〘完結〛婚約破棄ですか、ところで浮気相手はどちら様で?

桜井ことり

文字の大きさ
35 / 35

35

しおりを挟む
一年後。シルヴァーナ王国、王宮のテラス。

柔らかな春の日差しが降り注ぐ中、私は新しい妃、リリアンヌとして、穏やかな日々を送っていた。

「リリアンヌ、こちらの書類なんだが、少し意見を聞かせてくれないか?」

隣で書類に目を通していた夫、カイが、難しい顔で私に話しかけてくる。

「まあ、カイ様。それは、治水事業に関する予算案ですわね。拝見いたします」

私は、ごく自然にその書類を受け取り、目を通し始めた。

ヴァイス王国で培った知識と経験は、この国でも大いに役立っていた。私はもう、誰かの言う通りに動く「完璧な淑女」ではない。自分の頭で考え、自分の意見を述べ、愛する夫を、そしてこの国を支える、対等なパートナーだった。

そんな私を、この国の王も、国民も、温かく受け入れてくれた。「聡明で心優しい、隣国からの薔薇姫」などと呼ばれているのは、少し照れくさいけれど。

「なるほど…。この第三項の予算、少し過大に見積もられすぎてはいませんこと? 去年の実績と比較しても、不自然ですわ。担当の侯爵は、確か…」

「ああ、金遣いが荒いことで有名な、あのオヤジか。なるほどな、少し締め上げる必要がありそうだ。助かったよ、リリアンヌ」

カイは、私の頭を優しく撫でた。この何気ない日常が、私にとって、何物にも代えがたい宝物だった。

私たちは、しばらく、他愛もない話をしながら、お茶を楽しんでいた。

ふと、カイが遠くの空を見つめ、どこか楽しげに口笛を吹き始めたのが、私の目に留まった。その横顔は、幸せそのものといった表情だ。

私は、カップをことりとソーサーに置くと、いたずらっぽく微笑んだ。

「カイ様」

「ん、なんだ?」

「最近、なんだか、妙に楽しそうでいらっしゃいますわね」

私は、最高の淑女の笑みを、にっこりと彼に向ける。

「ところで」

カイの動きが、ぴたりと止まった。その顔には、既視感(デジャブ)に襲われたような、引きつった表情が浮かんでいる。

私は、ゆっくりと、一言一句、慈しむように言葉を紡いだ。

「浮気相手は、どちら様ですの?(にっこり)」

その瞬間、カイは椅子から転げ落ちそうになるほど、盛大に吹き出した。

「ぶはっ! おま、お前なあ!」

彼は、涙を流しながら、腹を抱えて笑い転げている。

「するわけないだろう! 天地がひっくり返っても、あり得ないね!」

カイは立ち上がると、私を後ろから優しく抱きしめた。

「俺の愛する人は、昔も、今も、そしてこれからも、世界でただ一人。この、意地悪で、最高に賢くて、たまらなく愛おしい、俺の奥さんだけだよ」

彼の腕の中で、私は、心からの笑い声を上げた。

もう、そこに、仮面をつけた令嬢はいなかった。

愛する人の隣で、心の底から笑う、一人の幸せな女性がいるだけ。

私たちの幸せな笑い声が、シルヴァーナの青く澄み渡った空に、どこまでも響き渡っていった。

**【完】**
しおりを挟む
感想 6

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(6件)

yumi424
2025.06.25 yumi424
ネタバレ含む
解除
ひろ44
2025.06.24 ひろ44

面白かったです。一気読みするには丁度いいサイズかな。
ドレスも宝石も取り上げられ、着の身着のまま国外追放。相手国からしたらこっち来んな、じゃないのかな。国と国との間に荒野か深い森でもあるのでしょうか、、、

おや、と思ったのは女狐へのお沙汰。
男爵の地位は父親のものだと思うのですが、王様のセリフだとセラフィーナ自身が男爵みたいです。

解除
にゃおん
2025.06.23 にゃおん

面白かったです♪

本当に読みやすい文章にリズムの良い展開に読んでいてワクワクしました(*p'∀'q)

ラストシーンの澄み渡った空に響く…その情景が目に浮かびました。すごく素敵なラストでした。

素敵なお話をありがとうございました(,,ᴗ  ̫ᴗ,,)ꕤ*.゚

解除

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜

有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。 「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」 本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。 けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。 おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。 貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。 「ふふ、気づいた時には遅いのよ」 優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。 ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇! 勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。