視界迷宮の村 絶望の連鎖と歪む残像

１０章

時間差トリックの解明

葉羽は、視覚誘導装置の隠された機能、時間操作レンズの存在に衝撃を受けながらも、冷静に推理を続けていた。錬司の死の真相、そして、蒼也殺害のトリック。全ての謎を解き明かす鍵は、この時間操作レンズが握っているはずだった。

彼は、もう一度、錬司の死の状況を詳細に検討した。錬司は、蒼也殺害事件の捜査中に、崖から転落死した。しかし、彼の死には、いくつかの不自然な点があった。

第一に、錬司が崖に行った理由が不明瞭だった。警察の公式発表では、錬司は蒼也殺害事件の捜査の一環として崖を訪れたとされていたが、具体的な目的は明らかにされていなかった。

第二に、錬司の転落死の目撃証言に矛盾があった。唯一の目撃者である村人、白樫銀次（しろかし ぎんじ）は、錬司が崖の端で足を滑らせて転落したと証言していた。しかし、現場の状況から、錬司が故意に崖から飛び降りたようには見えなかった。

葉羽は、これらの不自然な点を、時間操作レンズの機能と照らし合わせて考えてみた。もし、犯人が時間操作レンズを使って、錬司が崖に到着する時間を操作したとしたら、これらの矛盾を説明できるかもしれない。

「もし、錬司刑事が、実際よりも早く崖に到着したと思い込まされていたとしたら…？」

葉羽は、呟くように言った。彩由美は、彼の言葉の意味を理解しようと、真剣な表情で彼を見つめていた.

「葉羽くん、どういうこと？」

「犯人は、時間操作レンズを使って、錬司刑事が崖に到着する時間を操作した. そして、錬司刑事は、自分が予定よりも早く崖に到着したと思い込み、本来ならまだそこにいるはずのない時間帯に、崖の端まで行った. そこで、犯人が仕掛けた罠にかかり、転落死したのだ。」

葉羽は、ホワイトボードに、時間軸と錬司の行動ルートを示す図を描きながら説明した。「本来なら、錬司刑事は、日没後に崖に到着する予定だった。しかし、時間操作レンズの影響で、彼は日没前に崖に到着したと思い込んでいた。そして、彼は、日没前に崖の端まで行き、そこで転落死した. 目撃者の白樫銀次が見たのは、時間操作レンズによって作られた偽の錬司の姿だったのだ。」

「でも、そんなこと…本当に可能なの…？」彩由美は、半信半疑といった様子だった。時間操作レンズの存在自体が、まだ彼女には信じがたいものだった.

「可能だ。」葉羽は、断言した。「視覚誘導装置の設計図を見たとき、私は確信した。この装置は、単に視覚を操るだけでなく、時間を操ることもできる. そして、錬司刑事が残したメモ。あれは、犯人が時間操作レンズを使った証拠だ。」

葉羽は、錬司の遺留品の中から見つかったメモを取り出した. メモには、奇妙な数字の羅列が書かれていた。

「この数字は、時間操作レンズの設定値を示している. 私は、この数字を解読することで、犯人がどのようにして時間操作レンズを使ったのかを突き止めた。」

葉羽は、メモに書かれた数字をホワイトボードに書き写し、解読方法を説明した. 数字は、白髯村の地理情報と、特定の日時の天体情報とを組み合わせた複雑な暗号になっていた. 葉羽は、高度な数学的知識と暗号解読技術を駆使して、この暗号を解き明かしたのだ.

「犯人は、この数字を使って、時間操作レンズを特定の日時に、特定の場所で発動するように設定した. そして、錬司刑事がその場所に来たとき、時間操作レンズが発動し、彼の時間感覚を狂わせた。」

彩由美は、葉羽の説明を聞きながら、事件の真相に近づいていることを実感していた。しかし同時に、彼女は、犯人の知能の高さと、冷酷さに、恐怖を感じていた.

「葉羽くん…でも、どうして、白樫銀次は、偽の錬司の姿を見ることができたの…？」彩由美は、まだ腑に落ちない点があった。

「それは、視覚誘導装置によるものだ。犯人は、時間操作レンズだけでなく、視覚誘導装置も使って、白樫銀次の視覚を操った. 白樫銀次は、錬司刑事が崖から転落するところを目撃したと思い込んでいるが、実際には、視覚誘導装置によって作られた偽の映像を見ていただけなのだ。」

葉羽は、白樫銀次の証言の矛盾点を指摘した。白樫銀次は、錬司が崖から転落する直前に、何かを呟いていたと証言していた。しかし、現場検証の結果、錬司が何かを呟いていた形跡は確認されなかった.

「白樫銀次が聞いた錬司刑事の呟きは、視覚誘導装置によって作り出された偽の音声だ。犯人は、白樫銀次の視覚だけでなく、聴覚も操作していたのだ。」

葉羽は、白樫銀次が持っていた偏光サングラスに着目した. それは、一見普通のサングラスだったが、特殊な偏光フィルターが仕込まれていた. このサングラスをかけることで、犯人が仕掛けた視覚トリックを見破ることができたのだ。

「白樫銀次は、犯人の共犯者だった。」葉羽は、静かに断言した。「彼は、犯人から偏光サングラスを受け取り、偽の錬司の姿を目撃した. そして、偽の証言をすることで、犯人のアリバイ工作に協力した。」

彩由美は、葉羽の推理に驚愕した. 白樫銀次は、村の中でも穏やかで信頼の厚い人物として知られていた. そんな彼が、まさか犯人の共犯者だったとは.

「しかし、なぜ、白樫銀次は、犯人に協力したのでしょうか…？」彩由美は、疑問を口にした.

「それは、まだ分からない. しかし、必ず理由があるはずだ。」葉羽は、真剣な表情で言った。「私は、白樫銀次に話を聞き、彼の動機を明らかにする必要がある。」

葉羽は、灯矢と共に、白樫銀次の家へと向かった。時間差トリックの謎は解けたが、事件の真相はまだ深い闇の中に隠されていた.