時を喰らう館：天才高校生探偵、神藤葉羽の難解推理

9章

記憶の断片

葉羽は、自室のデスクに座り、これまで集めた情報を整理していた。壁には、事件の関係図、時間軸、そして様々なメモが貼り付けられ、まるで探偵事務所の一室のようだった。窓の外では、雨が静かに降り続いており、重苦しい空気が部屋を満たしていた。

「時計の針は偽り、鏡は真実を映さず、香りは記憶を惑わす。真実は、仮想と現実の狭間に――」

雅也がVR空間内に残したメッセージは、葉羽の脳裏に深く刻まれていた。これまでの調査で、葉羽は、犯人が時間感覚の錯覚、視覚効果、嗅覚の利用、そしてVRゴーグルという四つの要素を巧みに組み合わせ、完全犯罪を企てたことを確信していた。

時間感覚の錯覚は、クロノスの花の精油と、巧妙に操作された時計によって作り出された。視覚効果は、錯視立体、鏡、照明、そしてプロジェクションマッピングによって実現された。嗅覚の利用は、クロノスの花の香りと、雅也への嗅覚による条件付けによって行われた。そして、VRゴーグルは、仮想現実空間と現実世界を繋ぐ、重要な役割を果たしていた。

しかし、これらのトリックがどのように組み合わされ、犯行が行われたのか、具体的な手順はまだ見えていなかった。まるで、複雑なパズルのピースが、あと一つだけ足りないような、もどかしい感覚に苛まれていた。

「犯人の目的は何だったのか？　雅也は、なぜ犯人の計画に協力したのか？」

葉羽は、自問自答を繰り返した。犯人の動機は、単純な金銭目的や怨恨によるものとは思えなかった。何か、もっと深い、複雑な理由が隠されているはずだった。

葉羽は、雅也の日記、行動記録、そして関係者たちの証言を改めて見直した。断片的な情報をつなぎ合わせ、失われた記憶のピースを探し求めた。そして、ある一点に、彼の思考が集中した。

雅也の日記には、最近、奇妙な夢を見ているという記述があった。その夢の内容は、現実世界と酷似しており、まるで自分がVR空間に入り込んでいるかのような感覚だったという。さらに、雅也は、現実世界と夢の中の出来事が混同し、何が現実で何が虚構なのか分からなくなるときがあると記していた。

「もしかして……雅也は、犯人によって、VR空間と現実世界の境界を曖昧にさせられていたのではないか？」

葉羽は、閃いた。犯人は、長期間に渡り、雅也にVRゴーグルを装着させ、仮想現実空間での体験を現実世界の記憶と混同させていたのだ。そして、その過程で、雅也に特定の行動を暗示し、犯行計画に協力させていたのだ。

葉羽は、この仮説を検証するために、再びVRゴーグルを装着し、雅也が体験していた仮想現実空間へとダイブした。仮想空間内を探索していると、彼はある隠し部屋を発見した。隠し部屋の中には、一枚の写真が飾られていた。それは、若い頃の雅也と、もう一人の男が並んで写っている写真だった。男の顔は、ぼやけていてはっきりと確認できなかったが、葉羽はその男に見覚えがあるような気がした。

写真の下には、短いメモが添えられていた。「過去は、決して消えることはない」――その言葉は、まるで呪いのように、葉羽の心に重く響いた。

葉羽は、写真に写っている男の正体を突き止めれば、事件の真相に近づけると確信した。彼は、天堂家の家系図、古いアルバム、そして関係者たちの証言を調べ上げ、ついに男の正体を特定した。男は、天堂家の遠い親戚であり、過去に起きたある事件で、雅也と深い因縁を持つ人物だった。