時を喰らう館：天才高校生探偵、神藤葉羽の難解推理

6章

嗅覚の迷宮

葉羽は、雅也の部屋に漂っていた甘い香りを、改めて思い返していた。それは、書斎で見つけた古書に記載されていた、特定の植物から抽出される精油の香りだった。単なる香りではなく、人間の嗅覚に影響を与え、時間感覚を歪ませる効果があるという記述が、葉羽の脳裏に焼き付いていた。

「あの香りは、ただの偶然ではないはずだ……」

葉羽は、そう呟き、香りの正体を突き止めるべく、図書館へと向かった。彼は、植物学、薬学、香料学など、様々な分野の書籍を読み漁り、ついに香りの正体を特定した。それは、「クロノスの花」と呼ばれる、極めて希少な植物から抽出される精油だった。クロノスの花は、特定の条件下でのみ開花し、その精油は、高濃度で吸引すると、時間感覚の歪み、記憶の混乱、幻覚などを引き起こすことが知られていた。

「クロノスの花……まさか、本当にこんなものが存在するとは……」

葉羽は、驚愕と同時に、ある仮説を立てた。犯人は、このクロノスの花の精油を使って、雅也の時間感覚を操作し、事件を偽装したのではないか？

葉羽は、この仮説を検証するために、洋館へと戻った。彼は、警察の目を盗み、館内をくまなく調べ、クロノスの花の香りの痕跡を探した。そして、彼の予想通り、香りは雅也の部屋だけでなく、洋館の各所に散布されていたことが判明した。特に、地下室へと続く階段付近には、高濃度の香りが残されていた。

「犯人は、雅也を地下室へと誘導するために、この香りを利用したのか……」

葉羽は、推理を深めていった。さらに、彼は、被害者である雅也が、特定の臭いに対して、条件付けられた反応を示していた可能性を考えた。もしそうであれば、犯人は、雅也の嗅覚を操り、特定の行動を取らせることができたはずだ。

葉羽は、彩由美に協力を求め、館内の臭いの分布図を作成した。彩由美は、嗅覚が鋭く、香りの種類や濃度を正確に識別することができた。二人は、まるで迷路を探索するかのように、館内をくまなく調べ、香りの痕跡を丁寧に記録していった。

そして、ついに、彼らはある隠し部屋を発見した。隠し部屋は、書斎の奥に隠されており、一見するとただの壁のように見えたが、特定の臭いを嗅がせることで、扉が開く仕掛けになっていた。隠し部屋の中央には、特殊な装置が置かれていた。それは、クロノスの花の精油を霧状にして散布する装置だった。装置にはタイマーがセットされており、特定の時間に自動的に作動するようになっていた。

「これだ……これが、犯人が使ったトリックの正体だ！」

葉羽は、興奮を抑えきれない様子で叫んだ。装置の表面には、指紋が付着していた。葉羽は、慎重に指紋を採取し、警察に鑑定を依頼した。

数時間後、鑑定結果が届いた。指紋は、意外な人物のものだった。それは……白銀零士、雅也の旧友であり、著名な精神科医の指紋だった。

葉羽は、衝撃を受けた。まさか、零士が犯人だったとは……。しかし、なぜ零士は、このような複雑なトリックを使って、雅也を殺害したのだろうか？　葉羽の脳裏には、新たな疑問が浮かび上がった。事件の真相は、まだ深い霧に包まれていた。