病欠で婚約破棄が中止になったら、あれよあれよと溺愛されました

桜井ことり

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「クリストファー殿下が倒れた……?」

 

リディアが邸に戻ると、父アレクサンダーは落ち着いた表情で迎え入れてくれた。だが、その瞳にはいつになく険しさが混じっている。

 

「ええ……王太子殿下は運ばれたきり、まだ人払いがされていて詳しい容態はわからないそうです」

 

「そうか。まったく、どうにも腑に落ちんな」

 

アレクサンダーは腕組みをしながら厳しい顔をしている。まるで何かを確信しているかのようだが、リディアにはその考えを汲み取る余裕がない。

 

「お父様、どういうことなの?」

 

「殿下の性格を知っていれば、あんな一方的な婚約破棄は考えにくい。しかも、式典当日に急に倒れられた。偶然にしては出来すぎている」

 

「お父様もそう思っていらしたのね。私も殿下がそんな身勝手をするとは思えなくて……」

 

心配そうに見つめるリディアの肩を、父は静かに叩く。今は情報が少なすぎる。誰かが背後で糸を引いているのか、それともクリストファー本人の意図なのか――どちらにしても、不透明だ。

 

「しばらくは、殿下の回復を待つしかあるまい。下手に動いて真相を見誤るのも良くない」

 

「……わかりました」

 

リディアは父の言葉に同意しながらも、やはり心のどこかがざわついて仕方ない。一刻も早くクリストファーの本意を確かめたい気持ちが強くなるばかりだ。

 

――その夜。王妃マリアから、リディアに内密の手紙が届いた。

 

「『安心して待つように。クリストファーが回復したら、必ずあなたと話をさせます』……王妃様も、何か疑っているのかしら」

 

王妃は幼い頃からリディアを可愛がってくれた人物だ。親がいない時も積極的に教育を施し、宮廷での振る舞いを教えてくれた。そんな彼女がわざわざリディア宛に手紙を寄越すということは、何か重要な意図があるはずだ。

 

「王妃様……」

 

淡い月光の差し込む部屋で、リディアは王宮を想う。その暗闇の向こうにいるクリストファーは、今どんな状態なのだろうか。熱が下がり、起き上がることができるのだろうか――そう考えると眠気など吹き飛んでしまう。

 

「一体、どうして……」

 

決して小さくない不安を抱えたまま、リディアは窓辺で夜が更けるのをじっと待ち続けるのだった。
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