裏切りの騎士は悪役令嬢を溺愛していた

桜井ことり

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「……はなせ! 私はこの国の王太子だぞ! このような無礼が許されると思っているのか!」

王城の地下深く。かつてアテナを閉じ込めようとした冷たい石壁の牢獄に、今はエドワードが転がされていた。

彼の象徴であった金糸の正装は引き裂かれ、泥と汗にまみれている。
その目の前には、修道女の服を着せられ、髪を短く切り落とされたリリアが、魂が抜けたような顔で座り込んでいた。

「無駄ですよ、エドワード様。……外には、公爵家の軍と、帝国の精鋭が詰めかけています。陛下は既に、貴方の廃嫡を決定なさいました」

牢の鉄格子の向こう側。アテナは、ローレンスにエスコートされながら、哀れな元婚約者を見下ろしていた。

「アテナ! アテナ、頼む、助けてくれ! あ、あの女に唆されただけなんだ! お前を愛しているのは本当なんだ!」

エドワードが鉄格子に縋り付き、必死に手を伸ばす。
しかし、その指がアテナに触れる前に、ローレンスの鋭い革靴がエドワードの手の甲を容赦なく踏み抜いた。

「ぎゃあああああっ!」

「……触るなと言ったはずだ。その薄汚い指を、彼女に向けるだけでも不快で吐き気がする」

ローレンスは冷徹な瞳でエドワードを見下ろすと、さらに力を込めて踏み躙った。
骨の軋む嫌な音が響くが、ローレンスの表情には微塵の慈悲もない。

「アテナ、こんな醜悪な叫び声を聞く必要はありません。耳を塞ぎましょうか? それとも、この男の喉を今すぐ潰して差し上げましょうか?」

「いいわ、ローレンス。……自分の過ちの報いを受ける姿を、最後まで見届けてあげるのが、私なりの『慈悲』よ」

アテナは淡々とした口調で告げ、次にリリアへと視線を向けた。

「リリア。貴女が望んだ『王妃』の座はどうかしら。冷たい床と、一生解けることのない呪縛……。お似合いですわね」

「……あ、ああ……。……アテナ様……。……私、私はただ……」

「貴女の言葉など、もう誰も信じない。……貴女が奪った私の平穏は、こうして貴女自身の絶望となって返ってきた。それだけのことよ」

アテナは興味を失ったように背を向けた。
牢の奥からは、エドワードの泣き叫ぶ声と、リリアの虚ろな笑い声が混ざり合い、気味の悪い不協和音を奏でている。

「行きましょう、ローレンス。もう、ここに私の知っている人はいないわ」

「仰せのままに。……さあ、汚れがつかないよう、抱き上げます。こんな呪われた場所、一歩も歩かせるわけにはいきません」

「……もう、牢獄の中よ? 誰も見ていないわ」

「私が見ています。……貴女がこの不潔な地面に触れること自体、私の愛が許さないのです」

ローレンスは有無を言わせぬ手つきでアテナをお姫様抱っこすると、背後の絶望を置き去りにして、光の差し込む地上へと歩き出した。

王太子は廃嫡。男爵令嬢は終身の強制労働を伴う修道院送り。
アテナを「悪役令嬢」と貶めた代償は、彼らの残りの人生すべてを以て支払われることとなった。

「アテナ。これからは、私の愛だけが貴女を縛ります。……今の貴女には、もう自由などという孤独な言葉は必要ない」

「……貴方の愛は、この牢獄よりも重そうね、ローレンス」

「ええ。一生かけて、その重さに慣れていただきますよ」

地上の眩しい日差しが二人を包み込む。
それは、旧き王国の終焉と、二人の新たな覇道の始まりを告げる光だった。
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