暗闇の中の囁き

3章

館の恐怖

二人は薄暗い廊下を進みながら、壁にかけられた絵画や古い家具に目を向けた。絵画はすべて、どこか不気味な表情をしていた。特に、一枚の肖像画は、見る者をじっと見つめ返しているように感じられた。葉羽はその視線が自分を追いかけているように思えて、背筋が寒くなる。

「なんだか、この館には人が住んでいた気配が残っているね……」葉羽は言った。

「うん、特にこの絵、すごく不気味……」彩由美は、指でその絵を指し示した。肖像画の中の人物は、まるで生きているかのように微笑んでいるが、その目はどこか冷たい。葉羽は、その冷たい視線に引き込まれそうになる。

「これが黒崎一郎の家族の人たちかもしれないね。」葉羽は淡々とした声で言った。しかし、彼の心の中では、もっと恐ろしい何かが渦巻いていた。

二人はさらに奥へ進む。廊下は次第に狭くなり、どこか閉塞感が漂っていた。途中、古びた扉がいくつも並んでいる。葉羽はその一つに手をかけ、少しだけ開けてみた。中は薄暗く、何も見えなかったが、冷たい風が吹き抜け、思わず身震いした。

「やっぱり、ここはおかしいよ……」彩由美が言う。彼女の声には不安が混じっていた。

「少し休もうか？」葉羽は、彼女を気遣いながら提案した。二人は近くのソファに腰を下ろす。ソファは埃をかぶり、古びた革の匂いが漂っていた。

「葉羽、やっぱり怖いよ……」彩由美が小声で呟く。その声を聞いて、葉羽は心が痛む。彼女を安心させたかったが、自分自身も不安でいっぱいだった。

「大丈夫。少し休んだら、また先に進もう。」葉羽は、彼女の手を優しく握りしめた。彼の心の中には、彼女を守りたいという強い思いがあった。

その時、廊下の奥から再びあの囁き声が聞こえた。「助けて……」今度は、よりはっきりとした声だった。葉羽は立ち上がり、声の方へ向かって歩いていく。

「葉羽、待って！」彩由美が叫ぶが、彼はその声を振り切るように廊下を進んでいった。声の正体を確かめたかった。何が待ち受けているのか、真実を知りたかった。

廊下の先には、重い扉があった。葉羽は扉を開け、薄暗い部屋に飛び込む。そこには、古い書斎が広がっていた。壁には本棚があり、黒崎一郎の作品がぎっしりと並んでいる。彼はその中の一冊を手に取り、表紙を見つめた。

「囁く影……」彼は呟いた。すると、突然、部屋の中が冷たくなり、周囲の空気が重く感じられた。彼は背後からの視線を感じ、思わず振り返る。

「誰かいるのか？」彼は声を張り上げたが、返事はなかった。再び、あの囁き声が聞こえる。今度は、彼の耳元でささやくように感じた。「助けて……」

葉羽は恐怖に駆られ、目の前の本棚を見つめた。そこには、黒崎一郎が生前に書いた手記のようなものもあった。彼はそれを取り出し、ページをめくる。そこには、彼が抱えていた恐怖が綴られていた。彼は自らの過去を語り、館に隠された秘密を暴露している。

「この館には、囁く影がいる……それは、私の過去の罪が生み出した存在だ。」葉羽はその言葉に引き込まれるように読み進めた。彼の心の中に、黒崎一郎の苦悩が響いてくる。

「何かが、私を呼んでいる。私は逃げられない……」その手記は、彼をさらに恐怖の深淵へと誘っていく。葉羽は、目の前の現実と黒崎の過去が交錯していることに気づいた。彼の心の奥にあるものが、館の恐怖とつながっているように感じた。

「葉羽、何をしているの？」彩由美が後ろから声をかけてきた。彼女の声に少しだけ安心したが、同時に胸の中に渦巻く不安が消えなかった。

「この手記を……」葉羽は言葉を続けようとしたが、彼の目の前に突然、薄暗い影が現れた。それは、まるで生きているかのように動き、彼に向かって近づいてくる。葉羽は恐怖で動けなくなり、ただその影を見つめるしかなかった。

「逃げて！」彩由美が叫び、彼を引っ張ろうとしたが、葉羽はその影に目を奪われていた。影は、まるで彼を呼び寄せるかのように囁いていた。「助けて……私を救って……」

その瞬間、葉羽は何かが彼の心の中で弾ける音を聞いた。彼は意識を取り戻し、彩由美の手を強く握りしめた。「行こう、彩由美！」

二人は急いで部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けた。後ろからは、あの囁き声が追いかけてくるように響いていた。葉羽は振り返らずに、ただ逃げることだけを考えた。館の恐怖が彼らを飲み込もうとしていることを感じながら、彼は必死に走り続けた。