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「……くすぐったいわ、ローレンス。少し離れてちょうだい」
賑わう王都の雑踏。茶褐色のマントを深く被ったアテナは、耳元で囁くローレンスの熱い吐息に肩を震わせた。
「我慢してください、アテナ。今は『愛し合う旅人の夫婦』という設定ですから。貴女をこうして腰を抱いて密着させていないと、不自然でしょう?」
「旅人の夫婦が、こんなに四六時中、隙間なく寄り添っているものなの?」
「ええ。少なくとも、私の故郷である帝国ではこれが標準です。むしろ、もう少し顔を近づけた方がいいかもしれませんね」
「……嘘をおっしゃい」
アテナは呆れたように溜息をついたが、彼の手から伝わる体温が、冷え込み始めた夕方の空気の中で心地よかった。
かつての公爵令嬢と聖騎士団長が、平民の装いで王都を歩く。
その皮肉な状況に、アテナの口元には自嘲気味な笑みが浮かんだ。
しかし、街の様子は、彼女が追放された時とは一変していた。
「……ねえ、活気がないわね。以前の王都は、もっと明るいエネルギーに満ちていたはずだわ」
「ええ。エドワード王子が強行した増税と、貴女の公爵家が物流を差し止めた影響が色濃く出ています。民衆の目は、もはや王家に信頼を置いていない」
二人が通り過ぎる市場の隅では、男たちが「聖女様の奇跡を見たが、あれはただの光る粉だったらしいぞ」と小声で罵り合っていた。
「リリアの化けの皮が剥がれるのも、時間の問題ね。……でも、彼女がどうなろうと私の知ったことではないわ」
「その通りです。あんな女、貴女の爪の先ほどの価値もありません。……アテナ、今夜の宿はこちらです。潜入工作の拠点として、私の影が用意させました」
ローレンスに導かれたのは、路地裏にある目立たない、けれど清潔な宿屋だった。
部屋に入り、扉に鍵をかけた瞬間、ローレンスはアテナを壁際に追い詰め、マントの上から彼女の細い肩を抱きしめた。
「ロ、ローレンス? もう『夫婦の演技』は必要ないわよ」
「いいえ、必要です。私の精神安定のために。……街中を歩いている間、貴女の美しさに目を奪われていた男たちが五十二人いました。今すぐ戻って、全員の記憶を消し飛ばしたい衝動を抑えるのが、どれほど大変だったか……」
「……相変わらず、数えているのね」
ローレンスはアテナの首筋に顔を埋め、深く、深く彼女の香りを吸い込んだ。
「……アテナ。もうすぐ、全てが終わります。貴女を陥れた者たちが、奈落の底で泣き叫ぶ姿を特等席で見せて差し上げましょう。……その後の貴女の人生は、すべて私が買い取りますが、よろしいですね?」
「……ええ。貴方以外の誰に、この身を任せられるというの」
アテナは彼の背中に手を回し、その強すぎる愛を全身で受け止めた。
窓の外では、王城の尖塔が夕日に赤く染まっている。
それはまるで、これから流される血と、滅びゆく王国の末路を予感させているかのようだった。
「明日は夜会、ですね。……あの男から全てを奪う、最高の舞台です」
「楽しみね、ローレンス。……私を『悪役令嬢』として捨てたことを、彼がどんな顔で後悔するのか」
二人の影が重なり、密室の空気は復讐の予感と、止まらない溺愛の熱で満たされていった。
賑わう王都の雑踏。茶褐色のマントを深く被ったアテナは、耳元で囁くローレンスの熱い吐息に肩を震わせた。
「我慢してください、アテナ。今は『愛し合う旅人の夫婦』という設定ですから。貴女をこうして腰を抱いて密着させていないと、不自然でしょう?」
「旅人の夫婦が、こんなに四六時中、隙間なく寄り添っているものなの?」
「ええ。少なくとも、私の故郷である帝国ではこれが標準です。むしろ、もう少し顔を近づけた方がいいかもしれませんね」
「……嘘をおっしゃい」
アテナは呆れたように溜息をついたが、彼の手から伝わる体温が、冷え込み始めた夕方の空気の中で心地よかった。
かつての公爵令嬢と聖騎士団長が、平民の装いで王都を歩く。
その皮肉な状況に、アテナの口元には自嘲気味な笑みが浮かんだ。
しかし、街の様子は、彼女が追放された時とは一変していた。
「……ねえ、活気がないわね。以前の王都は、もっと明るいエネルギーに満ちていたはずだわ」
「ええ。エドワード王子が強行した増税と、貴女の公爵家が物流を差し止めた影響が色濃く出ています。民衆の目は、もはや王家に信頼を置いていない」
二人が通り過ぎる市場の隅では、男たちが「聖女様の奇跡を見たが、あれはただの光る粉だったらしいぞ」と小声で罵り合っていた。
「リリアの化けの皮が剥がれるのも、時間の問題ね。……でも、彼女がどうなろうと私の知ったことではないわ」
「その通りです。あんな女、貴女の爪の先ほどの価値もありません。……アテナ、今夜の宿はこちらです。潜入工作の拠点として、私の影が用意させました」
ローレンスに導かれたのは、路地裏にある目立たない、けれど清潔な宿屋だった。
部屋に入り、扉に鍵をかけた瞬間、ローレンスはアテナを壁際に追い詰め、マントの上から彼女の細い肩を抱きしめた。
「ロ、ローレンス? もう『夫婦の演技』は必要ないわよ」
「いいえ、必要です。私の精神安定のために。……街中を歩いている間、貴女の美しさに目を奪われていた男たちが五十二人いました。今すぐ戻って、全員の記憶を消し飛ばしたい衝動を抑えるのが、どれほど大変だったか……」
「……相変わらず、数えているのね」
ローレンスはアテナの首筋に顔を埋め、深く、深く彼女の香りを吸い込んだ。
「……アテナ。もうすぐ、全てが終わります。貴女を陥れた者たちが、奈落の底で泣き叫ぶ姿を特等席で見せて差し上げましょう。……その後の貴女の人生は、すべて私が買い取りますが、よろしいですね?」
「……ええ。貴方以外の誰に、この身を任せられるというの」
アテナは彼の背中に手を回し、その強すぎる愛を全身で受け止めた。
窓の外では、王城の尖塔が夕日に赤く染まっている。
それはまるで、これから流される血と、滅びゆく王国の末路を予感させているかのようだった。
「明日は夜会、ですね。……あの男から全てを奪う、最高の舞台です」
「楽しみね、ローレンス。……私を『悪役令嬢』として捨てたことを、彼がどんな顔で後悔するのか」
二人の影が重なり、密室の空気は復讐の予感と、止まらない溺愛の熱で満たされていった。
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