『私が断罪されているので外野は黙ってもらっていいですか?』

桜井ことり

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ラ・メール王国の王太子執務室。

そこには、数日間不眠不休で書類と格闘し、形相の変わったアルフォンスがいた。

「……計算が合わん。なぜだ、なぜ昨日の在庫と今日の報告がこれほど食い違う!」

アルフォンスが叫び、インク瓶をなぎ倒した。

かつてエルザが数分で片付けていた物流の最適化。それを、基礎知識すら怪しい彼が再現できるはずもなかった。

「アルフォンス様、そんなに根を詰めては体に毒ですわ」

扉をそっと開けて入ってきたのは、可愛らしい刺繍入りのティーカップを手にしたミリアだった。

「ミリアか……。すまない、今は手が離せないんだ」

「まあ、ひどい。私の淹れたお茶も飲んでくださらないのですか?」

ミリアは潤んだ瞳で彼を見つめ、机の端にカップを置いた。

その中には、先程彼女が自室で密かに注ぎ込んだ「薬」が混ざっている。

「……。ああ、分かった。少し休もう」

アルフォンスは、喉の渇きを癒やすように、差し出されたお茶を一気に飲み干した。

「……。変な味だな。少し、苦いというか、焦げたような……」

「そんなことありませんわ。愛をたっぷり込めたのですもの」

ミリアが不気味なほど艶やかな笑みを浮かべた、その数秒後だった。

アルフォンスの瞳から、それまでの焦燥と理性がふっと消え去った。

「……ああ、ミリア。……ミリア、私の愛しい人」

「ええ、殿下。私が世界で一番大切でしょう?」

「そうだ……。国なんてどうでもいい。書類も、民も、公爵家も。……君さえいれば、私はそれでいいんだ」

アルフォンスは立ち上がり、ミリアを力任せに抱き寄せた。

その様子を、入室しようとしていた事務官が目撃し、あまりの異常さに震え上がった。

「で、殿下! 失礼いたします! 王都の食糧暴動が深刻で、至急騎士団の派遣を……!」

「――うるさいぞ、外野が」

アルフォンスは、ミリアを抱いたまま、事務官を冷酷に睨みつけた。

「今、私はミリアと愛を語らっているのだ。……些末なことで私を煩わせるな」

「さ、些末……!? 民が飢えているのですぞ!」

「知ったことか! 出ていけ! 二度と私の前に姿を現すな!」

狂気に満ちた叫びに、事務官は絶望の表情で退散した。

王太子の豹変と、ミリアへの異常な執着。それは瞬く間に王宮全体へ伝播していった。

数日後、その報せは隣国のエルザのもとへも届けられた。

「……ふふっ。愛の妙薬、ですか。本当に使ってしまったのですね」

特区の自室で、エルザは報告書を片手に、可笑しそうに肩を揺らした。

「お嬢様、ご存知だったのですか?」

アンが不思議そうに首を傾げる。

「ええ。ミリア様が闇商人に接触したという情報は、私が国を出る前から掴んでいましたもの。……止める理由もありませんでしたし」

「……まさか、その薬も?」

「毒ではありませんわ。ただ、脳の特定部位を激しく興奮させ、依存性を高めるだけの代物。……元々理性の乏しいあの方に使えば、どうなるかは自明の理です」

エルザは冷めた紅茶を一口飲み、窓の外を見つめた。

「これで、ラ・メール王国は内側から腐り落ちます。……さて、シオン殿下。そろそろ『収穫』の準備を始めてもよろしいかしら?」

扉のそばで控えていたシオンが、不敵な笑みを浮かべて頷いた。

「ああ。……あちらの国が勝手に崩れてくれるおかげで、こちらの併合計画もスムーズに進みそうだよ」

エルザの仕掛けた「罠」は、彼女の手を汚すことなく、着実に敵を破滅へと追いやっていた。
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