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「……ロア、そんなに険しい顔をしてどうしたんだい? まるでこれから敵陣に単身で乗り込む女将軍のようだよ」
夜会の会場、大広間の扉の前で、アリステア殿下が私の手を取って苦笑した。
「殿下、冗談を言っている場合ではありません。このヒールの高い靴を見てください。重心が前方に偏り、常にふくらはぎの筋肉が緊張状態にあります。これでは三十分後には乳酸が溜まり、私の歩行機能に重大な支障をきたします」
私は、漆黒のドレスを纏い、いつにも増して鋭い「悪役顔」で足元を睨みつけた。
今日の私は、侍女たちの執念によって、髪の一本、爪の先に至るまで磨き上げられている。
シルバーブロンドの髪は複雑に編み込まれ、宝石を散りばめたその姿は、確かに自分でも「強そう」だと思う。
「大丈夫だよ。疲れたら私の肩を貸すし、なんならそのまま抱えて退場してもいい。……さあ、行こうか。我が国の新しい光を見せてやる時間だ」
扉が開かれた。
煌びやかなシャンデリア、着飾った貴族たち。
私たちが一歩足を踏み入れた瞬間、波が引くように会場が静まり返った。
(……!? この異常な静寂、もしや……!)
私は即座に周囲を見渡した。
「殿下、大変です。会場の皆さんが一斉に動きを止め、言葉を失っています。これはもしや、集団的な心肺停止の予兆、あるいは未知のウイルスによる麻痺状態では……!」
「……違うよ、ロア。皆、君のあまりの美しさに目を奪われて、息をするのを忘れているだけだ」
「息を忘れる!? それは低酸素脳症を招きます! 皆さん、今すぐ大きく息を吸ってください! 吸って、吐いて!」
私は無意識に、一番近くで固まっていた侯爵夫人に向かって、鋭い眼光(本人は心配している)と共に指示を飛ばした。
「ひっ……!? は、はい! スー、ハー! ……あ、あら、なんだかスッキリいたしましたわ……」
「よろしい。……殿下、あちらの令嬢は顔が青白いです。きっとコルセットの締めすぎによる換気障害です。今すぐ緩めるように進言してきます!」
「待て待て、ロア。君は今日、主役なんだ。勝手に人のコルセットを解きに走らないでくれ」
アリステア殿下は、私の腰をガッシリと抱き寄せ、周囲の視線を遮るように私を自分の体に密着させた。
会場からは、あちこちで溜息と囁き声が漏れ出す。
「……あれが、あのアヴィール家の悪役令嬢……?」
「なんて神々しいんだ……。まるで戦場を統べる女神のようだ……」
「殿下のあの独占欲の強そうな顔を見ろよ。噂は本当だったんだな」
私は周囲の称賛(?)を完全にスルーし、殿下の耳元で密かに告げた。
「殿下、先ほどから多くの男性と目が合います。皆さん、瞳孔が開いていますね。これは私の顔が怖すぎて、闘争・逃走反応が引き起こされている証拠です。早急に彼らに精神安定のためのハーブティーを配布すべきでは?」
「……ロア。彼らの瞳孔が開いているのは、恐怖のせいじゃない。君を……私の宝物を、不埒な目で見ているからだ」
殿下の声が、低く、低く響いた。
彼は私の腰に回した手に力を込め、会場を威圧するように黄金の瞳を光らせた。
「おい、テオドール。今、ロアのデコルテを三秒以上見た男の名前をすべて書き留めておけ。明日、全員に過酷な辺境視察の任務を与える」
「……殿下、それはさすがに私物化が過ぎます。それに、辺境視察は足腰が鍛えられるので、彼らにとっては健康増進のチャンスですよ?」
「……君、たまに自分の『優しさ』が最強の武器になる自覚を持ったほうがいいよ」
アリステア殿下は観念したように笑うと、私の手の甲に、会場の全員に見せつけるように深く、長いキスを落とした。
静まり返っていた会場に、今度は割れんばかりの拍手と、独身貴族たちの絶望の呻きが響き渡った。
(……拍手の振動は、血行促進に良いですからね。皆さん、もっと激しく叩いて、手のひらのツボを刺激してください!)
私は満足げに頷き、王太子妃候補としての最初の夜会を「健康的に」攻略し始めたのだった。
夜会の会場、大広間の扉の前で、アリステア殿下が私の手を取って苦笑した。
「殿下、冗談を言っている場合ではありません。このヒールの高い靴を見てください。重心が前方に偏り、常にふくらはぎの筋肉が緊張状態にあります。これでは三十分後には乳酸が溜まり、私の歩行機能に重大な支障をきたします」
私は、漆黒のドレスを纏い、いつにも増して鋭い「悪役顔」で足元を睨みつけた。
今日の私は、侍女たちの執念によって、髪の一本、爪の先に至るまで磨き上げられている。
シルバーブロンドの髪は複雑に編み込まれ、宝石を散りばめたその姿は、確かに自分でも「強そう」だと思う。
「大丈夫だよ。疲れたら私の肩を貸すし、なんならそのまま抱えて退場してもいい。……さあ、行こうか。我が国の新しい光を見せてやる時間だ」
扉が開かれた。
煌びやかなシャンデリア、着飾った貴族たち。
私たちが一歩足を踏み入れた瞬間、波が引くように会場が静まり返った。
(……!? この異常な静寂、もしや……!)
私は即座に周囲を見渡した。
「殿下、大変です。会場の皆さんが一斉に動きを止め、言葉を失っています。これはもしや、集団的な心肺停止の予兆、あるいは未知のウイルスによる麻痺状態では……!」
「……違うよ、ロア。皆、君のあまりの美しさに目を奪われて、息をするのを忘れているだけだ」
「息を忘れる!? それは低酸素脳症を招きます! 皆さん、今すぐ大きく息を吸ってください! 吸って、吐いて!」
私は無意識に、一番近くで固まっていた侯爵夫人に向かって、鋭い眼光(本人は心配している)と共に指示を飛ばした。
「ひっ……!? は、はい! スー、ハー! ……あ、あら、なんだかスッキリいたしましたわ……」
「よろしい。……殿下、あちらの令嬢は顔が青白いです。きっとコルセットの締めすぎによる換気障害です。今すぐ緩めるように進言してきます!」
「待て待て、ロア。君は今日、主役なんだ。勝手に人のコルセットを解きに走らないでくれ」
アリステア殿下は、私の腰をガッシリと抱き寄せ、周囲の視線を遮るように私を自分の体に密着させた。
会場からは、あちこちで溜息と囁き声が漏れ出す。
「……あれが、あのアヴィール家の悪役令嬢……?」
「なんて神々しいんだ……。まるで戦場を統べる女神のようだ……」
「殿下のあの独占欲の強そうな顔を見ろよ。噂は本当だったんだな」
私は周囲の称賛(?)を完全にスルーし、殿下の耳元で密かに告げた。
「殿下、先ほどから多くの男性と目が合います。皆さん、瞳孔が開いていますね。これは私の顔が怖すぎて、闘争・逃走反応が引き起こされている証拠です。早急に彼らに精神安定のためのハーブティーを配布すべきでは?」
「……ロア。彼らの瞳孔が開いているのは、恐怖のせいじゃない。君を……私の宝物を、不埒な目で見ているからだ」
殿下の声が、低く、低く響いた。
彼は私の腰に回した手に力を込め、会場を威圧するように黄金の瞳を光らせた。
「おい、テオドール。今、ロアのデコルテを三秒以上見た男の名前をすべて書き留めておけ。明日、全員に過酷な辺境視察の任務を与える」
「……殿下、それはさすがに私物化が過ぎます。それに、辺境視察は足腰が鍛えられるので、彼らにとっては健康増進のチャンスですよ?」
「……君、たまに自分の『優しさ』が最強の武器になる自覚を持ったほうがいいよ」
アリステア殿下は観念したように笑うと、私の手の甲に、会場の全員に見せつけるように深く、長いキスを落とした。
静まり返っていた会場に、今度は割れんばかりの拍手と、独身貴族たちの絶望の呻きが響き渡った。
(……拍手の振動は、血行促進に良いですからね。皆さん、もっと激しく叩いて、手のひらのツボを刺激してください!)
私は満足げに頷き、王太子妃候補としての最初の夜会を「健康的に」攻略し始めたのだった。
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