのかと啓太郎に問われるが、こうはそれに答えようとはしない。

「おこうよいのです。ずっと前から考えていた事だから。私はいささか、この村に長く居過ぎたらしい」

 どうか、もう私を楽にさせておくれと先生は笑って話した。柄にも無い事を言ってしまったと、少し悔いているような、そんな照れた笑い方であった。

「先生、おこうの言う通りです。先生が出て行くことはありません」

 啓太郎は、そう言うと、やえの制止を振り切り、走って出て行ってしまった。

「ああこれで、我が家もおしまいだよ」

 やえは、膝から崩れ落ちて、その場で泣き出してしまった。そんなやえの背中を、先生は、そっと優しく擦ってやるのだった。

「お前の父のやろうとしている事は、正しいかもしれない。だけど、賢くは無い。おこう、人には、それぞれ、もって生まれた役目という物があります。私には、今の自分がそうだっただけの事、啓太郎には、彼の役目がきっとある」

 先生は、分かりますか?と優しく微笑んだ。そして、おこうお前の役目を果たして来なさい。そう背中を押すのだった。

「先生、行って参ります」

 おこうは、そう言うが早いか、先生の東屋を飛び出していた。辺りは、もう陽が登り始めていて、いつの間にか、降っていた雪も止んでいた。おこうは、一人走る。走って、走って、頭の中を真っ白にして、何も考えなくていいように、思い切り手を振って、走るのだった。

 日尾八幡神社の境内で、二人の男が朝早くから、立ち話をしている。

「それは、間違いないのだな」
「本人が言うのだ。嘘などない」

 ならば、証拠があるだろうと、渡部は啓太郎に詰め寄る。今まで、いくら聞いても、知らぬ存ぜぬで通してきたのだから、はいそうですかで、分かる話しじゃない。

「これでどうだ」

 啓太郎は、着物の右手袖口をめくる。どんなに暑い日でも、袖の短い着物は着ない啓太郎であったが、めくって露わになった右腕には、火傷の跡がくっきりと残っていた。その時に出来た傷だと啓太郎は言う。自分が仕出かした事に、恐ろしくなって、慌てて火を消そうとしたが、間に合わなかった。途方に暮れている所で、先生がやって来られて、この事は内緒にしろと言ったのだ。

「先生の言う通り、黙っていた。俺は恐ろしかった。ただ恐ろしかったんだ」

 その後、先生が出頭したと聞いて、知った時には、全てが終わった後だった。啓太郎は話し終わると、自分の傷跡を隠すように、また袖を戻した。

「話しは分かったが、先生は一体どうしてそんな事を?」

 一体、何の得がある。現に死刑になってしまったではないか。渡部の疑問は、もっともだったが、その疑問を啓太郎は、知る由もなかった。先生は、あの事件の事を何一つ、話そうとしないのだから。

「先生は、人にはそれぞれ生まれ持ったお役目があると言ってたの」

 それはおこうだった。肩で息を切らせて、父を追ってきたおこうは、先生の気持ちを代弁する為、言葉を尽くして、二人の大人に語りかけた。

「人の役に立ちたい。それは、人それぞれで、思いは違う筈だから…」

 一生懸命に話そうとするが、上手く言葉が紡いでいかない。もどかしい。こんなにも、今まで、学問を疎かにしてきた事を後悔した事はない。

「言いたい事は、分かるが娘さん、俺にとって、新聞は仕事であると同時に、あなたの言う人の役に立つ方法なのだよ」

 世の中の役に立つのは、人それぞれ思いが違うのだろうと、渡部は、新聞記者らしく、巧みに言葉を返す。おこうは、それに言い返せないでいた。悔しい。こんなにも悔しいなんて。

 自分の家がどうにかなるのが嫌なのではない。ただ先生の想いが、考えが、間違って世の中に伝わってしまうのではないかと、そう考えると、悔しくて涙が止まらない。

「もういいんだ。先生には、後でお伝えするよ。おこう、ありがとう」

 啓太郎は、そっとおこうの肩を抱くように、寄り添う。おこうが背中越しの父を見上ると、そこには、今まで見たことも無い、優しい顔をした父が居たのだった。
 三人が話している境内の階段の下より、何やら人影が見えて、声を張り上げている。

「おーい、大変だ、大変だぞ」

 人影は、どんどんと惣吉の形を成して、近づいてきた。

「先生が倒れたって、おやえ婆さんが、血相変えて…」

 惣吉がどうして、神社におこう達が居ると分かったのかとか、何故、おやえが惣吉の家に助けを求めたのかとか、そんな事は、どうだってよかった。

「先生、先生…」

 おこうが知りたい事、それは、先生の容態だけであった。おこうは、さっき来た道をまた無心に走り戻る。その後を当然のように、惣吉が追いかける。そして、少し遅れて、啓太郎と渡部も村へ戻るべく、駆けるのだった。

「チリン、チリーン」

 お坊様が放つ、悲しげな鈴の音色に導かれた集団が、棺を中心にして、ぐるぐるとその周りを回る。人々の無気力な顔が、今も脳裏に焼き付いて、離れようとはしなかった。

 先生が亡くなったのは、あの日から、僅か数日後の事だった。急な話しだったが、その日の夜には、どこからか、先生のお身内だという方達が現れて、翌日には葬儀を済ませて、先生の亡骸と共に消えてしまった。残されたのは、この東屋に残された大量の書物だけであった。先生の遺品は、好きにしていいと言われて、この東屋を母屋の持ち主に返す為に、こうは、連日整理と掃除に追われていた。

「何もおこうがする事はないだろう?」

 惣吉がそう言いながらも、手伝ってくれている。

「死刑になっても生き返った男が死んでは、もう記事にならない」

 新聞記者の渡部は、それだけを言い残して去って行ったという。惣吉は、それを伝えにきてくれたのだ。

「おこう、これは何だ?」

 掃除に飽きた惣吉が、一つの本を手に取って寝転がり始めた。字もロクに読めないくせいにしょうがないと、その姿に溜息が漏れる。惣吉の手中にある本には、当世書生気質と書かれてあった。修二郎が土産に持ってきた物だ。この本は、先生が読み終えたら、こうに貸してくれる事になっていた。先生は果たして、この本を読み終えていたのだろうか。

「ほら、手伝う気があるなら起きなさい」

 寝転がって、本を下から見上げる惣吉の手より救出する。

「おこう、これは?」

 しぶしぶ掃除の続きをしていた惣吉は、見つけた物をおこうに見せる。すると二人は顔を見合せる。それは先生が書いていた日記であった。故人に悪いという思いがありつつ、好奇心には勝てず、心の中で、すいませんとお詫びして、読んでみる。そこには、先生の日常が丁寧に記されていた。今日食べた物や、天気、寒さ、暑さ、村人と話した事、読んだ本の感想など。

「これ私だ…」

 そして、読み進める内に、ある文で目が留まる。

「啓太郎に娘が産まれる。目出度い。名付け親を頼まれる。断るが是非にと」
 
恐る恐る次の頁をめくる。

「幸(さち)あれかし」

 この娘に幸あれかしと「お幸」と名付ける。そう記されてあった。日記の続きが気になったが、もうこれ以上読む気に、何故かならなかった。


「おこう泣いているのか?」
 心配して、惣吉が声をかけるが、それ以上、どう言っていいのか分からずおろおろしている。

「いつまでも、泣いてる暇はないよ。さあ続き」

 こうが持っていた箒を手渡すと、惣吉はちぇっと言いながら、しぶしぶ受け取るのだった。 

「修二郎、手紙が届いているぞ」

 修二郎は、寮の同室の仲間から手渡された手紙の束を受け取る。一つ一つに目を通していると、ある手紙に目が留まり、封を開ける。

「修二郎兄様、お元気ですか」

 そう始まる、たどたどしい文を読みながら、時には可笑しく感じ、また微笑ましくも思う。しかし、先生の死を知らせる行に差し掛かると、とても険しい顔になる。おこうは大丈夫だろうか?すぐにその事に思いが至る。

 しかし、修二郎は次に書かれた文を読んで、少しほっとする。そこには、先生がやえの初恋の人であった事が分かった事や、お葬式の際に、子供のように泣くやえを宥めるのに大変で、自分が泣く暇が無かった事などが綴られてあった。それから、父は相変わらずだけど、少し家にいる時間が増えたみたいだとあった。そして、手紙の末尾には、

「色々あったけど、私は大丈夫。幸せ者のお幸より」

 そう書かれてあった。手紙を読み終えた修二郎は窓を開ける。すると、心地良い春の風が部屋へ入って来る。松山の方角はこちらかと遠い空を見上げると、石鎚おろしの風が、暖かな春風に変わる頃の匂いに、思いを馳せるのだった。
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