27 / 30
27
しおりを挟む
明日に結婚式を控え、王宮全体がお祭り騒ぎの熱気に包まれている。
そんな喧騒を離れ、私はアリステア殿下と共に、静かな月の光が差し込むバルコニーにいた。
「……ロア。明日になれば、君は名実ともに私の妻だ」
殿下の声は、夜風に溶けるほど優しく、けれど重厚な決意に満ちていた。
「そうですね、殿下。……私も、自分の戸籍が『クリスティア』に書き換わる際の筆跡を、末梢神経が乱れないよう何度も練習いたしました。準備は万全です」
「……君は本当に、こういう時まで実務的だな」
殿下は苦笑しながら、私の背後からそっと手を回した。
私の背中に、殿下の心地よい体温と、わずかに速い心拍が伝わってくる。
「……怖かったんだ」
「えっ? 何がですか? 明日の式で、私が緊張のあまり『悪役顔』を全開にして、司祭様を失神させてしまうことですか?」
「違う。……君がいなくなる世界を、想像することだ」
殿下は私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「あの日、卒業パーティーで君が断罪されていた時……。もし私が間に合わなかったら。もし君が、その優しすぎる魂のまま、どこか遠くへ消えてしまっていたら。……私の人生は、ただの『王座を守るための空虚な時間』で終わっていただろう」
「……殿下」
「君が私を健康にしてくれたのは、体だけじゃない。……君の突拍子もない健康指導や、あの鋭い眼差しが、私の凍りついた心をどれだけ温めてくれたか。……ロア。君がいない世界なんて、私には一秒だって耐えられない」
殿下の腕に、ぎゅっと力がこもる。
それは、愛という名の「強固な拘束」のようだった。
「……殿下。そんなに強く抱きしめると、私の胸郭が圧迫されて肺胞の広がりが制限されます。……ですが」
私は、自分の手を殿下の手の上に重ねた。
「……私も、殿下がいない世界は、非常に不衛生で不健康だと感じます。殿下のいない食事は味気なく、殿下のいない夜は手足が冷えます。……つまり、殿下は私の生命維持に不可欠な『基礎代謝』のような存在なのです」
「……ふふ。基礎代謝、か。君らしい、最高の愛の告白だよ」
殿下は私を正面から向き合わせると、月の光を反射して黄金に輝く瞳で、私を真っ直ぐに見つめた。
「愛しているよ、ロア。明日からも、その先も。君の骨の髄まで、私の愛で満たし続けてあげる」
「……骨髄の健康まで守っていただけるなら、私は一生、殿下の専属医師(兼・王太子妃)として側に居続けますわ」
静かな夜に、二人の誓いが溶けていく。
前夜祭の夜、私たちは翌朝の「最高に健康な目覚め」を約束し、深く、甘い眠りへとつくのだった。
そんな喧騒を離れ、私はアリステア殿下と共に、静かな月の光が差し込むバルコニーにいた。
「……ロア。明日になれば、君は名実ともに私の妻だ」
殿下の声は、夜風に溶けるほど優しく、けれど重厚な決意に満ちていた。
「そうですね、殿下。……私も、自分の戸籍が『クリスティア』に書き換わる際の筆跡を、末梢神経が乱れないよう何度も練習いたしました。準備は万全です」
「……君は本当に、こういう時まで実務的だな」
殿下は苦笑しながら、私の背後からそっと手を回した。
私の背中に、殿下の心地よい体温と、わずかに速い心拍が伝わってくる。
「……怖かったんだ」
「えっ? 何がですか? 明日の式で、私が緊張のあまり『悪役顔』を全開にして、司祭様を失神させてしまうことですか?」
「違う。……君がいなくなる世界を、想像することだ」
殿下は私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「あの日、卒業パーティーで君が断罪されていた時……。もし私が間に合わなかったら。もし君が、その優しすぎる魂のまま、どこか遠くへ消えてしまっていたら。……私の人生は、ただの『王座を守るための空虚な時間』で終わっていただろう」
「……殿下」
「君が私を健康にしてくれたのは、体だけじゃない。……君の突拍子もない健康指導や、あの鋭い眼差しが、私の凍りついた心をどれだけ温めてくれたか。……ロア。君がいない世界なんて、私には一秒だって耐えられない」
殿下の腕に、ぎゅっと力がこもる。
それは、愛という名の「強固な拘束」のようだった。
「……殿下。そんなに強く抱きしめると、私の胸郭が圧迫されて肺胞の広がりが制限されます。……ですが」
私は、自分の手を殿下の手の上に重ねた。
「……私も、殿下がいない世界は、非常に不衛生で不健康だと感じます。殿下のいない食事は味気なく、殿下のいない夜は手足が冷えます。……つまり、殿下は私の生命維持に不可欠な『基礎代謝』のような存在なのです」
「……ふふ。基礎代謝、か。君らしい、最高の愛の告白だよ」
殿下は私を正面から向き合わせると、月の光を反射して黄金に輝く瞳で、私を真っ直ぐに見つめた。
「愛しているよ、ロア。明日からも、その先も。君の骨の髄まで、私の愛で満たし続けてあげる」
「……骨髄の健康まで守っていただけるなら、私は一生、殿下の専属医師(兼・王太子妃)として側に居続けますわ」
静かな夜に、二人の誓いが溶けていく。
前夜祭の夜、私たちは翌朝の「最高に健康な目覚め」を約束し、深く、甘い眠りへとつくのだった。
40
あなたにおすすめの小説
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!
翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。
侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。
そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。
私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。
この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。
それでは次の結婚は望めない。
その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……
くわっと
恋愛
21.05.23完結
ーー
「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」
差し伸べられた手をするりとかわす。
これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。
決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。
彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。
だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。
地位も名誉も権力も。
武力も知力も財力も。
全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。
月並みに好きな自分が、ただただみっともない。
けれど、それでも。
一緒にいられるならば。
婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。
それだけで良かった。
少なくとも、その時は。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる