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国境警備隊の詰所の一室。
ゼーブルックの責任者である、恰幅の良い初老の男――ダリウス所長は、目の前の光景を信じられない思いで眺めていた。
部屋の中央に置かれたテーブルには、どう見ても最高級品の茶器が並び、世にも芳しい香りを放つ紅茶が湯気を立てている。
テーブルの上には、これまた見たこともないような美しい焼き菓子が、銀の皿に山と盛られていた。
そして、それらを完璧な作法でサーブしているのは、黒いドレスに身を包んだ、恐ろしく有能そうな一人の侍女。
「さあ、所長様。どうぞ、お召し上がりください。わたくしどもの故郷で評判の、『マドレーヌ』というお菓子でございます」
にこやかに菓子を勧めてくるのは、自らを「ただの富豪」と名乗る、ケインズと名乗った老人だ。
そして、その隣の席では、この世のものとは思えないほど美しい少女が、「美味しいですわ」と幸せそうにそのマドレーヌを頬張っている。
(一体、なんなのだ、この状況は……)
ダリウスは、額の汗をハンカチで拭った。
彼は、不法入国の疑いがある謎の集団の尋問をするつもりだった。
それがなぜ、優雅なティーパーティーになっているのか。
「それで……ケインズ殿。あなた方は、大規模な商会の視察団、ということで間違いないかな?」
ダリウスは、何とか平静を装って尋ねる。
「はい、その通りでございます。わたくしどもの主(あるじ)は、大変な慈善家でございましてな。有望な事業に投資することで、世の中を豊かにしたい、と常々考えておいでなのです」
ケインズは、アテルイの方をちらりと見ながら、実に滑らかに嘘を並べ立てる。
「そして、こちらのアテルイお嬢様は、その主のご令嬢であり、我々が立ち上げる新しい商会の、いわば『顔』となっていただくお方。その類まれなる美貌とカリスマ性で、きっとエルツ王国の皆様にも愛されることでしょう」
「ほほう……」
ダリウスは、アテルイに視線を移す。
確かに、彼女の存在感は異常だ。ただそこに座って微笑んでいるだけで、部屋全体の空気が華やぐような、不思議な魅力がある。
もし本当に彼女が店の看板娘にでもなったら、国中の男たちが列をなすだろうことは、想像に難くない。
「して、その投資の規模というのは、どれほどのものをお考えかな?」
ダリウスは、探るように尋ねた。
すると、ケインズは待ってましたとばかりに、テーブルの上に小さな革袋を置いた。
ずしり、と重い音がする。
「これは、手付金代わりのご挨拶でございます。どうぞ、お納めください」
ダリウスが恐る恐る袋の口を開けると、中には眩いばかりの輝きを放つ、大量の金貨がぎっしりと詰まっていた。
その額は、この国境の町ゼーブルックの一年分の予算に匹敵するかもしれない。
「こ、これは……!」
「我々の本気度を、お分かりいただけましたかな?我々は、エルツ王国と友好な関係を築きたいのです。そのための先行投資は、惜しみませんぞ」
ケインズの言葉は、もはや脅しに近かった。
これだけの財力を持つ集団を、無下に追い返すのか、と。
「……」
ダリウスは、冷や汗をかきながら考える。
彼らの素性は、まだ怪しい。ミラグロ王国で何かがあったのかもしれない、という噂も、風の便りに聞こえてはくる。
しかし、これだけの財力を持つ集団を入国させれば、エルツ王国にとって莫大な利益になる可能性もまた、事実だった。
何より、目の前の少女、アテルイには、不思議と邪なものを感じない。
ただひたすらに無垢で、天真爛漫。
こんな少女が悪事を働くとは、到底思えなかった。
「……よろしいでしょう」
長い沈黙の末、ダリウスは決断した。
「あなた方の入国を、正式に許可します。ただし、王都以外の場所に滞在する際は、必ず届け出ること。そして、王都の治安を乱すような行為は、決して行わないように」
「おお、ありがとうございます、所長殿!」
ケインズは、芝居がかった様子で頭を下げた。
「まあ、嬉しいですわ!これで、この国を見て回ることができますのね!」
アテルイは、にこにこと無邪気に喜んでいる。
こうして、一行は正式な入国許可証を手に入れた。
賄賂ともいえる金貨と、最高級の茶菓子、そしてアテルイの規格外の魅力によって、国境の門はいとも簡単に開かれたのである。
部屋を出る直前、イゾルテがダリウスの耳元でそっと囁いた。
「所長様。賢明なご判断に、感謝いたしますわ」
その声は鈴のように可憐だったが、ダリウスには、なぜか背筋が凍るような思いがした。
(……とんでもない連中を、国に入れてしまったのかもしれん)
ダリウスは、一行の背中が見えなくなるまで、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
ゼーブルックの責任者である、恰幅の良い初老の男――ダリウス所長は、目の前の光景を信じられない思いで眺めていた。
部屋の中央に置かれたテーブルには、どう見ても最高級品の茶器が並び、世にも芳しい香りを放つ紅茶が湯気を立てている。
テーブルの上には、これまた見たこともないような美しい焼き菓子が、銀の皿に山と盛られていた。
そして、それらを完璧な作法でサーブしているのは、黒いドレスに身を包んだ、恐ろしく有能そうな一人の侍女。
「さあ、所長様。どうぞ、お召し上がりください。わたくしどもの故郷で評判の、『マドレーヌ』というお菓子でございます」
にこやかに菓子を勧めてくるのは、自らを「ただの富豪」と名乗る、ケインズと名乗った老人だ。
そして、その隣の席では、この世のものとは思えないほど美しい少女が、「美味しいですわ」と幸せそうにそのマドレーヌを頬張っている。
(一体、なんなのだ、この状況は……)
ダリウスは、額の汗をハンカチで拭った。
彼は、不法入国の疑いがある謎の集団の尋問をするつもりだった。
それがなぜ、優雅なティーパーティーになっているのか。
「それで……ケインズ殿。あなた方は、大規模な商会の視察団、ということで間違いないかな?」
ダリウスは、何とか平静を装って尋ねる。
「はい、その通りでございます。わたくしどもの主(あるじ)は、大変な慈善家でございましてな。有望な事業に投資することで、世の中を豊かにしたい、と常々考えておいでなのです」
ケインズは、アテルイの方をちらりと見ながら、実に滑らかに嘘を並べ立てる。
「そして、こちらのアテルイお嬢様は、その主のご令嬢であり、我々が立ち上げる新しい商会の、いわば『顔』となっていただくお方。その類まれなる美貌とカリスマ性で、きっとエルツ王国の皆様にも愛されることでしょう」
「ほほう……」
ダリウスは、アテルイに視線を移す。
確かに、彼女の存在感は異常だ。ただそこに座って微笑んでいるだけで、部屋全体の空気が華やぐような、不思議な魅力がある。
もし本当に彼女が店の看板娘にでもなったら、国中の男たちが列をなすだろうことは、想像に難くない。
「して、その投資の規模というのは、どれほどのものをお考えかな?」
ダリウスは、探るように尋ねた。
すると、ケインズは待ってましたとばかりに、テーブルの上に小さな革袋を置いた。
ずしり、と重い音がする。
「これは、手付金代わりのご挨拶でございます。どうぞ、お納めください」
ダリウスが恐る恐る袋の口を開けると、中には眩いばかりの輝きを放つ、大量の金貨がぎっしりと詰まっていた。
その額は、この国境の町ゼーブルックの一年分の予算に匹敵するかもしれない。
「こ、これは……!」
「我々の本気度を、お分かりいただけましたかな?我々は、エルツ王国と友好な関係を築きたいのです。そのための先行投資は、惜しみませんぞ」
ケインズの言葉は、もはや脅しに近かった。
これだけの財力を持つ集団を、無下に追い返すのか、と。
「……」
ダリウスは、冷や汗をかきながら考える。
彼らの素性は、まだ怪しい。ミラグロ王国で何かがあったのかもしれない、という噂も、風の便りに聞こえてはくる。
しかし、これだけの財力を持つ集団を入国させれば、エルツ王国にとって莫大な利益になる可能性もまた、事実だった。
何より、目の前の少女、アテルイには、不思議と邪なものを感じない。
ただひたすらに無垢で、天真爛漫。
こんな少女が悪事を働くとは、到底思えなかった。
「……よろしいでしょう」
長い沈黙の末、ダリウスは決断した。
「あなた方の入国を、正式に許可します。ただし、王都以外の場所に滞在する際は、必ず届け出ること。そして、王都の治安を乱すような行為は、決して行わないように」
「おお、ありがとうございます、所長殿!」
ケインズは、芝居がかった様子で頭を下げた。
「まあ、嬉しいですわ!これで、この国を見て回ることができますのね!」
アテルイは、にこにこと無邪気に喜んでいる。
こうして、一行は正式な入国許可証を手に入れた。
賄賂ともいえる金貨と、最高級の茶菓子、そしてアテルイの規格外の魅力によって、国境の門はいとも簡単に開かれたのである。
部屋を出る直前、イゾルテがダリウスの耳元でそっと囁いた。
「所長様。賢明なご判断に、感謝いたしますわ」
その声は鈴のように可憐だったが、ダリウスには、なぜか背筋が凍るような思いがした。
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