暗闇の中の囁き

1章

闇の呼び声

神藤葉羽は、自宅の書斎で静かに本を開いていた。彼の豪邸は広々としているが、どこか冷たく、外の風が窓を揺らす音だけが響いている。葉羽は、学業はもちろん、推理小説を愛する天才高校生であり、無類の読書好きだった。今日もまた、新しい推理小説を手に取り、ページをめくる。その瞬間、彼の心の中に広がるのは、ミステリーの濃密な世界だった。

「また、面白い作品に出会えたな……」彼は心の中で呟く。彼の目が光り、次々と展開されるストーリーに引き込まれていった。

その時、ふと窓の外に目をやると、薄暗い空の下で一人の女性が立っているのが見えた。望月彩由美だ。彼女は幼馴染であり、葉羽の心の中で特別な存在だった。彼女はいつも明るく、無邪気な笑顔を振りまくが、どこか天然なところもあり、時折、彼を困惑させることもあった。

「葉羽、いる？」彼女の声は、外から聞こえてきた。少し不安げな響きがあった。葉羽は本を閉じ、急いで玄関へ向かう。ドアを開けると、彩由美の笑顔が待っていた。

「やあ、彩由美。どうしたの、こんな時間に？」葉羽は彼女を見つめる。彼女の髪が風に揺れ、淡い香りが漂ってきた。

「ちょっと、話があって……」彩由美の表情が急に真剣になった。「この前、黒崎一郎の洋館の話、聞いた？」

葉羽は一瞬、驚いた。黒崎一郎。それは、今世間で話題になっている作家であり、最近亡くなったばかりの人物だった。彼はホラー小説の名手で、特に『囁く影』という作品が注目を集めていた。作品には、彼の過去や恐怖体験が織り交ぜられ、読者を脅かす要素が満載だった。

「うん、何かあったの？」葉羽は興味を惹かれた。

「その洋館、実は今、見学ができるらしいの。友達が行くって言ってたから、私も行きたいなって思って……」彩由美の目が輝く。「葉羽も一緒に行かない？」

葉羽は一瞬、考え込んだ。彼は推理小説を愛するが、ホラーに関しては少し苦手だった。しかし、彩由美の期待に満ちた目を見て、心が揺れる。彼女の笑顔を守るためなら、少しの恐怖は耐えられるかもしれない。

「行こうか、彩由美。でも、あの洋館は本当に不気味だって聞くよ。」彼は少し冗談めかして言った。

「大丈夫だよ！私、怖いのは苦手だけど、葉羽がいれば安心だもん。」彩由美は笑顔を浮かべ、葉羽の手を握った。その瞬間、葉羽の心臓がドキリとした。

しかし、彼の心の奥には、何か不安が芽生え始めていた。黒崎一郎の作品には、ただのフィクションではない「何か」が潜んでいるような気がしていたからだ。

その晩、葉羽は寝床に入ったが、なかなか眠れなかった。彼の脳裏には、黒崎の書いたホラー小説の数々が浮かんでは消え、まるでその世界に引き込まれそうな感覚があった。特に、作品の中で語られる「囁き」が耳の奥で響くようだった。

「囁く影……」彼は思わず呟く。その言葉を口にした瞬間、部屋の暗闇が一瞬、彼の周囲を包み込むように感じた。

不安が胸に広がり、葉羽は思わず目を閉じた。しかし、そこに現れるのは、ただの夢ではなかった。彼の心の中に潜む恐怖が、彼を呼び寄せるようにささやいていた。彼は確信した。明日、彩由美と共に洋館に足を運ぶことは、ただの冒険ではなく、彼らの運命を変える出来事になるかもしれないと。

そして、彼の運命は、黒崎一郎の遺した暗号と、洋館の恐怖に絡め取られていくのだった。