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「アテルイ様を『悪役令嬢』に仕立て上げた者たちがいた、ということか」
クリストフは、険しい表情でケインズに問い返した。
「左様でございます。アルフォンス王太子は、元より思慮の浅いお方。彼一人で、あれほど大々的な婚約破棄の舞台を整えられたとは思えません。彼の背後で、糸を引いていた者がいるはずです」
ケインズの瞳に、鋭い光が宿る。
「我々は、その黒幕の正体にも、おおよその見当はついております」
「誰なのだ?」
「アルフォンス殿下の現在の婚約者、リリアーナ嬢。そして、その父親である、ヴィスコンティ子爵。おそらく、この親子でしょう」
「ヴィスコンティ子爵……確か、小規模ながら、いくつかの鉱山を所有している貴族だったな」
クリストフは、記憶を探るように言った。エルツ王国でも、貴族の名簿は把握している。
「はい。ですが、ヴィスコンティ子爵は、野心の大きな男でしてな。自分の家の爵位が低いことに、常々不満を抱いておりました。彼は、アークライト公爵家に代わって、国の実権を握ることを画策していたのです」
そのための手段が、娘のリリアーナを王太子に近づけることだった。
「ヴィスコンティ子爵は、リリアーナ嬢を巧みに操り、アルフォンス殿下に近づかせました。そして、アルフォンス殿下がアテルイ様に抱いていた息苦しさや不満を、巧みに煽り立てたのです」
グレイフォードが、吐き捨てるように付け加える。
「『アテルイ様は、あなた様を人形のように支配しようとしている』『彼女は、あなた様を愛しているのではなく、次期王妃という地位しか見ていない』……リリアーナ嬢は、そうやって毎日、王太子の耳元で囁き続けたのです。偽りの涙を流しながらな」
「なんと……」
「そして、アルフォンス殿下の心が、完全にアテルイ様から離れたことを見計らい、あの夜会での婚約破棄を計画、実行させたと。我々はそう見ております」
全ては、アークライト公爵家を失脚させ、自分たちがその地位に成り代わるための、ヴィスコンティ子爵親子による、周到な陰謀だったのだ。
クリストフは、静かな怒りに拳を握りしめた。
一人の女性の人生を、そして二国間の関係をも狂わせた、卑劣な陰謀。
許されるべきことではなかった。
「……だが、彼らの計画は、思わぬ方向へ進んだわけだ」
「はい。彼らの最大の誤算は、我々――アテルイ様を心から敬愛する者たちが、彼女と共に国を去ってしまったこと。そして、何よりも……」
ケインズは、そこで言葉を切り、壁際に控えるイゾルテに視線を向けた。
「アテルイ様ご本人が、彼らの想像を遥かに超える、傑物であったということでございましょうな」
その言葉に、クリストフも深く頷いた。
もしアテルイが、普通の令嬢のように、ただ泣き寝入りしていたなら、ヴィスコンティ子爵の計画は成功していたかもしれない。
しかし、彼女は違った。
婚約破棄という逆境を、ものともせずに、新しい世界で、さらに大きく羽ばたいてみせたのだ。
「全て、分かりました。ミラグロ王国で、何が起こっていたのか……」
クリストフは、改めてアテルイに向き直った。
彼女は、相変わらずクッキーを美味しそうに食べている。
「アークライト様。貴女は、大変な苦労をされてきたのだな」
クリストフが、労わるように声をかけると、アテルイは不思議そうに彼を見上げた。
「苦労、ですって?いいえ、そんなことはありませんでしたわ」
「え?」
「だって、わたくしには、いつもイゾルテがいてくれましたもの。それに、ケインズやグレイフォードも、いつもわたくしのことを気にかけてくださいました。だから、少しも、辛いと思ったことはありませんわ」
彼女は、心の底から、そう思っているようだった。
悪意や陰謀に満ちた環境の中でさえ、彼女は、自分に向けられる優しさや忠誠心だけを、まっすぐに見つめていたのだ。
その、あまりにも純粋で、鋼のように強い心。
クリストフは、もはや、彼女から目が離せなくなっている自分に気づいていた。
守ってあげたい、と思う。しかし、同時に、彼女は誰かに守られるような、か弱い存在ではないことも、分かっていた。
だからこそ、惹かれるのかもしれない。
彼は、自分の心に芽生えた、このどうしようもない感情の名前を、もう認めざるを得なかった。
クリストフは、険しい表情でケインズに問い返した。
「左様でございます。アルフォンス王太子は、元より思慮の浅いお方。彼一人で、あれほど大々的な婚約破棄の舞台を整えられたとは思えません。彼の背後で、糸を引いていた者がいるはずです」
ケインズの瞳に、鋭い光が宿る。
「我々は、その黒幕の正体にも、おおよその見当はついております」
「誰なのだ?」
「アルフォンス殿下の現在の婚約者、リリアーナ嬢。そして、その父親である、ヴィスコンティ子爵。おそらく、この親子でしょう」
「ヴィスコンティ子爵……確か、小規模ながら、いくつかの鉱山を所有している貴族だったな」
クリストフは、記憶を探るように言った。エルツ王国でも、貴族の名簿は把握している。
「はい。ですが、ヴィスコンティ子爵は、野心の大きな男でしてな。自分の家の爵位が低いことに、常々不満を抱いておりました。彼は、アークライト公爵家に代わって、国の実権を握ることを画策していたのです」
そのための手段が、娘のリリアーナを王太子に近づけることだった。
「ヴィスコンティ子爵は、リリアーナ嬢を巧みに操り、アルフォンス殿下に近づかせました。そして、アルフォンス殿下がアテルイ様に抱いていた息苦しさや不満を、巧みに煽り立てたのです」
グレイフォードが、吐き捨てるように付け加える。
「『アテルイ様は、あなた様を人形のように支配しようとしている』『彼女は、あなた様を愛しているのではなく、次期王妃という地位しか見ていない』……リリアーナ嬢は、そうやって毎日、王太子の耳元で囁き続けたのです。偽りの涙を流しながらな」
「なんと……」
「そして、アルフォンス殿下の心が、完全にアテルイ様から離れたことを見計らい、あの夜会での婚約破棄を計画、実行させたと。我々はそう見ております」
全ては、アークライト公爵家を失脚させ、自分たちがその地位に成り代わるための、ヴィスコンティ子爵親子による、周到な陰謀だったのだ。
クリストフは、静かな怒りに拳を握りしめた。
一人の女性の人生を、そして二国間の関係をも狂わせた、卑劣な陰謀。
許されるべきことではなかった。
「……だが、彼らの計画は、思わぬ方向へ進んだわけだ」
「はい。彼らの最大の誤算は、我々――アテルイ様を心から敬愛する者たちが、彼女と共に国を去ってしまったこと。そして、何よりも……」
ケインズは、そこで言葉を切り、壁際に控えるイゾルテに視線を向けた。
「アテルイ様ご本人が、彼らの想像を遥かに超える、傑物であったということでございましょうな」
その言葉に、クリストフも深く頷いた。
もしアテルイが、普通の令嬢のように、ただ泣き寝入りしていたなら、ヴィスコンティ子爵の計画は成功していたかもしれない。
しかし、彼女は違った。
婚約破棄という逆境を、ものともせずに、新しい世界で、さらに大きく羽ばたいてみせたのだ。
「全て、分かりました。ミラグロ王国で、何が起こっていたのか……」
クリストフは、改めてアテルイに向き直った。
彼女は、相変わらずクッキーを美味しそうに食べている。
「アークライト様。貴女は、大変な苦労をされてきたのだな」
クリストフが、労わるように声をかけると、アテルイは不思議そうに彼を見上げた。
「苦労、ですって?いいえ、そんなことはありませんでしたわ」
「え?」
「だって、わたくしには、いつもイゾルテがいてくれましたもの。それに、ケインズやグレイフォードも、いつもわたくしのことを気にかけてくださいました。だから、少しも、辛いと思ったことはありませんわ」
彼女は、心の底から、そう思っているようだった。
悪意や陰謀に満ちた環境の中でさえ、彼女は、自分に向けられる優しさや忠誠心だけを、まっすぐに見つめていたのだ。
その、あまりにも純粋で、鋼のように強い心。
クリストフは、もはや、彼女から目が離せなくなっている自分に気づいていた。
守ってあげたい、と思う。しかし、同時に、彼女は誰かに守られるような、か弱い存在ではないことも、分かっていた。
だからこそ、惹かれるのかもしれない。
彼は、自分の心に芽生えた、このどうしようもない感情の名前を、もう認めざるを得なかった。
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