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「――お呼びでしょうか、主(あるじ)」
静寂に包まれていた洞窟の中に、突如として数人の黒い影が跪いた。
気配すら感じさせなかったその集団に、アテナは息を呑んだ。
だが、彼らが纏う空気は殺意ではなく、絶対的な服従の色に染まっている。
「報告を。王都の状況はどうなっている」
ローレンスはアテナを自分のマントで包み込むように抱き寄せたまま、冷徹な声で問いかけた。
先ほどまでの甘い熱を帯びた男とは別人の、帝国の皇子としての顔だ。
「はっ。王太子エドワードは、アテナ様の捜索に失敗したことで焦燥を募らせております。公爵家が協力を拒んだため、軍の士気も低下。……また、男爵令嬢リリアが主張していた『聖女の奇跡』が、ただの魔道具による細工であったという噂が広まりつつあります」
「ふふ……、案外早かったわね」
アテナはローレンスの胸の中で、氷のように冷ややかな笑みを浮かべた。
「あの女の化けの皮を剥ぐのは、もっと時間がかかると思っていたけれど。欲をかいて無理な奇跡を連発したのでしょうね」
「アテナ。貴女が密かに流しておいた『偽の魔力供給路』の情報が効いたようですよ。……実に鮮やかな知略だ」
ローレンスはアテナの額に愛おしそうに口づけを落とすと、影たちに命じた。
「例の『証拠』は確保したか?」
「御意に。リリアが毒物を購入した際の帳簿、およびエドワード王子との密会記録。さらには、アテナ様を陥れるために書かれた偽造の手紙……全て揃っております」
「上出来だ。これらを王都の主要な貴族たち、そして神殿にばら撒け。……一気に、あの男の足元を崩す」
「ハッ!」
影たちが再び闇に溶けるように消えていく。
アテナはローレンスの腕の中で、満足げに目を細めた。
「ねえ、ローレンス。これで私の冤罪は晴れる。けれど、それだけでは足りないわ」
「ええ、分かっています。貴女を『悪役令嬢』と蔑み、その尊厳を踏みにじった報いを、骨の髄まで分からせてやりましょう」
ローレンスは傍らに置かれた籠から、どこで用意したのか、温かなクロワッサンと最高級のジャムを取り出した。
「さあ、反撃の前に腹ごしらえです。アテナ、貴女は知略を巡らせるだけでいい。……泥臭い略奪と蹂躙は、私の軍勢に任せてください」
「……貴方、こんな状況でどうしてそんな豪華な食事を持っているのよ」
「帝国の影(シャドウ)をパシリに使ったのは、私くらいでしょうね。貴女に冷めたパンを食べさせるなど、私のプライドが許しませんから」
「……もう、呆れた過保護ね」
アテナは苦笑しながらも、彼が千切って口元に運んでくれるパンを素直に受け入れた。
甘いジャムの味が、これからの苛烈な戦いへの緊張を不思議と和らげてくれる。
「ローレンス。王都へ戻るわ。……私を捨てたことを、あの国全体に後悔させてやるために」
「その意気です、私のアテナ。……さあ、帝国の精鋭たちが国境で待っています。貴女を王座へ導くための、血塗られたレッドカーペットを用意しましょう」
二人は洞窟を後にした。
朝焼けに染まる地平線の向こうには、かつてアテナを追放した王都が、自らの崩壊が始まっていることにも気づかずに佇んでいた。
静寂に包まれていた洞窟の中に、突如として数人の黒い影が跪いた。
気配すら感じさせなかったその集団に、アテナは息を呑んだ。
だが、彼らが纏う空気は殺意ではなく、絶対的な服従の色に染まっている。
「報告を。王都の状況はどうなっている」
ローレンスはアテナを自分のマントで包み込むように抱き寄せたまま、冷徹な声で問いかけた。
先ほどまでの甘い熱を帯びた男とは別人の、帝国の皇子としての顔だ。
「はっ。王太子エドワードは、アテナ様の捜索に失敗したことで焦燥を募らせております。公爵家が協力を拒んだため、軍の士気も低下。……また、男爵令嬢リリアが主張していた『聖女の奇跡』が、ただの魔道具による細工であったという噂が広まりつつあります」
「ふふ……、案外早かったわね」
アテナはローレンスの胸の中で、氷のように冷ややかな笑みを浮かべた。
「あの女の化けの皮を剥ぐのは、もっと時間がかかると思っていたけれど。欲をかいて無理な奇跡を連発したのでしょうね」
「アテナ。貴女が密かに流しておいた『偽の魔力供給路』の情報が効いたようですよ。……実に鮮やかな知略だ」
ローレンスはアテナの額に愛おしそうに口づけを落とすと、影たちに命じた。
「例の『証拠』は確保したか?」
「御意に。リリアが毒物を購入した際の帳簿、およびエドワード王子との密会記録。さらには、アテナ様を陥れるために書かれた偽造の手紙……全て揃っております」
「上出来だ。これらを王都の主要な貴族たち、そして神殿にばら撒け。……一気に、あの男の足元を崩す」
「ハッ!」
影たちが再び闇に溶けるように消えていく。
アテナはローレンスの腕の中で、満足げに目を細めた。
「ねえ、ローレンス。これで私の冤罪は晴れる。けれど、それだけでは足りないわ」
「ええ、分かっています。貴女を『悪役令嬢』と蔑み、その尊厳を踏みにじった報いを、骨の髄まで分からせてやりましょう」
ローレンスは傍らに置かれた籠から、どこで用意したのか、温かなクロワッサンと最高級のジャムを取り出した。
「さあ、反撃の前に腹ごしらえです。アテナ、貴女は知略を巡らせるだけでいい。……泥臭い略奪と蹂躙は、私の軍勢に任せてください」
「……貴方、こんな状況でどうしてそんな豪華な食事を持っているのよ」
「帝国の影(シャドウ)をパシリに使ったのは、私くらいでしょうね。貴女に冷めたパンを食べさせるなど、私のプライドが許しませんから」
「……もう、呆れた過保護ね」
アテナは苦笑しながらも、彼が千切って口元に運んでくれるパンを素直に受け入れた。
甘いジャムの味が、これからの苛烈な戦いへの緊張を不思議と和らげてくれる。
「ローレンス。王都へ戻るわ。……私を捨てたことを、あの国全体に後悔させてやるために」
「その意気です、私のアテナ。……さあ、帝国の精鋭たちが国境で待っています。貴女を王座へ導くための、血塗られたレッドカーペットを用意しましょう」
二人は洞窟を後にした。
朝焼けに染まる地平線の向こうには、かつてアテナを追放した王都が、自らの崩壊が始まっていることにも気づかずに佇んでいた。
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