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「……ねえ、ハンスさん。あそこに立っている鉄板の塊は何かしら?」
私は中庭のガゼボで、優雅にお茶を楽しみながら、茂みの向こうを指差しました。
そこには、重装備の騎士が五人、微動だにせず立っています。
「ああ、あれは閣下が手配した『対・虫除け用』の近衛兵です。カリア様の周囲十メートル以内に近づく不審者を、物理的に排除するための」
「蝶々一匹通さない勢いですわね。あと、あの木の上に逆さ吊りになっている黒装束の方は?」
「あれは我が家の隠密です。閣下が『カリアの死角をなくせ』と仰ったので、あのような無様な格好で待機しております」
「……。……。……お茶が、美味しくありませんわ」
私は溜息をつき、隣に座る「過保護の権化」を睨みつけました。
リュカ様はと言えば、私の太ももを枕にして横になり、幸せそうに目を閉じています。
「カリア、文句を言うな。お前の身に万が一のことがあれば、俺はこの国ごと氷河期にしてしまうからな」
「その極端な思考回路をまずは解凍してくださいな。……あ」
その時、茂みの奥からカサリと不自然な音がしました。
鉄板の塊……近衛兵たちが一斉に剣を抜く音が響きます。
「……出たわね」
現れたのは、隣国の紋章を隠した黒ずくめの男たち。三人。
彼らは抜き身のナイフを手に、私に向かって鋭い声を上げました。
「カリア・ルーン・エメルト! エドワード様の名において、その命、貰い受ける!」
「あら、ご丁寧に自己紹介ありがとうございます。エドワード様、まだそんな予算が残っていましたの?」
私が動じることなくスコーンを口に運ぶと、刺客たちは一瞬、呆気に取られたように足を止めました。
「き、貴様、死が怖くないのか! 隣国の『氷の公爵』にたぶらかされ、祖国を裏切った売女め!」
「売女とは聞き捨てなりませんわね。私は正当な『不倫(冤罪)バカンス』を楽しんでいる最中ですのよ」
私が言い返すと同時に、膝の上のリュカ様が、ゆっくりと目を開けました。
その瞳は、凍てつく冬の湖よりも深く、鋭い殺気を放っています。
「……おい。今、カリアを何と呼んだ?」
「ひっ……! 貴様が、リュカ・ヴァレンシュタイン……!」
「名前を呼ぶな。お前たちの汚い声が空気を震わせるだけで、カリアの耳が汚れる」
リュカ様が指先を軽く振ると、地面から巨大な氷の柱が突き出し、刺客たちの足を一瞬で封じました。
「ぎゃあああ! 足が、足が凍りつく……!」
「ハンス。こいつらの喉を潰して、隣国の王城の門前に並べてこい。……あ、命は取らなくていい。一生、喋れないまま後悔させてやれ」
「承知しました、閣下。……カリア様、失礼。お茶会の邪魔者は、速やかに清掃させていただきます」
ハンスさんがパチンと指を鳴らすと、木の上から隠密たちが降ってきて、刺客たちをゴミ袋のように回収していきました。
あまりの手際の良さに、私は感心を通り越して呆れてしまいました。
「……リュカ様。少しは手加減というものを覚えていただけないかしら。彼ら、ただの使い走りでしたわよ」
「手加減など、お前以外の人間には必要ない。……それより、カリア。怖い思いをさせたな」
リュカ様は起き上がると、私の肩を抱き寄せ、震えてもいない私の手を包み込みました。
「怖くありませんわよ。むしろ、あの方たちのタイツが左右で色が違っていたのが気になって……」
「……お前のそういう図太いところも好きだが、今は俺に守られておけ」
彼は私の額に優しく口づけを落とすと、そのまま耳元で熱く囁きました。
「エドワードには、もっと絶望的な贈り物を届けてやる。……お前を狙った報いは、彼の国の経済を完全に凍結させることで支払ってもらおう」
「……。……。……公爵様。私を愛でるのは結構ですが、国家間の争いに発展させるのはほどほどにしてくださいましね?」
「努力はしよう。……お前が俺に、もう一度『愛している』と言ってくれるならな」
「……。……。……確信犯ですわ、この人!」
私は赤くなる顔を隠すように、冷めた紅茶を一気に飲み干しました。
どうやら私の平穏な毎日は、公爵様の過剰すぎる愛と、隣国からのマヌケな刺客たちによって、これからも騒がしくなりそうです。
私は中庭のガゼボで、優雅にお茶を楽しみながら、茂みの向こうを指差しました。
そこには、重装備の騎士が五人、微動だにせず立っています。
「ああ、あれは閣下が手配した『対・虫除け用』の近衛兵です。カリア様の周囲十メートル以内に近づく不審者を、物理的に排除するための」
「蝶々一匹通さない勢いですわね。あと、あの木の上に逆さ吊りになっている黒装束の方は?」
「あれは我が家の隠密です。閣下が『カリアの死角をなくせ』と仰ったので、あのような無様な格好で待機しております」
「……。……。……お茶が、美味しくありませんわ」
私は溜息をつき、隣に座る「過保護の権化」を睨みつけました。
リュカ様はと言えば、私の太ももを枕にして横になり、幸せそうに目を閉じています。
「カリア、文句を言うな。お前の身に万が一のことがあれば、俺はこの国ごと氷河期にしてしまうからな」
「その極端な思考回路をまずは解凍してくださいな。……あ」
その時、茂みの奥からカサリと不自然な音がしました。
鉄板の塊……近衛兵たちが一斉に剣を抜く音が響きます。
「……出たわね」
現れたのは、隣国の紋章を隠した黒ずくめの男たち。三人。
彼らは抜き身のナイフを手に、私に向かって鋭い声を上げました。
「カリア・ルーン・エメルト! エドワード様の名において、その命、貰い受ける!」
「あら、ご丁寧に自己紹介ありがとうございます。エドワード様、まだそんな予算が残っていましたの?」
私が動じることなくスコーンを口に運ぶと、刺客たちは一瞬、呆気に取られたように足を止めました。
「き、貴様、死が怖くないのか! 隣国の『氷の公爵』にたぶらかされ、祖国を裏切った売女め!」
「売女とは聞き捨てなりませんわね。私は正当な『不倫(冤罪)バカンス』を楽しんでいる最中ですのよ」
私が言い返すと同時に、膝の上のリュカ様が、ゆっくりと目を開けました。
その瞳は、凍てつく冬の湖よりも深く、鋭い殺気を放っています。
「……おい。今、カリアを何と呼んだ?」
「ひっ……! 貴様が、リュカ・ヴァレンシュタイン……!」
「名前を呼ぶな。お前たちの汚い声が空気を震わせるだけで、カリアの耳が汚れる」
リュカ様が指先を軽く振ると、地面から巨大な氷の柱が突き出し、刺客たちの足を一瞬で封じました。
「ぎゃあああ! 足が、足が凍りつく……!」
「ハンス。こいつらの喉を潰して、隣国の王城の門前に並べてこい。……あ、命は取らなくていい。一生、喋れないまま後悔させてやれ」
「承知しました、閣下。……カリア様、失礼。お茶会の邪魔者は、速やかに清掃させていただきます」
ハンスさんがパチンと指を鳴らすと、木の上から隠密たちが降ってきて、刺客たちをゴミ袋のように回収していきました。
あまりの手際の良さに、私は感心を通り越して呆れてしまいました。
「……リュカ様。少しは手加減というものを覚えていただけないかしら。彼ら、ただの使い走りでしたわよ」
「手加減など、お前以外の人間には必要ない。……それより、カリア。怖い思いをさせたな」
リュカ様は起き上がると、私の肩を抱き寄せ、震えてもいない私の手を包み込みました。
「怖くありませんわよ。むしろ、あの方たちのタイツが左右で色が違っていたのが気になって……」
「……お前のそういう図太いところも好きだが、今は俺に守られておけ」
彼は私の額に優しく口づけを落とすと、そのまま耳元で熱く囁きました。
「エドワードには、もっと絶望的な贈り物を届けてやる。……お前を狙った報いは、彼の国の経済を完全に凍結させることで支払ってもらおう」
「……。……。……公爵様。私を愛でるのは結構ですが、国家間の争いに発展させるのはほどほどにしてくださいましね?」
「努力はしよう。……お前が俺に、もう一度『愛している』と言ってくれるならな」
「……。……。……確信犯ですわ、この人!」
私は赤くなる顔を隠すように、冷めた紅茶を一気に飲み干しました。
どうやら私の平穏な毎日は、公爵様の過剰すぎる愛と、隣国からのマヌケな刺客たちによって、これからも騒がしくなりそうです。
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