裏切りの騎士は悪役令嬢を溺愛していた

桜井ことり

文字の大きさ
20 / 30

20

しおりを挟む
「……くすぐったいわ、ローレンス。少し離れてちょうだい」

賑わう王都の雑踏。茶褐色のマントを深く被ったアテナは、耳元で囁くローレンスの熱い吐息に肩を震わせた。

「我慢してください、アテナ。今は『愛し合う旅人の夫婦』という設定ですから。貴女をこうして腰を抱いて密着させていないと、不自然でしょう?」

「旅人の夫婦が、こんなに四六時中、隙間なく寄り添っているものなの?」

「ええ。少なくとも、私の故郷である帝国ではこれが標準です。むしろ、もう少し顔を近づけた方がいいかもしれませんね」

「……嘘をおっしゃい」

アテナは呆れたように溜息をついたが、彼の手から伝わる体温が、冷え込み始めた夕方の空気の中で心地よかった。

かつての公爵令嬢と聖騎士団長が、平民の装いで王都を歩く。
その皮肉な状況に、アテナの口元には自嘲気味な笑みが浮かんだ。

しかし、街の様子は、彼女が追放された時とは一変していた。

「……ねえ、活気がないわね。以前の王都は、もっと明るいエネルギーに満ちていたはずだわ」

「ええ。エドワード王子が強行した増税と、貴女の公爵家が物流を差し止めた影響が色濃く出ています。民衆の目は、もはや王家に信頼を置いていない」

二人が通り過ぎる市場の隅では、男たちが「聖女様の奇跡を見たが、あれはただの光る粉だったらしいぞ」と小声で罵り合っていた。

「リリアの化けの皮が剥がれるのも、時間の問題ね。……でも、彼女がどうなろうと私の知ったことではないわ」

「その通りです。あんな女、貴女の爪の先ほどの価値もありません。……アテナ、今夜の宿はこちらです。潜入工作の拠点として、私の影が用意させました」

ローレンスに導かれたのは、路地裏にある目立たない、けれど清潔な宿屋だった。
部屋に入り、扉に鍵をかけた瞬間、ローレンスはアテナを壁際に追い詰め、マントの上から彼女の細い肩を抱きしめた。

「ロ、ローレンス? もう『夫婦の演技』は必要ないわよ」

「いいえ、必要です。私の精神安定のために。……街中を歩いている間、貴女の美しさに目を奪われていた男たちが五十二人いました。今すぐ戻って、全員の記憶を消し飛ばしたい衝動を抑えるのが、どれほど大変だったか……」

「……相変わらず、数えているのね」

ローレンスはアテナの首筋に顔を埋め、深く、深く彼女の香りを吸い込んだ。

「……アテナ。もうすぐ、全てが終わります。貴女を陥れた者たちが、奈落の底で泣き叫ぶ姿を特等席で見せて差し上げましょう。……その後の貴女の人生は、すべて私が買い取りますが、よろしいですね?」

「……ええ。貴方以外の誰に、この身を任せられるというの」

アテナは彼の背中に手を回し、その強すぎる愛を全身で受け止めた。
窓の外では、王城の尖塔が夕日に赤く染まっている。
それはまるで、これから流される血と、滅びゆく王国の末路を予感させているかのようだった。

「明日は夜会、ですね。……あの男から全てを奪う、最高の舞台です」

「楽しみね、ローレンス。……私を『悪役令嬢』として捨てたことを、彼がどんな顔で後悔するのか」

二人の影が重なり、密室の空気は復讐の予感と、止まらない溺愛の熱で満たされていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

妹のために愛の無い結婚をすることになりました

バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」 愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。 婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。 私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。 落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。 思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...