裏切りの騎士は悪役令嬢を溺愛していた

桜井ことり

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翌朝、アテナが目を覚ますと、視界の端に動く影があった。

「……ひゃっ!? ロ、ローレンス!?」

「おはようございます、アテナ様。よく眠れましたか?」

そこには、爽やかな微笑みを浮かべ、盆を持ったローレンスが立っていた。
ここはアテナの寝室であるはずだが、彼は当然のような顔でベッドの傍らに腰を下ろした。

「おはよう、じゃないわよ! ここは私の部屋よ。ノックもしないで入るなんて……」

「失礼しました。三度ほどノックをしたのですが、あまりに可愛らしい寝息が聞こえてきたので、つい鍵を開けてしまいました」

「つい、で開く鍵なんて付けないでちょうだい!」

アテナはシーツを胸元まで引き上げ、顔を赤くして抗議した。
しかし、ローレンスは気にする素振りも見せず、盆に載っていた白磁のカップを差し出す。

「お目覚めのハーブティーです。貴女の体調に合わせて、私が調合しました。まずは一口」

「……ありがとう。でも、こういうのは使用人に任せればいいでしょう?」

「いいえ。貴女の口に入るものを、私以外の者に触れさせたくありません。毒見という名目もありますが……半分は私のエゴです」

ローレンスはアテナがカップを手に取るのを待たず、自ら彼女の唇へと運んだ。
拒む間もなく、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

「……美味しい。でも、自分で飲めるわよ」

「ダメです。貴女はまだ眠たげで、手が滑るかもしれません。万が一、この美しい肌に火傷でも負わせたら、私はその場で腹を切らねばなりませんから」

「大げさすぎるわよ! ……もう、分かったわ。いただくわよ」

アテナは観念して、彼の手から直接茶を啜った。
喉を潤すと、ようやく頭がはっきりとしてくる。

「さて、次は着替えですね。今日はどのドレスになさいますか?」

「え、ちょっと待って。着替えって……まさか貴方が手伝うつもりじゃないでしょうね?」

「もちろんです。ここの使用人には、掃除と洗濯、食材の調達以外は禁じてあります。貴女の身の回りのお世話は、全て私が担当します」

「……貴方、正気なの? 騎士団長が、令嬢の着替えを手伝うなんて聞いたことがないわ!」

「今はもう、騎士団長ではありません。貴女だけの専属従者……いえ、一人の男です」

ローレンスはクローゼットから、淡いブルーのドレスを取り出した。
アテナの瞳の色によく似た、繊細なレースがあしらわれた逸品だ。

「さあ、まずはその寝間着を脱いで」

「絶対に嫌よ! 外に出てちょうだい! 着替えくらい、自分一人でできるわ!」

「……アテナ様。昨日も申し上げましたが、私は貴女のすべてを守りたいのです。服の擦れ一つ、ボタンの留め方一つまで、私が完璧に整えたい。……それとも、私の手が触れるのは嫌ですか?」

ローレンスが、少しだけ悲しげに瞳を伏せた。
その、捨てられた子犬のような表情に、アテナは言葉を詰まらせる。

王都で見せていた「最強の騎士」の威厳はどこへ行ったのか。
彼は今、ただ一途にアテナの許しを請うている。

「……嫌なわけじゃないけれど、恥ずかしいのよ」

「恥らう必要などありません。私は貴女を崇拝しているのですから。……さあ」

結局、アテナはその強引なまでの優しさに押し切られる形となった。
ローレンスの指先が、背中のリボンに触れるたび、肌に熱が走る。

彼は驚くほど手際が良く、それでいて羽に触れるような慎重さで、ドレスを整えていく。
鏡の中に映る自分は、城にいた頃よりもずっと、大切に扱われている女性の顔をしていた。

「……完璧です。世界で一番、美しい」

背後から肩を抱かれ、耳元で熱い吐息と共に囁かれる。
鏡越しに視線が絡まり、アテナは逃げ場を失った。

「……ローレンス。貴方の過保護、いつか私をダメにしてしまいそうだわ」

「ええ、それで構いません。自力では歩けず、私がいなければ何もできない……そんな風に私に依存してくださるなら、それが私の本望です」

アテナは、彼の瞳の中に潜む底知れない独占欲に震えた。
けれど、その震えは、決して不快なものではなかった。
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