残響鎮魂歌（レクイエム）

6章

過去への扉

朔也の生い立ちを知った葉羽は、事件の真相に近づきつつあると同時に、深い不安に苛まれていた。復讐という動機は、あまりにも強力で、残酷だ。もし朔也が犯人だとしたら、彼を止めることができるのだろうか。

解析を終えたレコード盤を取り戻すため、葉羽は再び朔也の研究室を訪れた。朔也はいつもと変わらぬ穏やかな表情で葉羽を迎えたが、その目に潜む冷たい光に、葉羽は気づいていた。

「レコード盤の解析は終わりました。予想以上に複雑な音波で、解析に少々時間がかかりました」朔也は葉羽にレコード盤を手渡しながら言った。

「ありがとうございます。朔也先生のおかげで、事件の真相に近づけた気がします」葉羽はレコード盤を受け取りながら、朔也の表情をじっと観察する。何かを探るように。

「そうでしたか。それはよかった」朔也は微笑む。しかし、その笑顔はどこかぎこちなく、不自然に見えた。

葉羽は研究室を後にし、急いで自宅に戻った。レコード盤を蓄音機にセットし、針を落とす。すると、豪邸で聞いたあの不快な音が再び流れ始めた。悲鳴、叫び声、何かが砕ける音。そして、ノイズに混じって、かすかな会話が聞こえてくる。

「…お願い…やめて…」

「…うるさい！黙れ！」

「…助けて…」

それは、50年前の出来事の記録だった。レコード盤には、単なる音だけでなく、事件の真相を解き明かす重要な情報が隠されていたのだ。葉羽は集中して音を聞き、会話を聞き取ろうとする。ノイズが激しく、聞き取りづらいが、断片的に聞こえてくる言葉から、事件の概要が見えてきた。

50年前のこの豪邸では、何らかの儀式が行われていたようだ。そして、その儀式の中で、一人の女性が殺害された。加害者は複数人おり、その中には黒曜の父親も含まれていた。彼らは女性を監禁し、拷問し、そして殺害した。レコード盤には、その一部始終が記録されていたのだ。

葉羽は、耳を塞ぎたくなるような凄惨な音に耐えながら、必死に聞き続けた。過去の出来事を追体験することで、事件の真相に近づけると信じて。時間音響学の効果は想像以上に強く、葉羽は次第に、自分が50年前の豪邸にいるような錯覚に陥っていく。悲鳴が耳をつんざき、血の匂いが鼻をつく。まるで、自分が事件の目撃者になったかのように。

突然、葉羽は激しい頭痛に襲われた。頭の中で、何かが爆発したような衝撃が走る。彼は思わずレコードを止め、蓄音機からよろめきながら離れた。床に崩れ落ち、両手で頭を覆う。

「うっ…頭が…」

過去の記憶があまりにも強烈で、葉羽の精神は限界を迎えていた。しかし、彼は諦めなかった。事件の真相を突き止めるまでは。深呼吸を繰り返し、何とか意識を保つ。

「50年前…あの場所で…一体何が…」

葉羽は呟きながら、再びレコード盤に手を伸ばす。過去への扉は、今、開かれようとしていた。そして、その扉の向こうには、想像を絶する真実が待ち受けていることを、彼はまだ知らない。