肱川あらし

たい陸

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第六章~のぞみの城~

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 慶応二年七月、事の発端は、何気ない日常から始まった。大洲藩領の喜多郡大瀬村に福五郎という百姓が居た。

 この時代、どこにでもいる農民だが、土地持ちだった為、他の小作人よりは、マシな部類だったろう。別に水飲み百姓とも呼ばれていた人々の事だ。

 その男が凶作による米不足と、年貢米の比率引き下げの為に、大瀬村の村役人に請願した事が始まりであった。

「去年も今年も米は足りません。せめて、年貢米だけでも、減らしてもらえんでしょうか?」

「駄目じゃ、駄目じゃ」

 福五郎は殴られ、這う這うの体で、村へと戻った。

「これじゃ冬が越せんけん」

「致し方ない。神主様にお願いしてくるけん」

 村人たちは藁に縋る思いで、その村の神主である立花豊丸に、豊作祈願を祀るように依頼する。しかし、それに対する豊丸の返事は、意外な物であった。

「いっそ、強訴に及んではどうか?」

 豊丸の思いがけない言葉に、福五郎たちは動揺する。無理もない話しだ。しかし、豊丸がそう言い出したのにも、ある根拠があった。

「わしらの爺様のそのまた爺様の代に、内ノ子で騒動があってな。殿様に認められたんじゃ」

 豊丸が話している事は、実際にあった内ノ子騒動と呼ばれる寛延三年(1750)一月十六日より起った一揆の事である。

 小田村筋の百姓たちが、庄屋を通じて、先年より様々な要望を藩に行っていたが、実際には、庄屋と代官たちによって、握りつぶされたいた。

 その事に憤った村人たちが、一斉に蜂起し、約一万八千人もの人々が、各村の悪徳庄屋や商人宅を打ち壊しながら進み、ついには、二十九ヶ条からなる誓願を藩に届け出て、それを認めさせてしまったのである。

 しかも、この一揆の凄い所は、首謀者たちも、罪に問われていない所であった。当時の約束事として、一揆なり強訴なりをして、殿様が認めても、代わりに、その首謀者は、見せしめの為に処分される事が通例であった。

 一人の死者も出さずに、藩に要求を突き付けて認めさせた一揆など、日本史上初めての快挙だったかもしれない。

「それをわしらでやるんじゃけん」

 豊丸の話しに、福五郎らは興奮し、激しく同意するのだった。豊丸は福五郎の名で、檄文を記すと、それを持って、大洲藩領内の内ノ子村周辺の数十ケ村に、それを配布した。

「よし、まずは商屋を打ち壊すぞ」

 福五郎の元に集まった者達は、まず大瀬村の酒屋二軒を打ち壊すと、七月一六日早朝、内ノ子の豪商五百木屋を襲撃し、六尺桶を打ち破って、酒を流すという暴挙に出た。
 
 そうして至る所で、打ち壊しを続けながら一行は進み、内ノ子村で四十余軒、五十崎村でも二十軒の打ち壊しを行った頃には、一揆に参加する人数は、一万人に達する勢いであった。

 この様子を弦巻郷にあるのぞみの城跡で、忸怩たる思いを持って眺めている男がいた。徳太郎である。

「心配無いけん。こののぞみの城は、わしのご先祖様が建てたんじゃけん」

 横にいるおまさを慰めるように、徳太郎は言葉を続けていた。城と言ってはいるが、石垣跡に、急ごしらえの柵で、砦のように見せているだけの張りぼてであった。

 その張りぼてに立て籠もっているのは、老人と子供を主とした百名程度の人数であった。

 そして、その張りぼての城に、今や憤怒の塊と化した一揆衆が、押し迫ろうとしていたのだった。

 その微かなのぞみの城で、辺りの様子を伺う徳太郎の右腕に、三角布がしてあり、右腕が不自由なのが一目で分かる。

(どうしてこんな事になるんじゃ…)

 徳太郎は、苦い顔を誰にも悟らせぬように目を伏せ、数日前の出来事を思い返していた。まだその日は、一揆騒動のいの字も現れていない平穏な日常であった。



 数日前、徳太郎とおまさは、駒吉の件を探るべく、再び大洲城下を訪れて、二人はある屋敷に忍び込んでいた。

「ここにアレがあれば、間違いない」

 徳太郎は振り返り、当たり前のように、着いてきているおまさに顔を向ける。おまさもそれを当然のように受け取りながら話を進める。

「これは?」

「間違いない。アレじゃ」

 そのアレは案外すぐに見つかった。屋敷の奥の一室である。書斎であろう部屋で。二人は小躍りしたくなる衝動を抑えながら、すぐにそれを懐にしまうと、屋敷を後にする。入って来た時と同じように、塀を乗り越えるのだ。

「来たときと、同じように行くけん」

 そう言うと、まず徳太郎が、手頃な台の代わりになる板を塀に傾けて置き、それを少し助走を付けて、蹴り上げながら塀を上がる。上手いものである。

「さあ、いいぞ」

 塀の上より、おまさに声を掛けて、手を差し伸べる。すると、その合図と共に、おまさもえいっという掛け声を発し、同じ要領で、塀をよじ登ろうとするのだが、上手く行かない。

 何度目かにようやく、徳太郎の手を掴むと、上ると言うよりも、半ば強引に引き上げられながら、頂上へと辿り着いたのだった。

「先に降りんけん」

 おまさの身体を上で支えながら、今度は先におまさを降ろす。屋敷内に侵入する際、使った木の台があったので、楽に降ろせる為であった。無事おまさを降ろすと、自分も降りようと、暗がりに目を凝らす。その時であった。

「きゃっ」

 暗闇から、先に降りた筈のおまさの細い悲鳴が聞こえた。

「どうした?足挫いたか?」

 徳太郎の声に何の反応も無い。意を決して、少し離れた場所へ飛び降りる。無事着地。

「おまさ、どこじゃ?」

 その日は、半月の夜であったが、月灯りは雲に隠れて、辺りは真っ暗闇であった。徳太郎は、灯りを付けるべきかどうか迷い、その場を動けないでいた。

 その間、僅かに十数秒の事である。そして、その雲の隙間より、少しだけ、ほんの少しだけだが、月明かりが夜を照らす。その時であった。徳太郎の喉元に、キラリと光る物が迫ってきたのだ。

「動くな!」

 その声で徳太郎は、自身の背後より、喉元に突き付けられた刃の鈍い光を感じ取っていた。

「夫婦の盗人か?」

 その声と共に、徳太郎の横へ、捕らえられていただろうおまさが放り出される。

「無事か?」

 徳太郎の言葉に、おまさは何度も頷いて答える。その華奢な身体は、ぶるぶると震えている。無理もない。

「当屋敷に何の用じゃ?盗んだ物があるなら出すがよい。盗人を斬っても罪には問われぬぞ。覚悟致せ!」

 その言葉で、徳太郎は、その声の主が誰かを理解したのだった。

「永田権右衛門?」

 その徳太郎の言葉に、その男は少し動揺していた。何故それを?しかし、すぐに気を取り直す。

「お主ら誰ぞ?」

「駒吉さんの馴染みの者よ」

 おまさが思いっきりの憤怒を込めた言葉を投げつける。

「成程な。しかし、屋敷を調べたとて何がある?何もでやせん」

 権右衛門らしき男は、月明かりが頼りない夜をいいことに、顔をはっきりとは見せないよう笠を深めに被っている。しかし、時折見せる鋭い眼光は、かつて、将策を付け狙ったあの眼その物であった。

「お主が駒吉を殺した。いや、殺すよう仕向けた証拠が、ここにあるけん」

 徳太郎は、そう言うと、提灯に灯りを燈し、それをおまさに預ける。そして、自身の懐より出した、一つの懐紙を広げて見せる。その懐紙には、大きく「龍」と一文字が書かれていた。

「それがどうした?」

「権右衛門、これが何か分かるか?分からんじゃろう?これはな、凧文字を書く時の写しじゃ」

 大凧文字を書く時に、職人は前もって、写しを何枚か書くのだ。そして、その中より一番良い物を選んで、本番の凧文字を書くのである。

 書かれた写しは、出来が良ければ、贈り物代わりに使われたりする。名のある職人の手による物ならば、価値ありと見なされ、高値が付く事もしばしばであった。

「つまりは、何かの手筈の合図に、龍の文字を使ったんじゃろ?」

 何者かが陰謀を企むとして、その手筈に使った書を後生大事に取っておくことなどありえない事だ。しかし、それが価値ある物だとしたならばどうだろうか?

「これは紛れもない、駒吉の手によるもんじゃけん」

「これと同じ物を森本家でも見つけたわ。貴方と駒吉とを繋ぐ、動かぬ証拠よ」

 徳太郎とおまさの言葉に、権右衛門は明らかに動揺し始めていた。

「だまれ!そんな物が、何の証拠になる?たかが職人の書一つで」

 たかが職人と云われて、徳太郎の目が光る。明らかに怒気を含んでいた。

「この龍文字はな、駒吉の傑作じゃ。じゃけん、貴様も取っといたんじゃろう?しかも唯の文字じゃない。文字自体に意味を込めてな。貴様は駒吉に嵌められたんじゃけん」

「貴様、何を言うか?」

(これは金になりますけん)

 権右衛門は、そう言いながら、龍の書を渡してきた駒吉を思い出していた。確かにあの時、写しを捨てようとした自分に駒吉はそう言ったのだ。次の五月五日には、値打ちが上がっていると。

 徳太郎の推理に権右衛門は我を失っていた。権右衛門は、どちらかと言えば、元々を奸計などの苦手な実直な男である。すぐに刃を二人に向けて、実力行使に打って出ようとしたのだった。

「貴様ら二人を始末すれば、まだどうにでもなる。今、勤皇になど、うつつを抜かす時ではないんじゃ」

 そう言いながら、権右衛門は刀を上段に構えると、そのまま二人ににじり寄って来る。徳太郎とおまさは、互いに庇い合いながら、それを回避しようと、後ずさりする。しかし、権右衛門の気迫に押されて、上手く逃がれられない。

 寄る権右衛門と、逃げる徳太郎とおまさ。その刹那の瞬間は、永遠のように長く感じられた。そして、とうとうその振りかざす刀の間合いに、二人が閉じ込められる時であった。

「死ね!」

 権右衛門が、渾身の力で、上段より刀を振り降ろす。徳太郎は、袈裟懸けに斬られると思い覚悟を決めた。

「ぐぁっ」

 徳太郎は、閉じてしまった目を恐る恐る開ける。すると、自分の足元に、しがみ付くおまさと、その向かい側で、蹲る権右衛門の姿を認めた。頭の中に疑問符が広がる。

「間に合ったな」

 その声の主を、徳太郎は瞬時に理解した。

「将さん、遅いけん」

「すまん徳さん、この通りじゃ」

 謝る仕草をしながら、将策が徳太郎の前に現れた。そのすぐ後ろに嘉一郎も控える。

「話しは聞かせて貰ったぞ」

 それは、右手を押さえてしゃがみこむ権右衛門に向けた言葉だった。とっさに嘉一郎が投げた礫が右手に命中して、刀を落したのだ。それで徳太郎らは命が繋がったのだ。

「同じ助けるなら、早うして欲しいけん」

 その徳太郎の言葉に、将策と嘉一郎は顔を見合わせて苦笑いする。

「そう言うな徳さん。せっかく助けたんじゃ」

 将策の言葉に、今度は徳太郎とおまさが、顔を見合わせる番であった。

「権右衛門、観念するんだな」

 嘉一郎が抜刀して、権右衛門の頭上に刃を向ける。それが月明かりに照らされて、何とも妖しげな光を帯びていた。

「わしは、自分の屋敷に入った賊を成敗しようとしただけじゃ」

 将策も抜刀し、刀を権右衛門に向ける。奴が素直に認める筈はない。右手を負傷し、四人対一人の苦しい立場となっても、何を仕掛けてくるか、油断は出来なかった。

「何を言うか。お主が佐幕派の間者である事、すでに露見しておる。お主が江戸で何をしていたかも分かっておる。佐幕派の重臣と計っての事だろう。更に坂本龍馬に近づき、神戸海軍操練所へ潜り込み、そこでの悪評を幕府内に流し、閉鎖へと追いやったな」

 将策は、江戸での聞き込みや、龍馬からもたらされた情報を整理し、自分なりに推理していたのだった。そして、今その証拠が目の前にある。

「ククッハッハッハ」

 将策の鋭い問いに、権右衛門は観念するどころか、突然立ち上がり、笑い出した。狂気の笑いだと、その場に居る誰もが思っただろう。そんな笑い方であった。

「坂本龍馬か…奴は役に立つ男よ。幕府にも媚びを売り、勤皇の志士連中にも顔が聞く。だが、その正体はどっちつかずの商人に過ぎん」

「坂本さんを利用したのか?」

 嘉一郎が刀の持ち方を上段より中段へ変えて、剣先が彼に向くように直す。それがそのまま権右衛門を問い詰める動作のようであった。

「わしは総てを利用する。それもこれも総てを壊す為」

 権右衛門は、向けられる剣先には目も呉れずに、両手を広げて主張を続ける。その眼は更に鋭さを増しているようであった。

「だから千代之助を示唆し、お冴殿と駒吉を殺させたのか?」

 将策はついに確信に触れた。その刀を握る手に汗が滲む。

「そうじゃ、傑作だろう?千代之助はな、お冴と駒吉が間者だと疑っていた。そして、そう信じて腹を切ったんじゃ。じゃが、真実はそうではない。お冴と駒吉は、わしに騙されていたに過ぎぬ。お冴は夫の為に、駒吉は自身の立身の為にと信じてな。腹を切った後に、本当の事を知った時の奴の顔は、見ものだったぜ。忘れられぬわ」

 権右衛門はそう言って、再び悦に浸り笑う。今度はこれ以上ない下品な笑い方だった。

(妻に非ず…とは、こういう事であったか!)

 親友の死の真相を知った将策は、何ともやるせない気持ちになっていた。千代之助は、腹を切る事で、全てを自分だけの責任として、生を終える事を覚悟したのだ。

 しかし、権右衛門より真実を聞かされ、命尽きる前の最期の力を振り絞って、将策へその想いを託そうとしたのだろう。友の無念は想像に絶する。そして、その無念の気持ちを考えると、心の奥から湧き上って来るのは、大いなる怒りであった。

「権右衛門、覚悟!」

 突然、嘉一郎が刀を再び上段に構える。その気迫から、殺気がほとばしる。辺りに緊張が走った。

「待て嘉一郎!今一つ聞きたい。藩を捨てて出奔した貴様が、再び戻って来たのは何用ぞ?これ以上何を企む?」

 大洲藩へ、再び権右衛門が戻っている事を探り当てた将策らは、その真意を知る為に急遽強行軍で、帰藩したのだった。

「数日内に分かる。この藩は一度滅び、そして生まれ変わるんじゃ」

 権右衛門がそう言った矢先の事であった。被っていた笠を将策目掛けて投げつけたのだ。

「こなくそ!」(こなくそ=この野郎の意、気合いの声等)

 その叫び声と共に、権右衛門は、突然将策へ斬りかかってきた。不意を突かれた将策であったが、上手く後ろへ躱し、体勢を整える。

 しかし、再び権右衛門と対峙すると、次に降りかかる禍が、すでに始まっていたのだった。権右衛門の腕が一瞬の隙をついて、おまさを絡め取ってしまっていたのだ。

「おまさ!」

 すぐに助けに飛び出そうとする徳太郎の腕を、嘉一郎が掴んで離さない。今、不意に飛び込めば、斬られるだけだろう。

「貴様、そこまで落ちたか!」

「何とでも言うがいい」

 鋭い刃が、おまさの首の皮に張り付いていた。恐怖で足が竦んで、動けないだろうと思われた。しかし、おまさはこう叫んだ。

「殺すなら殺せ!人質など御免よ」

 気丈にもおまさは、権右衛門に喰って掛かる。そして、その言葉通り、気丈さを態度で示す為か、権右衛門の左腕に、思いきり噛みついたのだった。

「ぐぁっ」

 鈍い呻き声と共に、権右衛門は、おまさの身体を放してしまった。瞬間、おまさは逃げ出そうと身体を捻って、権右衛門に背を向けた。

「この女!」

 その背に向かって、権右衛門は、大きく刀を振りかぶる。斬られる。おまさ自身脳裏にそれが去来していた。しかし、おまさが斬られると思われた刹那、二人の間に、徳太郎が滑り込むように割って入ったのだった。

 そして、おまさが斬られる恐怖の為に、閉じていた目を開けると、目の前に、徳太郎が両腕を広げて立っていて、その右手より鮮血が流れていたのだった。

「徳太郎さん!」

 悲鳴のようなおまさの呼びかけに、呼応するように、徳太郎はその場に倒れたのだった。

「徳さん!」

「大事ないけん…」

 将策もすぐに徳太郎の元へ駆け寄る。一方、嘉一郎は権右衛門を牽制し、刃を向け続けていた。

(右手の傷が案外深い…)

 将策は、持っていた手ぬぐいを傷口に巻きながら、徳太郎の傷が見た目よりも深手である事を確認していた。これでは、右腕が利き腕である徳太郎は、細かい作業が主となる職人業を同じように振るう事が、今後出来ないかもしれない。

「権右衛門、貴様を斬る!」 

 友を傷つけられた怒りが、将策を突き動かしていた。将策は立ちあがると、すでに抜刀していた刀を持ち、無造作に、権右衛門に斬りかかったのだった。

 不意を突かれた権右衛門を袈裟懸けに一刀した。斬った!と思ったが、踏込みが不十分だったのか、皮一枚斬っただけで、額より血は出ているが、致命傷を負わせた訳ではなかった。

「貴様よくも!」

 激怒する権右衛門だったが、自分の不利を冷静に感じていた。このままでは斬られるのは自分だと悟ると、権右衛門は、この危機的状況を打開する方法を思案していた。

 そして、ある事に気づいたのだった。今ここにある灯り、提灯は、自分が持っている物が一つと、将策らが持っているので合計二つである。自分が持っている灯りは、このどさくさで、すでに火は消えている。

 残りは、嘉一郎が左手に持っている一つだけである。見れば、月は雲に再び隠れて、辺りは闇夜が支配していた。

 権右衛門は、将策と斬り合う事を避けるように、後方へ飛んで、身体を将策の剣の間合いから外した。

「二対一では分が悪い。決着は後日を期す」

 権右衛門はそう言うと、嘉一郎目掛けて、短刀を放つ。嘉一郎は後方に跳び、難を逃れる。しかし、持っていた提灯を落とし、その瞬間、辺りは闇夜が完全に支配したのだった。 

 そして、権右衛門は、この一瞬の隙を見て、その場を逃げ出したのである。これには、将策の側に居て、いつでも斬れるように整えていた嘉一郎も、飛び込めなかったのである。

「待て!」

 権右衛門を追って、将策と嘉一郎が走る。しかし、暗闇に紛れて、まんまと逃げおうせてしまったのだった。

「不覚だった…」

 戻って再び徳太郎とおまさと合流し、四人で今後の事を話し合う。しかし、誰にも笑顔などない。

「私は権右衛門を追います」

「いや、今は放っておこう。それよりも、この藩が危機となる謀略が何かある様子だった。そっちの方が気になる」

 将策は少し考え込むと、決断を下した。

「嘉一郎は、二人を医者に送って行ってくれ。俺は今までの経緯を、国嶋奉行と武田先生へ話して来る。権右衛門が、一人で行動しているとは限らない。奴の上役がおる筈じゃ。それが藩の隠れ佐幕派と結びついて、重臣を抱き込めば厄介な事になる。急いだがいいけん」

 今、大洲藩は、新藩主と成ったばかりの泰秋を中心とし、勤皇藩として一致団結していく事に決していた。これは、先頃亡くなった前藩主泰祉の遺言でもあった。

 がしかし、裏を返せば、新藩主の元で、まだまだ一枚岩には成り切れていない事を感じさせる。佐幕派がその巻き返しを計って、暗躍するには、舞台が整っていたのだ。

「分かった。ここからは、将さんらに任せるけん。何かあったら言うてくれ」

 顔色が悪い徳太郎の側を、おまさが健気に付き添うように歩いていた。徳太郎とおまさは、将策と別れて、治療を終えると、翌朝、無事五十崎村へ帰って行った。

 これが大洲藩を揺るがす、後に奥福騒動と呼ばれる一揆が起る数日前の出来事であった。



「あの時すでに、何かしらの悪巧みをしていたのかしら?」

 考え事をする徳太郎の頭の中を覗いたように、おまさが声を掛ける。 

「わしには分からん。今は将さんらが到着するまで、持ち堪えるだけじゃ」

 徳太郎らが帰って、数日後に発生した一揆は、周りの村々を飲み込んで、とうとう五十崎村まで、その膨れ上がった一万余の民衆で、五月五日の凧揚げの際には、人がごった返して大賑わいとなる小田川の河川敷を埋め尽くしていた。

 そして、この風景は、怒りと狂気とが支配し、祭りの喧騒などとは比較にならない、殺伐とした雰囲気を醸し出していたのだった。

 徳太郎は、この前日に、一揆勢に加勢しようとする村の者たちを説得していたが、不調に終わっていた。

「徳太郎、お前は藩に取り入り、上方に上って、和紙を売っとる。信じられんけん」

 徳太郎は、確かに将策を始めとして、藩の人間(武士)と仲が良く、自身も侍が出自であった。そして、若くして成功を治め、蔵を二つも建てたと羨望の的であった。しかしそれは、嫉妬と表裏の物であり、こういう時は、後者が表へ現れるものだった。

「お前の蔵も、やっちゃるけんのう」

 そう言われた以上は、徳太郎に他者を説得する言葉も無く、破壊された庄屋や、商家の二の前に為らぬように、こののぞみの城に、不参加の人達を集めて、そこに家財や食糧などを運び込んで、土塁を築き、柵を立てて、籠城の構えをした。

 そして、すぐに大洲城の将策の元へ使者を立てて、一揆勢を牽制する動きを見せたのだった。

(これが権右衛門の奸計だとすると、次に何が起こるか…)

 自分と供にある民衆を奮い立たせながら、同時に誰にも言えない葛藤を抱えて、徳太郎は友を待っている。七月十六日の晩が暮れようとしていた。

 徳太郎の心配を余所に、何事もなく明けて、翌日の十七日の朝を迎える。この日の朝陽が昇った頃に、大洲城からの一行が内子に到着していた。武田敬孝を代官として、一揆勢を説得する為に来た一行だ。

 その敬孝は、本陣を廿日市庄屋宅に置き、一揆勢の頭目である福五郎と立花豊丸に、交渉を持ちかけようとしていた。彼らを余り刺激しないように、城より来たのは、僅かに十余名の役人だけであった。その中に、将策と嘉一郎の姿もあった。

「もし戦になる事があれば…」

 その懸念を、本陣に居た誰しもが思ってはいたが、口にする者はいなかった。少数精鋭と言えば聞こえはいいが、要するに藩から見れば、体の良い捨て駒とも言える。

「少数には、少数の戦の仕方があるけん」

 将策はそう嘉一郎に言うと、敬孝の眼前に進み出た。

「井上、如何した?」

「先生、一つ考えがあります」

 将策の申し状を全て聞くと、敬孝は黙って頷いた。それが作戦決行の合図となったのだった。

 友を待つ徳太郎らの元へ、将策より報せが届いたのは、陽が完全に昇ってからの事だった。将策よりの書状を持つ使者は、嘉一郎が務めた。 

 その日、もう夏だというのに、少し肌寒く感じられる一日の始まりであったが、これから起こる事を現すかのように、季節外れの霧が少しかかっていて、辺りをぼんやりとさせていたのだった。

 嘉一郎は、そんな霧を巧みに利用し、敵陣と言って良い道中を単騎で走り抜けていた。

「徳太郎さん、これです」

「待っとったけん、待っとったけん」

 そう繰り返し、嘉一郎の到着を歓迎した徳太郎は、利き腕でない左手を、ぎこちなく動かして、将策からの書状に目を通した。

「さすが将さんじゃ。これで安心したけん」

 一読すると、顔を上げた徳太郎に笑みが零れる。それを横で見ていたおまさは、安堵する心地だった。

 この数日間、ともすれば、駒吉の死より、おまさが徳太郎と出会ってこの方、徳太郎がここまで笑ったのを見たのは、初めてではないだろうか?そう思う程、この所の徳太郎は、張りつめているように見えていたのだ。

(無理もない。こんな形ばかりの砦で…)

 嘉一郎は、徳太郎の心中を察して、胸が苦しくなる思いだった。のぞみの城と言ってはいるが、五十崎村の豊秋河原に集まった一万余名の総てと云わずに、百名もここに迫れば、軽く突破されてしまうだけの備えしかないのが実情なのだ。

 しかも、この城に立て籠もるのは、女子供に、老人を含めた僅か数十名しかいない有様であった。これで、もしも戦となれば、どう立ち向かへというのか。しかも相手は、同村の民衆である。誰も傷つけたくなどない。

 そう徳太郎が、頭を悩ましている所へ、将策の書状が届いたのだ。それは、絶望の暗闇に沈み込む者達を助ける、望みそのものであっただろう。

「分かった。将さんの言う通りにするけん。よろしく言うてくれや」

 徳太郎の言葉に、嘉一郎は深く頷き、足早にその場を後にする。嘉一郎が霧に紛れてその姿が見えなくなるまで、徳太郎は、城の柵より、ずっと見守り続けるのだった。

 嘉一郎が本陣へ戻った時には、陽が真上近くまで昇って来ていた。

「嘉一郎、苦労!」

 戻った先で、将策が腕組みした格好で立って待っていた。そのすぐ後ろには、一つの旗が掲げられていた。その白旗には、「新選隊」と記してあった。

「これがそれですか?」 

「ああ」

 二人は旗を眺めながら、短い言葉を交わした。

 これより、一刻前の事である。

「井上、これがこの度の嘆願書じゃ」

 敬孝は一揆勢から届いた藩への書状を将策に見せる。将策はそれを一読すると笑みを浮かべる。

「やはり先生の御見立て通りですな」

「うむ、上手くすれば一人も犠牲者を出さずに済む」

 一揆勢が言ってきた内容は、度重なる藩の軍備拡張政策による年貢等の高騰と、安政の大地震以降に続く、災害による人々の疲弊と、そして、年貢を中間搾取する庄屋や、大商家への不満と、それを取り締まらなない藩への不平が記されていた。

 これらを正す為に、自分達はやむなく立ち上がった。藩は我々の要望に応えなければ、一揆に参加した総ての民が逃散(ちょうさん)するだろうと結んでいた。

「つまり奴らは話し合いたいのだ。戦を頭から、望んでいる分けではない」

 敬孝と将策が喜んだのは、この為であった。話し合いをする余地が、最初からないのであれば、多くの犠牲者を出す事となっても、藩の面目に賭けて、これを一掃せねばならなかっただろう。

 だがそうすれば、その後、どのような結果となるかは、語らずとも分かる事であった。

「さて、この旗の元へ、一体何人集まってくれるやら」

「上手く行きますよ。きっと」

「それには、徳さん次第じゃな」

 新選隊と書かれた旗の下で、将策と嘉一郎は、徳太郎の居るのぞみ城の方を見て、祈るような心地だった。そして、その徳太郎によって、作戦の第二幕が始められようとしていたのだった。



 徳太郎は、内の子にある高昌寺の住職と供に、一揆の頭取である福五郎と、立花豊丸の下を訪れていた。

 高昌寺は、この一揆勢に参加した者の多くが、檀家を務める村寺である。そこの和尚を伴う事は、将策の指示であった。

「お前らの気持ちは、わしが聞いちゃるけんのう。大洲の殿様は、聡明な若武者じゃ。何も心配いらんけん」

 高昌寺の和尚は、とにかく、人当りが良い事で有名であり、村の衆にも慕われていた。これといった徳や、修行を積んだ位の高い僧に敵うような事績も、全く無い男であったが、寺の住職を継いで三十余年、失態を冒した事もない。

 たまに法事の席で呑み過ぎて、くだを巻く事があったが、そこも慕われる御愛嬌の一つだったのかもしれない。

 あいつは呑兵衛だが、悪い奴じゃない。という妙な意識が働くものなのか、この情の人である和尚が発する言葉は、ここぞとばかりに、人々の心を捉えている様子だった。

「和尚もこう言うとるし、わしも皆と争いたくないけん」

 すかさず徳太郎が言葉を続ける。これで血気盛んだった一揆勢に、迷いが生じ始める。 

 最初、難色を示していた、神職である立花豊丸も、皆の説得に遂に折れる形で、藩側との交渉を早々に開始する事を認める。協議場所は、高昌寺に決まった。

 早速、その旨が本陣へもたらされると、敬孝は、小躍りするように歓喜するのを止めなかった。

「井上、交渉に一つ条件を付けよ」

 将策はそれだけを聞くと、その後の敬孝の言葉を聞かずして、その場を後にしたのだった。内容は聞かずとも分かっていたからだ。

(頭と胴体を引き離せれば、勝ちも同然じゃ)

 つまりは、会見場所の寺には、一揆の首謀者のみで来寺する事だ。こちらも少人数で行くので、そちらもお願いしたいと頭を下げて、お願いするのである。

 一時の恥が、全てを導くのならば、そんな物は恥でもなんでもないだろう。

 会談は、予定通り高昌寺境内にて行われた。高昌寺は、失火により焼失したのを大洲藩初代藩主、加藤泰興により再建された寺で、内の子における加藤家の菩提寺と言って差し支えない由緒ある曹洞宗の寺だ。

 御本尊は、聖観音菩薩で、火事の際にも難を逃れ、現代にも受け継がれている。

「この観音様の前では、誠心を持たれますよう」

 和尚のその言葉より、何となしに会見は始まった。

 この場にいるのは、藩の代表として、武田敬孝と井上将策、護衛役として、豊川嘉一郎の三名だけ。一揆側として、福五郎と立花豊丸他合計十名。そして、仲裁役として、住職と徳太郎が控えていた。

「藩側は、お主たちの要求を全て飲もうと思う。頭取二名は、藩に事情を説明して貰う為に出頭してもらうが、命は取らぬ。約束する」

 開口一番、敬孝がそう言うと、一揆勢は色めき立ち始めた。明らかに動揺している様子だった。

 藩側からは、無理難題を言われるか、要求を突っぱねられるかだと思っていたに違いない。それを最初から全て飲むと言ったのだ。

「ありがとうございまする。しかし本当でございましょうか?後で反古にする事などは?」

 豊丸は明らかに疑っていた。無理もない。俄かには信じがたいだろう。藩にとって、なんら得策ではないのだから。

「起請文を書いてもよい。後日になるが、そこに、殿の判を頂いてもよい」

 その言葉で、その場に居た者達に、歓喜の言葉が溢れていた。一揆勢の者達は、口ぐちに嬉しさを爆発させ、抱き合う者たちもいた。

「永田権右衛門を知っているか?」

 歓喜の渦に紛れるように、将策が豊丸と福五郎にそっと耳打ちする。その瞬間、二人の表情が変わる。それで将策は確信していた。

(やはり、この一揆は奴の仕業だ!)

 一揆勢の嘆願書が届いた時に、内容を見た敬孝と将策が安堵したのは、その内容が民達の暮らしの改善に終始していたからに他ならない。

 これがもしも、勤皇政策に対する批判や、佐幕主義への方向転換などを強いる内容が加味されていれば、藩はその要求を呑む分けにはいかなかっただろう。

 だとすれば、この交渉の席では、最初にその要望を一度は全て断る他なく、そうすれば、この騒動は、長期化する恐れもあった。だから二人は喜んだのだ。これで早期に騒動を解決出来、尚且つ、犠牲者を出さなくても済むかもしれないと。

 内容にそれらが無かったので、権右衛門ら、佐幕派の連中が企てた物ではないのかもしれないとの考えが、払拭出来ずにいたが、権右衛門の名を出しただけで、顔色を変えた二人を見て、奴が蠢動していた事を改めて確信出来た。

(だとすれば、奴らの思惑を知る必要があるな)

 両陣営の話し合いは、その日の夕刻までには、決着を見たのだった。

 豊秋河原に集まった民衆達も、それぞれ帰村を始め、これにて、この騒動は落着したのだった。そして、将策が掲げた新選隊の旗の事である。将策は河原の民衆に、こう呼びかけた。

「これより藩は、身分に係らず、腕に覚えのある者を取り立てる。ゲベール銃を主体とした農兵を組織する。これを新選隊という。我こそはと思う者は、名乗り出るがよい。士分に取立てるぞ。一緒に天子様の為に働くんじゃ」

 江戸より帰藩した将策は、農兵隊の創設をすぐに建白すると、これを認められて、その隊長を任される事となっていた。初めての試みであったし、農兵隊の創設を揶揄する声は藩の内部でもあったが、将策には自信があった。

 江戸で学んだ事、今までの自身の経験を活かせる場所が遂に見つかったのだと張り切っていたのだ。これより、大洲藩でも海援隊、奇兵隊、新撰組などと同じように、身分を問わない組織作りを始めることとなって行くのである。



 その後の福五郎と豊丸であったが、藩に連行された後に、数日の内に、獄死してしまっていたのだった。一揆の首謀者は、処刑されるのが常であったから、二人の死自体は、不自然な事ではない。

 しかし、寛延三年の内之子騒動の時に、一人の死者も出さずに、二十九ヶ条からなる要望書を全て、大洲藩に認めさせた前例がある以上、今回の首謀者二人の死は、藩にとって不都合なものだったろう。しかも獄死なのだから。

 将策と嘉一郎が、権右衛門と再び会ったのは、騒動から三日後の事であった。

「やはりここに来たな。待っていたぞ」

 そこは、森本家の墓がある菩提寺であった。騒動を見届けた後に、お冴に別れを告げに来ると踏んで、見張っていたのだった。

「よく分かったな」

「貴様がお冴殿に惚れていたのは、周知の事実だからな。あの時、堺で会った時も、連れて逃げるつもりだったのだろう?しかし、彼女はそれを断った。反対に貴様を説得するつもりで、堺まで行ったのだろう」

 不思議と将策の言葉を権右衛門は黙って聞いていた。そして、今日はとても落ち着いて見えた。嘉一郎には、その姿が却って、不気味に感じてならなかった。

「福五郎と豊丸を殺したのも貴様か?」

「苦しまぬように、してやったまでの事よ」

 二人は毒殺された痕跡が残されていた。苦しませぬとは笑止な。嘉一郎は激怒した。

「千代之助の死を国嶋先生や、武田先生ら、勤皇派の追い落としに利用するつもりだったのだろうが、そうはいかぬぞ。貴様の後ろ盾も、今回の件で失脚を免れぬ。後は貴様だけだ」

 そう言いながら、将策は刀の柄に手をやり、体勢を低く構える。居合の構えだ。

「藩の重臣が一掃されるは、わしの望みよ。よかろう、貴様との因縁もこれで終える」

 今度は権右衛門がそれに応えるように、刀を鞘から抜きだし、上段に構える。それを嘉一郎が後方より見ていた。

 寺の境内の入口にある門の手前である。石畳の階段を背に、権右衛門が居て、将策は入口の門を背にしていた。

 二人の間に、場違いな程の心地良い微風(そよかぜ)が吹いていて、嘉一郎の背後に生えている竹林をそよがせていたのだった。

 二人は徐々に摺り足で間合いを詰める。右足を少しずつ、少しずつ、まるで地を這う芋虫のように。

 そして、ほぼ同時に気勢を上げながら、相手に向かって猪突したのだった。

 将策は、踏み込む瞬間に、更に体勢を低くしながら、相手の腹より肩口にかけて、つまりは、逆袈裟に斬り込む。対する権右衛門は、上段より将策の頭目掛けて、一直線にその刀を振り下ろした。

 刹那の瞬間、将策の刀が、先に権右衛門を切り裂いていた。

 そして、刀を返して、止めの一撃を食らわそうとしたが、権衛門は、声も上げずに、そのまま階段を転がり落ちる。将策の勝利であった。顔が返り血を浴びて、真っ赤になっていた。

「お見事!」

 勝負を見届けた嘉一郎が声を掛ける。

「この刀を選んで良かった」

 将策は、さっき権右衛門を斬った刀身に目をやった。普段腰に差してあるよりも短い、小太刀に近い長さの刀だった。居合に適している。

 将策は、最初から勝負になれば、先の斬り合いの格好となる事を分かっていたのだ。

「奴もこの寺に埋葬してやるさ。情けよ」

 手ぬぐいで、返り血を拭いながら言葉にする。手ごたえはあった。致命傷を相手に与えたという実感が言わせた言葉であった。

 門前とは言え、寺で切傷に及んだ痛恨の念からの言葉だと、嘉一郎は受け取る事にした。

 二人が言葉を交わしていると、階下より、水音が聞こえる。寺のすぐ近くを流れる肱川へ連なる支流に、大きな岩を投げ込んだような激しい音だ。

 ふと階段の下に目をやると、確かに転がり落ちた筈の権右衛門が居ない。辺りには、川岸へ這えずったような血痕が残されているだけであった。

「あの傷だ。まだ遠くまでは行ってない。探すんだ」

 二人はすぐに権右衛門を追ったが、どこを探しても、その姿を発見する事は出来なかった。

 近くで死体が見つかった報せも無く、権右衛門は、完全に行方知れずとなってしまったのだった。
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