量子迷宮の探偵譚

葉羽

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2章

並行世界の迷路

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扉が開くと同時に、葉羽と彩由美は眩い光に包まれた。目が慣れてくると、そこは先ほどまでの白い空間とは全く異なる世界だった。

「ここは...」葉羽が呟いた。

二人の目の前に広がっていたのは、無限に続くかのような巨大な迷路だった。壁は半透明の青い結晶で作られており、その中を不思議な光が流れているように見える。天井はなく、代わりに無数の星々が瞬いている漆黒の宇宙が広がっていた。

「葉羽くん、これって夢?」彩由美が不安そうに尋ねた。

葉羽は首を横に振った。「いや、夢じゃない。どうやら私たちは、並行世界の迷宮に閉じ込められてしまったようだ」

彩由美は困惑した表情を浮かべた。「並行世界?それって、SF小説に出てくるやつ?」

「ああ」葉羽は頷いた。「量子力学によると、私たちの知る世界以外にも無数の可能性を持つ世界が存在するんだ。そして今、私たちはその世界の狭間にいるんじゃないかと思う」

彩由美は半信半疑の表情を浮かべながらも、葉羽の説明に耳を傾けた。

「でも、どうしてこんなところに...」

葉羽は思案顔で答えた。「それが最大の謎だね。とにかく、ここから脱出する方法を見つけなければ」

二人は慎重に迷路の中を歩き始めた。結晶でできた壁は触れると冷たく、そして何か生きているかのような振動を感じる。

歩を進めるうちに、彩由美が不思議なことに気づいた。

「ねえ、葉羽くん。この迷路、少しずつ変わってない?」

葉羽も立ち止まり、周囲をよく観察した。確かに、壁の配置が微妙に変化しているように見える。

「鋭い観察眼だ、彩由美」葉羽は感心した様子で言った。「この迷路は静的なものじゃない。動的に変化しているんだ」

その言葉を聞いた瞬間、二人の足元が突然消失した。

「きゃあっ!」
「うわっ!」

二人は闇の中へと落下していった。

* * *

目を開けると、そこは全く異なる空間だった。今度は真っ赤な砂漠が広がり、複数の太陽が空を照らしている。

「大丈夫か、彩由美?」葉羽が心配そうに尋ねた。

「う、うん...ただ、ちょっと頭がクラクラする」彩由美は弱々しく答えた。

葉羽は周囲を見回した。「どうやら、私たちは別の並行世界に飛ばされたようだ」

彩由美は不安そうに空を見上げた。「複数の太陽...こんな世界、あり得るの?」

「理論上はね」葉羽は説明を始めた。「例えば、私たちの太陽系とは異なる恒星系が形成された世界線とか...」

彼の説明は、突然の地鳴りで遮られた。

「な、何!?」彩由美が叫んだ。

砂漠の地面が揺れ始め、そこから巨大な何かが姿を現した。それは、まるで砂で作られた巨人のようだった。

「逃げるぞ!」葉羽は彩由美の手を取り、全力で走り出した。

砂の巨人は、ゆっくりとした動きで二人を追いかけてきた。その足音が、大地を震わせる。

「あそこだ!」葉羽が叫んだ。

前方に、先ほどと同じような半透明の扉が見えた。二人は最後の力を振り絞って走り、扉に飛び込んだ。

* * *

今度は、美しい水中都市だった。透明なドームの中に近未来的な建物が立ち並び、ドームの外には色とりどりの魚が泳いでいる。

「はぁ...はぁ...」二人は息を切らしながら、周囲を確認した。

「ここは...海底?」彩由美が驚きの声を上げた。

葉羽は頷いた。「そうみたいだね。おそらく、地球温暖化が進んで陸地の大部分が水没した世界線なんだろう」

彩由美は感嘆の声を上げた。「すごい...でも、どうしてこんな風に世界を渡り歩いているの?」

葉羽は腕を組んで考え込んだ。「仮説だけど...私たちは量子の重ね合わせ状態にあるんじゃないかな」

「重ね合わせ?」彩由美は首を傾げた。

「うん」葉羽は説明を続けた。「量子力学では、粒子が複数の状態を同時に取り得る現象を重ね合わせと呼ぶんだ。私たちも今、複数の世界線上に同時に存在している可能性がある」

彩由美は頭を抱えた。「むずかしい...でも、どうやって元の世界に戻ればいいの?」

その瞬間、都市を包むドームにヒビが入り始めた。

「また来たよ...」彩由美が呟いた。

葉羽は周囲を見回した。「この世界も不安定になってきたみたいだ。次の出口を...あった!」

二人は急いで新たな扉に向かって走った。ドームが砕け、海水が流れ込んでくる直前、彼らは扉をくぐり抜けた。

* * *

次の世界は、巨大な図書館だった。天井まで届く本棚が無限に続いているように見える。

「ここは...」葉羽の目が輝いた。

彩由美はクスリと笑った。「葉羽くんの天国みたいね」

葉羽は少し照れながらも、すぐに真剣な表情に戻った。「ここなら、何か手がかりが見つかるかもしれない」

二人は本棚を調べ始めた。しかし、どの本を開いても、中身は空白だった。

「おかしいな...」葉羽が眉をひそめた。

そのとき、彩由美が叫んだ。「葉羽くん、これ!」

彼女が指さす方向には、一冊だけ光る本があった。葉羽がそれを手に取ると、表紙には「量子迷宮の謎」と書かれていた。

「これは...」

葉羽が本を開くと、そこには複雑な数式と図が描かれていた。

「これは量子テレポーテーションの理論...?」葉羽が呟いた。

彩由美は首を傾げた。「それって何?」

「量子の状態を離れた場所に瞬時に転送する技術だよ」葉羽は説明した。「もしかしたら、これが私たちがこの迷宮から脱出する鍵かもしれない」

しかし、その瞬間、図書館全体が揺れ始めた。本が棚から落ち、床が歪み始める。

「また来たわ!」彩由美が叫んだ。

葉羽は本を抱えたまま、彩由美の手を取った。「急ごう!」

二人は崩れゆく図書館の中を駆け抜け、新たな扉を探した。

* * *

扉をくぐり抜けた先は、今度こそ元の白い空間だった。

「ここは...最初の場所?」彩由美が周囲を見回した。

葉羽は頷いた。「そうみたいだ。でも...」

彼の言葉が途切れたのは、目の前に新たな光景が広がり始めたからだ。白い空間が徐々に形を変え、巨大な量子コンピューターのような装置が現れた。

「これは...」葉羽の目が見開かれた。

彩由美は不安そうに尋ねた。「何なの、これ?」

葉羽は慎重に装置に近づいた。「どうやら、この迷宮全体を制御しているシステムみたいだ」

彼は先ほどの本を開き、そこに書かれた式を装置のインターフェースに入力し始めた。

「葉羽くん、大丈夫なの?」彩由美が心配そうに尋ねた。

葉羽は真剣な表情で答えた。「わからない。でも、これが私たちの唯一のチャンスかもしれない」

入力が完了すると、装置が激しく振動し始めた。周囲の空間が歪み、様々な世界の断片が見え隠れする。

「彩由美、しっかりつかまって!」葉羽が叫んだ。

二人が手を強く握り合った瞬間、眩い光が彼らを包み込んだ。

* * *

「はっ!」

葉羽は自分の部屋で目を覚ました。窓の外は夜の闇に包まれている。

「夢...だったのか?」

しかし、彼の手には「量子の迷宮」と書かれた本がしっかりと握られていた。

葉羽はすぐに携帯電話を手に取り、彩由美に連絡を入れた。

「もしもし、彩由美?」
「葉羽くん...あなたも...?」

二人の声には、同じ経験を共有した者同士の理解が込められていた。

「明日、学校で話そう」葉羽が言った。「私たちが経験したこと、そしてこれからどうするか...」

「うん」彩由美の声には決意が感じられた。「一緒に、この謎を解いていこう」

電話を切った後、葉羽は窓の外を見つめた。星空の中に、かすかに量子の迷宮の残像を見た気がした。

彼らの冒険は、まだ始まったばかり。量子の世界が秘める真実と、自分たち自身の可能性。それらを解き明かす旅が、ここから始まるのだ。

葉羽は深呼吸をし、ベッドに横たわった。明日からの新たな冒険に、期待と不安が入り混じる。しかし、彩由美との絆を確認できたことが、彼に大きな勇気を与えていた。

量子の迷宮は、彼らにまだ多くの試練を用意しているに違いない。しかし、二人なら乗り越えられる。そう信じて、葉羽は静かに目を閉じた。
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