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一連の話を聞き終えたクリストフは、最後の疑問を、これまでほとんど口を開かなかった人物に向けた。
「……イゾルテ殿」
呼ばれたイゾルテは、完璧な笑みを浮かべたまま、優雅に一礼する。
「はい、王子殿下。なんでございましょうか」
「失礼ながら、伺いたい。貴女は、元はアルフォンス王太子の侍女だったと聞いている。なぜ、彼の下を去り、アークライト様に仕えることを選んだのだ?」
それは、クリストフがずっと気になっていたことだった。
これほどの能力を持つ侍女が、なぜ、主君を変えたのか。
その問いに、同席していたケインズとグレイフォードも、興味深そうに耳を傾ける。
彼らも、イゾルテがアテルイの侍女になった経緯を、詳しくは知らなかったのだ。
イゾルテは、少しだけ遠い目をして、静かに語り始めた。
「わたくしが、アルフォンス殿下にお仕えしていたのは、事実でございます。わたくしの一族は、代々ミラグロ王家に仕える家系でして、その能力を買われ、若くして王太子の侍女に抜擢されました」
彼女の仕事ぶりは、完璧だった。
身の回りの世話から、政務の補佐、護衛まで、全てを一人でこなした。
しかし、彼女は、日を追うごとに、主君であるアルフォンスに失望を深めていった。
「アルフォンス殿下は、申し上げにくいのですが、王位を継ぐ器ではございませんでした。ご自分の感情を優先し、義務を軽んじ、耳に心地よい言葉を語る者だけを重用なさる。そして何より、わたくしが我慢ならなかったのは……」
イゾルテは、そこで一度、言葉を切った。
「アテルイ様という、完璧な婚約者がいらっしゃいながら、ヴィスコンティ子爵の娘と、人目を忍んで逢瀬を重ねていたことでございます。それは、不誠実という言葉では生ぬるい、裏切り行為でございました」
彼女の言葉には、珍しく、静かな怒りが込められていた。
「わたくしは、そんな主君に仕える日々に、飽き飽きしておりました。毎日が、退屈で、愚かで、つまらない。……そんなある日のことでございます」
イゾルテは、その日のことを、今でも鮮明に覚えていた。
王宮の書庫で、アルフォンスが、アテルイに厳しく問い詰められていたのだ。
彼がまた、国の予算を自分の衣装代に使い込んだことに対する、叱責だった。
アルフォンスは、子供のように言い訳を繰り返し、逆ギレしていた。
だが、アテルイは、少しも動じなかった。
彼女は、分厚い帳簿をアルフォンスの前に突きつけ、静かに、しかし凛とした声で言ったのだ。
『殿下。あなた様のお立場は、この国の誰よりも多くの富を享受できるお立場です。しかしそれは、誰よりも重い責任を負うことと、同義ですのよ。あなた様の一着の服が、飢えに苦しむ民を何人救えるか、お考えになったことはおありですか?』
その言葉は、正論であり、真実だった。
権力におもねることなく、ただひたすらに、国の未来と民を想う、清廉な魂からの言葉だった。
物陰からその光景を見ていたイゾルテは、雷に打たれたような衝撃を受けた。
(……なんと、面白いお方だ)
退屈な王宮の中で、ただ一人、彼女は輝いて見えた。
アルフォンスの愚かさも、周りの貴族たちの腐敗も、全てがどうでもよくなった。
この、気高くて、正しくて、そして少しズレている、美しい令嬢の側にいたい。
彼女の人生という物語を、特等席で見ていたい。
「その日のうちに、わたくしはアルフォンス殿下に辞職を願い出て、アテルイ様のお屋敷の門を叩きました。『どうか、わたくしを貴女様の侍女にしてください』と」
アテルイは、突然現れた王太子の侍女に、きょとんとしていた。
そして、一言、こう言ったという。
『まあ、嬉しいですわ!わたくし、お友達が増えるのは大歓迎です!』
「お嬢様は、わたくしを『侍女』ではなく、『新しいお友達』として、受け入れてくださいました。その瞬間、わたくしは、この生涯を、このお方に捧げようと誓ったのでございます」
イゾルテは、語り終えると、愛情に満ちた、慈しむような瞳で、アテルイを見つめた。
アテルイは、そんなイゾルテの視線に気づくと、にっこりと微笑み返す。
「イゾルテは、わたくしの一番のお友達ですものね」
その二人の間にある、絶対的な信頼関係。
クリストフは、もはや、言葉を失っていた。
彼は、自分が、とてつもない女性と、その侍女に出会ってしまったことを、改めて実感するしかなかった。
そして、この二人を敵に回すことだけは、決してしてはならない、と心に誓うのだった。
「……イゾルテ殿」
呼ばれたイゾルテは、完璧な笑みを浮かべたまま、優雅に一礼する。
「はい、王子殿下。なんでございましょうか」
「失礼ながら、伺いたい。貴女は、元はアルフォンス王太子の侍女だったと聞いている。なぜ、彼の下を去り、アークライト様に仕えることを選んだのだ?」
それは、クリストフがずっと気になっていたことだった。
これほどの能力を持つ侍女が、なぜ、主君を変えたのか。
その問いに、同席していたケインズとグレイフォードも、興味深そうに耳を傾ける。
彼らも、イゾルテがアテルイの侍女になった経緯を、詳しくは知らなかったのだ。
イゾルテは、少しだけ遠い目をして、静かに語り始めた。
「わたくしが、アルフォンス殿下にお仕えしていたのは、事実でございます。わたくしの一族は、代々ミラグロ王家に仕える家系でして、その能力を買われ、若くして王太子の侍女に抜擢されました」
彼女の仕事ぶりは、完璧だった。
身の回りの世話から、政務の補佐、護衛まで、全てを一人でこなした。
しかし、彼女は、日を追うごとに、主君であるアルフォンスに失望を深めていった。
「アルフォンス殿下は、申し上げにくいのですが、王位を継ぐ器ではございませんでした。ご自分の感情を優先し、義務を軽んじ、耳に心地よい言葉を語る者だけを重用なさる。そして何より、わたくしが我慢ならなかったのは……」
イゾルテは、そこで一度、言葉を切った。
「アテルイ様という、完璧な婚約者がいらっしゃいながら、ヴィスコンティ子爵の娘と、人目を忍んで逢瀬を重ねていたことでございます。それは、不誠実という言葉では生ぬるい、裏切り行為でございました」
彼女の言葉には、珍しく、静かな怒りが込められていた。
「わたくしは、そんな主君に仕える日々に、飽き飽きしておりました。毎日が、退屈で、愚かで、つまらない。……そんなある日のことでございます」
イゾルテは、その日のことを、今でも鮮明に覚えていた。
王宮の書庫で、アルフォンスが、アテルイに厳しく問い詰められていたのだ。
彼がまた、国の予算を自分の衣装代に使い込んだことに対する、叱責だった。
アルフォンスは、子供のように言い訳を繰り返し、逆ギレしていた。
だが、アテルイは、少しも動じなかった。
彼女は、分厚い帳簿をアルフォンスの前に突きつけ、静かに、しかし凛とした声で言ったのだ。
『殿下。あなた様のお立場は、この国の誰よりも多くの富を享受できるお立場です。しかしそれは、誰よりも重い責任を負うことと、同義ですのよ。あなた様の一着の服が、飢えに苦しむ民を何人救えるか、お考えになったことはおありですか?』
その言葉は、正論であり、真実だった。
権力におもねることなく、ただひたすらに、国の未来と民を想う、清廉な魂からの言葉だった。
物陰からその光景を見ていたイゾルテは、雷に打たれたような衝撃を受けた。
(……なんと、面白いお方だ)
退屈な王宮の中で、ただ一人、彼女は輝いて見えた。
アルフォンスの愚かさも、周りの貴族たちの腐敗も、全てがどうでもよくなった。
この、気高くて、正しくて、そして少しズレている、美しい令嬢の側にいたい。
彼女の人生という物語を、特等席で見ていたい。
「その日のうちに、わたくしはアルフォンス殿下に辞職を願い出て、アテルイ様のお屋敷の門を叩きました。『どうか、わたくしを貴女様の侍女にしてください』と」
アテルイは、突然現れた王太子の侍女に、きょとんとしていた。
そして、一言、こう言ったという。
『まあ、嬉しいですわ!わたくし、お友達が増えるのは大歓迎です!』
「お嬢様は、わたくしを『侍女』ではなく、『新しいお友達』として、受け入れてくださいました。その瞬間、わたくしは、この生涯を、このお方に捧げようと誓ったのでございます」
イゾルテは、語り終えると、愛情に満ちた、慈しむような瞳で、アテルイを見つめた。
アテルイは、そんなイゾルテの視線に気づくと、にっこりと微笑み返す。
「イゾルテは、わたくしの一番のお友達ですものね」
その二人の間にある、絶対的な信頼関係。
クリストフは、もはや、言葉を失っていた。
彼は、自分が、とてつもない女性と、その侍女に出会ってしまったことを、改めて実感するしかなかった。
そして、この二人を敵に回すことだけは、決してしてはならない、と心に誓うのだった。
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