4 / 7
4章
量子の迷宮
しおりを挟む
目を覚ますと、そこは図書館だった。
霧島研究所の地下図書館。事件の痕跡を追って訪れたはずのその場所は、しかし、明らかに「普通」ではなかった。
「葉羽くん...ここ、どこ?」 彩由美の声が、不自然に反響する。
本棚が無限に続いているように見える空間。天井は闇に溶け込み、床は微かに発光している。そして、本たちが...
「動いてる」 俺は息を呑む。
棚の本が、まるで生き物のように微かに蠢いていた。背表紙の文字が流れ、ページがひとりでに捲れる。そして、それらの本から漏れ出る光が、俺たちの体の模様と共鳴するように輝き始める。
「これは...霧島教授の研究記録?」 手に取った本を開くと、文字が踊るように変化していく。
『量子もつれによる意識転送の理論的考察』 『観測による実在の固定化と多世界解釈の実証』 『意識の量子的性質に関する実験報告』
「葉羽くん、これも!」 彩由美が手にした本には、より衝撃的な内容が。
『実験被験者報告:神藤葉羽、望月彩由美』 『観測日時:未定』 『実験状況:継続中』
「まさか...」 俺は背筋が凍る。 「この本は、未来の記録?」
その瞬間、図書館全体が振動し始めた。本棚が波打ち、天井から異様な光が降り注ぐ。
「誰か...来る!」 彩由美が俺の袖を掴む。
足音。しかし、それは通常の足音ではない。まるで複数の次元から同時に響いてくるような、重層的な音。
そして、現れたのは...霧島教授自身だった。
いや、正確には「霧島教授たち」と言うべきか。同じ人物が、わずかにずれた位相で重なり合いながら、複数同時に存在している。
「よく来てくれました」 教授の声も、複数の音が重なり合っている。 「私の実験の核心へ」
「教授...あなたは死んでいないんですか?」 俺は震える声で問う。
「死?」 教授たちが不思議そうに首を傾げる。 「私は死んでいませんよ。むしろ、永遠に生きることに成功した。ここで」
教授の手が空中を指す。そこに、複雑な数式が浮かび上がる。
「量子の檻」 俺は呟く。 「これが本当の姿...」
「その通り」 教授たちの姿が徐々に一つに収束していく。 「意識を量子状態で保存し、複数の実在を同時に生きる。これこそが、人類の次なる進化の形」
突然、彩由美が苦しそうに膝をつく。
「彩由美!」
「大丈夫...だけど」 彼女の体の模様が激しく明滅している。 「何か、見えるの。たくさんの...私」
教授が静かに頷く。 「始まっていますね。量子共鳴」
その時、図書館の本すべてが一斉に開き、ページが舞い上がった。無数の文字が空中を漂い、渦を形成し始める。
「しかし」 俺は必死に思考を保とうとする。 「これには致命的な欠陥がある。研究所で見た装置の構造から分かる...」
教授の表情が変わった。
「さすがですね」 その声は、もはや教授のものではなかった。 水沢真理の声だ。
「でも、もう遅い」
空間が急速に歪み始める。本の渦が俺たちを包み込み、意識が引き裂かれそうになる。
最後に見たのは、教授と水沢の姿が重なり合う光景。そして...渦が収まった時、図書館は一変していた。
本棚は消え、代わりに巨大な実験装置が現れる。その中心には、球状の透明なチャンバー。そして、その中に...
「これは...」 俺の声が途切れる。
チャンバーの中には、無数の「水沢真理」が浮遊していた。それぞれが微妙に異なる表情を持ち、異なる時間軸に属しているように見える。
「理解できましたか?」 背後から声がする。振り返ると、最初に会った時の水沢真理がいた。 「これが、霧島教授の実験の真の目的」
「人間の量子複製」 俺は呟く。 「しかし、それは物理法則上...」
「不可能?」 水沢が笑う。 「確かに、量子複製は理論上不可能です。でも、教授は別の方法を見つけた」
彩由美が突然、叫び声を上げる。 「葉羽くん、私の体が...!」
彼女の体が微かに透明化し始めていた。そして、複数の「彩由美」が重なって見える。
「これは予想外」 水沢が眉を寄せる。 「共鳴が早すぎる」
「説明しろ」 俺は必死に冷静さを保とうとする。 「この実験の本当の目的を」
水沢は深いため息をつく。 「人類は、三次元の檻に囚われています。時間という一方向の流れに束縛され、量子的可能性を閉ざされている。教授は、その限界を超えようとした」
チャンバーの中の「水沢たち」が、まるでそれに呼応するように明滅する。
「でも」 俺は反論する。 「そのために必要なエネルギーは...」
「そう」 水沢が俺の言葉を遮る。 「膨大なエネルギーが必要です。そして、その源として選ばれたのが...」
「人間の意識」 俺は唐突に理解した。 「俺たちの体の模様は、その証」
水沢が静かに頷く。 「あなたたちは、既に実験の一部。意識のエネルギーが、少しずつ量子の檻に吸収されている」
その時、図書館全体が激しく振動し始めた。
「制御不能!?」 水沢の表情が変わる。 「まさか、意識の共鳴が臨界を...」
チャンバーにヒビが入り始める。「水沢たち」が不安定に揺らめき、空間そのものが歪みだす。
「彩由美を...彩由美を戻せ!」 俺は叫ぶ。
しかし、もう遅かった。
チャンバーが爆発的に破裂する。無数の「水沢」が空間に飛び散り、現実が万華鏡のように砕け散っていく。
その混沌の中で、俺は彩由美の手を必死で掴もうとした。
彼女の姿が、徐々に霧のように拡散していく。 「葉羽くん...私、どうなるの...?」
その時、俺の脳裏に閃きが走った。 装置の構造、水沢の言葉、そして最も重要な...
「分かった」 俺は叫ぶ。 「これを止める方法が...!」
しかし、その言葉を最後まで言う前に、空間が完全に崩壊を始めた。
最後に見たのは、水沢の焦りに満ちた表情。そして、チャンバーの破片に映り込んだ、決定的な証拠。
この実験には、誰も予想していなかった「別の目的」があった。
そして俺は、その真実にたどり着きかけていた...。
霧島研究所の地下図書館。事件の痕跡を追って訪れたはずのその場所は、しかし、明らかに「普通」ではなかった。
「葉羽くん...ここ、どこ?」 彩由美の声が、不自然に反響する。
本棚が無限に続いているように見える空間。天井は闇に溶け込み、床は微かに発光している。そして、本たちが...
「動いてる」 俺は息を呑む。
棚の本が、まるで生き物のように微かに蠢いていた。背表紙の文字が流れ、ページがひとりでに捲れる。そして、それらの本から漏れ出る光が、俺たちの体の模様と共鳴するように輝き始める。
「これは...霧島教授の研究記録?」 手に取った本を開くと、文字が踊るように変化していく。
『量子もつれによる意識転送の理論的考察』 『観測による実在の固定化と多世界解釈の実証』 『意識の量子的性質に関する実験報告』
「葉羽くん、これも!」 彩由美が手にした本には、より衝撃的な内容が。
『実験被験者報告:神藤葉羽、望月彩由美』 『観測日時:未定』 『実験状況:継続中』
「まさか...」 俺は背筋が凍る。 「この本は、未来の記録?」
その瞬間、図書館全体が振動し始めた。本棚が波打ち、天井から異様な光が降り注ぐ。
「誰か...来る!」 彩由美が俺の袖を掴む。
足音。しかし、それは通常の足音ではない。まるで複数の次元から同時に響いてくるような、重層的な音。
そして、現れたのは...霧島教授自身だった。
いや、正確には「霧島教授たち」と言うべきか。同じ人物が、わずかにずれた位相で重なり合いながら、複数同時に存在している。
「よく来てくれました」 教授の声も、複数の音が重なり合っている。 「私の実験の核心へ」
「教授...あなたは死んでいないんですか?」 俺は震える声で問う。
「死?」 教授たちが不思議そうに首を傾げる。 「私は死んでいませんよ。むしろ、永遠に生きることに成功した。ここで」
教授の手が空中を指す。そこに、複雑な数式が浮かび上がる。
「量子の檻」 俺は呟く。 「これが本当の姿...」
「その通り」 教授たちの姿が徐々に一つに収束していく。 「意識を量子状態で保存し、複数の実在を同時に生きる。これこそが、人類の次なる進化の形」
突然、彩由美が苦しそうに膝をつく。
「彩由美!」
「大丈夫...だけど」 彼女の体の模様が激しく明滅している。 「何か、見えるの。たくさんの...私」
教授が静かに頷く。 「始まっていますね。量子共鳴」
その時、図書館の本すべてが一斉に開き、ページが舞い上がった。無数の文字が空中を漂い、渦を形成し始める。
「しかし」 俺は必死に思考を保とうとする。 「これには致命的な欠陥がある。研究所で見た装置の構造から分かる...」
教授の表情が変わった。
「さすがですね」 その声は、もはや教授のものではなかった。 水沢真理の声だ。
「でも、もう遅い」
空間が急速に歪み始める。本の渦が俺たちを包み込み、意識が引き裂かれそうになる。
最後に見たのは、教授と水沢の姿が重なり合う光景。そして...渦が収まった時、図書館は一変していた。
本棚は消え、代わりに巨大な実験装置が現れる。その中心には、球状の透明なチャンバー。そして、その中に...
「これは...」 俺の声が途切れる。
チャンバーの中には、無数の「水沢真理」が浮遊していた。それぞれが微妙に異なる表情を持ち、異なる時間軸に属しているように見える。
「理解できましたか?」 背後から声がする。振り返ると、最初に会った時の水沢真理がいた。 「これが、霧島教授の実験の真の目的」
「人間の量子複製」 俺は呟く。 「しかし、それは物理法則上...」
「不可能?」 水沢が笑う。 「確かに、量子複製は理論上不可能です。でも、教授は別の方法を見つけた」
彩由美が突然、叫び声を上げる。 「葉羽くん、私の体が...!」
彼女の体が微かに透明化し始めていた。そして、複数の「彩由美」が重なって見える。
「これは予想外」 水沢が眉を寄せる。 「共鳴が早すぎる」
「説明しろ」 俺は必死に冷静さを保とうとする。 「この実験の本当の目的を」
水沢は深いため息をつく。 「人類は、三次元の檻に囚われています。時間という一方向の流れに束縛され、量子的可能性を閉ざされている。教授は、その限界を超えようとした」
チャンバーの中の「水沢たち」が、まるでそれに呼応するように明滅する。
「でも」 俺は反論する。 「そのために必要なエネルギーは...」
「そう」 水沢が俺の言葉を遮る。 「膨大なエネルギーが必要です。そして、その源として選ばれたのが...」
「人間の意識」 俺は唐突に理解した。 「俺たちの体の模様は、その証」
水沢が静かに頷く。 「あなたたちは、既に実験の一部。意識のエネルギーが、少しずつ量子の檻に吸収されている」
その時、図書館全体が激しく振動し始めた。
「制御不能!?」 水沢の表情が変わる。 「まさか、意識の共鳴が臨界を...」
チャンバーにヒビが入り始める。「水沢たち」が不安定に揺らめき、空間そのものが歪みだす。
「彩由美を...彩由美を戻せ!」 俺は叫ぶ。
しかし、もう遅かった。
チャンバーが爆発的に破裂する。無数の「水沢」が空間に飛び散り、現実が万華鏡のように砕け散っていく。
その混沌の中で、俺は彩由美の手を必死で掴もうとした。
彼女の姿が、徐々に霧のように拡散していく。 「葉羽くん...私、どうなるの...?」
その時、俺の脳裏に閃きが走った。 装置の構造、水沢の言葉、そして最も重要な...
「分かった」 俺は叫ぶ。 「これを止める方法が...!」
しかし、その言葉を最後まで言う前に、空間が完全に崩壊を始めた。
最後に見たのは、水沢の焦りに満ちた表情。そして、チャンバーの破片に映り込んだ、決定的な証拠。
この実験には、誰も予想していなかった「別の目的」があった。
そして俺は、その真実にたどり着きかけていた...。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。
荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる