視界迷宮の村 絶望の連鎖と歪む残像

４章

視界迷宮の序幕

樹海蒼也の死体が発見されたという報せは、瞬く間に白髯村全体に広がった。静寂に包まれていた村は、突如として騒然となり、恐怖と混乱に陥った。村人たちは、互いに顔を見合わせ、何が起こったのか理解できずに戸惑っていた。

葉羽と彩由美は、蒼也の遺体の第一発見者として、警察の到着を待っていた。蔵の周囲には、既に多くの村人が集まっており、不安げな表情で中を覗き込んでいた。彼らの視線は、葉羽と彩由美にも向けられ、まるで犯人捜しでもするかのように、二人の行動を監視していた。

「葉羽くん…一体誰が、こんなことを…」

彩由美は、恐怖に震える声で葉羽に尋ねた。彼女は、生まれて初めて死体を目撃し、その衝撃から立ち直れずにいた。

「落ち着け、彩由美。きっと真相を突き止める。」

葉羽は、彩由美の手を握り締め、力強く言った。彼は、彩由美の不安を鎮めると同時に、自分自身にも言い聞かせるように、決意を新たにしていた。

しばらくして、サイレンの音が響き渡り、パトカーが到着した。車から降りてきたのは、二人の刑事だった。一人は、恰幅の良い体格で、鋭い眼光を持つベテラン刑事、灯火錬司（ともしび れんじ）。もう一人は、細身で眼鏡をかけた若い刑事、灯火灯矢（ともしび とうや）。灯矢は、錬司の甥であり、まだ経験の浅い新人だった。

「現場保存！関係者以外は立ち入り禁止！」

錬司は、周囲に集まった村人たちを制圧し、現場検証を開始した。灯矢は、錬司の指示に従い、写真撮影や証拠品の採取などを行っていた。

葉羽は、二人の刑事に近づき、自己紹介をした。

「僕は、神藤葉羽と言います。高校二年生です。彼女と一緒に観光でこの村に来ていたのですが、偶然にも事件に遭遇してしまいました。」

葉羽は、冷静な口調で説明した。彼は、自分が推理小説好きであることは伏せていた。この時点では、自分が事件にどう関わるべきか、まだ判断がついていなかったからだ。

「高校生が、こんなところに何の用だ？」

錬司は、葉羽を疑わしげな目で見て、尋ねた。彼は、葉羽の言葉の裏に何か隠されているのではないかと感じていた。

「ただの観光です。事件については、何も知りません。」

葉羽は、冷静さを保ちながら答えた。彼は、今はまだ、警察に協力することが最善策だと考えていた.

錬司は、葉羽の言葉を信じられない様子だったが、とりあえず現場検証を優先することにした。「おい、灯矢！現場の写真を撮り終えたら、この少年からも話を聞け。」

錬司は、灯矢に指示を与えると、蔵の中へと入って行った. 葉羽と彩由美は、蔵の外で待機するように指示された。

葉羽は、蔵の周囲を歩き回り、事件の手がかりを探していた。彼は、蔵の外観、周囲の環境、そして、村人たちの様子を注意深く観察していた。

その時、葉羽は、蔵の窓に奇妙な歪みがあることに気づいた。窓ガラスは、まるでレンズのように歪んでおり、景色が奇妙に屈折して見えた。

「これは…」

葉羽は、歪んだ窓ガラスに近づき、注意深く観察した。窓ガラスの歪みは、自然にできたものではなく、人工的に作られたものであることが明らかだった。

葉羽は、過去の失明事件のことを思い出した. あの事件も、何者かによって人為的に引き起こされた可能性がある. もしかしたら、今回の事件も、何者かが意図的に仕組んだ罠なのかもしれない.

「葉羽くん、どうしたの？」

彩由美が、葉羽の様子がおかしいことに気づき、心配そうに尋ねた。

「この窓ガラス…何かがおかしい。」

葉羽は、彩由美に窓ガラスの歪みを見せた。

「本当だ…まるでレンズみたいね。」

彩由美も、窓ガラスの歪みに気づいた。彼女は、その不自然さに、恐怖を感じていた.

「これは、ただの窓ガラスじゃない. 何か特別な仕掛けがあるはずだ。」

葉羽は、確信に満ちた声で言った。彼は、推理小説で培った知識と経験から、この窓ガラスが、事件の重要な手がかりになっていることを直感していた。

その時、灯矢が葉羽たちに近づいてきた。

「神藤さん、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか？」

灯矢は、手帳を取り出し、質問を始めた。「事件発生時刻に、あなたはどこにいましたか？」

「白銀館にいました. 彩由美と一緒に、部屋で休んでいました。」

葉羽は、落ち着いて答えた.

「 アリバイの証人は？」

「彩由美です。」

葉羽は、彩由美の方を見た. 彩由美は、静かに頷いた。

「他に何か、不審な点に気づいたことはありませんか？」

灯矢は、さらに質問を続けた。葉羽は、少し迷った後、窓ガラスの歪みについて話すことにした.

「実は、蔵の窓ガラスに奇妙な歪みがあることに気づいたのですが…」

葉羽は、灯矢に窓ガラスの歪みを見せた. 灯矢は、眼鏡の奥の目を細めて、窓ガラスをじっくりと観察した.

「確かに…これは、珍しいですね. 何かのレンズでしょうか？」

灯矢は、興味を持った様子で言った.

「もしかしたら、このレンズが、事件の手がかりになるかもしれません。」

葉羽は、真剣な表情で言った。「このレンズは、単なる窓ガラスの歪みではなく、何者かによって意図的に設置されたものだと考えています。」

「意図的に…？」

灯矢は、葉羽の言葉に驚き、さらに興味を深めた。彼は、葉羽の推理力に感銘を受けていた.

「はい. 私は、このレンズが、何らかの装置の一部であり、事件と何らかの関係があるのではないかと考えています。」

葉羽は、自分の推理を説明した。彼は、蔵の中をもう一度詳しく調べたいと思っていた。

「なるほど…興味深いですね. しかし、今はまだ、現場保存が最優先です. もう少し詳しく調べたいのは山々ですが、今は我慢してください。」

灯矢は、葉羽の推理を尊重しつつも、今は警察の捜査に協力するように促した.

葉羽は、仕方なく了承した. しかし、彼は、自分の推理を諦めたわけではなかった. 彼は、必ず事件の真相を解き明かし、犯人を捕まえることを心に誓っていた.