『私が断罪されているので外野は黙ってもらっていいですか?』

桜井ことり

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旧国、ラ・メール王国の王宮。

かつて優雅な音楽が流れていた執務室には今、書類を叩きつける音と怒号が響いていた。

「……まただ! また隣国からの輸入が差し止められただと!?」

アルフォンスは、机の上に広げられた通告書を握り潰した。

「はい、殿下……。エルザ様がいらっしゃった頃は、彼女が個人的に隣国の物流ギルドと契約を結んでいたのですが……」

冷や汗を流す事務官が、震える声で答える。

「彼女が去ったことで、契約はすべて無効となりました。ギルド側は『信頼関係が損なわれた』と一点張りで、交渉の余地すらありません」

「ふざけるな! 私は王太子だぞ! 公爵令嬢一人いなくなっただけで、国が回らなくなるなど……!」

そこへ、ふわふわとしたフリルを揺らしてミリアが入ってきた。

「アルフォンス様ぁ、そんなに怒らないでください。お顔が怖いですわ」

ミリアはいつものように甘えた声を出し、王子の腕に縋り付こうとする。

しかし、今日のアルフォンスにその余裕はなかった。

「……ミリア。君も少しは手伝ったらどうだ? エルザは、今の君の歳にはもう、これくらいの書類は一人で片付けていたぞ」

ミリアの動きが、ぴたりと止まった。

「えぇ……? でも、私、お勉強は苦手だって言いましたよね? それに、そんな可愛くないことより、今夜の晩餐会のドレスを選ばなきゃ……」

「晩餐会!? 今それどころではないと言っているだろう!」

アルフォンスの怒鳴り声に、ミリアはびくりと肩を揺らし、目に涙を溜めた。

「ひどい……。そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか。……エルザ様は、もっと優しく教えてくれなかったんですか?」

「あいつは……、あいつは何も言わずに勝手にやっていたんだ! だから私は、こんなに面倒なことだとは知らなかったんだ!」

アルフォンスは頭を抱え、椅子に崩れ落ちた。

一方、王宮の廊下では、貴族たちの囁き声が以前とは違う色を帯び始めていた。

「聞いたか? 昨日の夜会、お出しされたワインが去年のものだったらしいぞ」

「エルザ様がいらした頃は、最高のヴィンテージが揃っていましたのに」

「ミリア様も、お茶会での作法が全くなっていないわ。男爵令嬢とはいえ、あそこまで無知だとは思いませんでしたわね」

つい先日までエルザを「悪徳」と呼び、ミリアを「可哀想なヒロイン」として扱っていた「外野」の連中である。

彼らにとって、エルザがいなくなったことで自分たちの生活水準が下がることは、許しがたい不備だった。

「だいたい、あの断罪劇だって、今思えば不自然でしたわ。エルザ様が毒なんて、そんな非効率な真似をするかしら?」

「王子も、少し冷静さを欠いていたのではないかしら……。このままでは、国が傾いてしまうわ」

手のひらを返したような批判。

それは、かつてエルザが浴びせられたものより、ある意味で残酷な「事実」に基づいた評価だった。

「……誰か! 誰かいないのか! 今すぐクロムウェル公爵を呼べ!」

執務室からアルフォンスの悲鳴に近い呼び出しが響く。

しかし、公爵はすでに病気を理由に領地に引きこもり、王家との接触を完全に断っていた。

砂上の楼閣は、土台であるエルザを失い、音を立てて崩れ始めていた。
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