〘完結〛婚約破棄されて私が幸せの悪役令嬢でごめんなさい

桜井ことり

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プルメリア子爵邸の朝は、重苦しい沈黙に包まれていた。
いや、包まれているはずだった。

「お嬢様、朝食をお持ちいたしました……。何か、食べたいものはございますか……?」

侍女のサラは、まるで罪人に最後の食事を運ぶかのように、おずおずとリンユウの部屋を訪れた。
昨夜のパーティーでの出来事は、瞬く間に屋敷中に広まっている。
皆、最愛のお嬢様がどれほど傷つき、心を痛めているだろうかと、心配でたまらなかったのだ。

「ありがとう、サラ。お腹が空いていたの。全部いただくわ」

しかし、ベッドから現れたリンユウの顔は、侍女たちが想像していたようなものではなかった。
やつれてもいなければ、泣き腫らしてもいない。
むしろ、いつにも増してすっきりとした、晴れやかな表情だった。

「お、お嬢様……?」

「なあに?」

こてん、と首を傾げるリンユウ。
その様子に毒気を抜かれながらも、サラは尋ねずにはいられなかった。

「ブライアン侯爵様の件……、お体は、大丈夫でございますか?」

「ああ、あのこと。ええ、もちろんよ」

リンユウはにっこりと微笑む。

「むしろ、せいせいしたわ」

「……へ?」

サラは、ぽかんと口を開けた。
今、何と?せいせいした?

「だって、考えてもみて。わたくし、あの男のどこが良くて婚約者などやっていたのかしら。顔だけはよろしいけれど、中身は空っぽ。プライドは高いのに、器は蚤の心臓ほどもおありにならない」

リンユウは、運ばれてきたクロワッサンを手に取り、さくりと小気味よい音を立てる。

「それに、あの女。見るからに計算高そうなのに、アリウス様は『清らかで心優しい』ですって。笑わせるわ。男の方って、どうしてああいう分かりやすい嘘に騙されてしまうのかしらね」

毒舌は健在だった。いや、婚約者という軛(くびき)が外れたせいか、いつもよりキレがあるかもしれない。

「ですから、お嬢様は、悲しくないのですか……?」

「悲しい?どうして?価値のない男と、計算高い女。お似合いではないの。どうぞご勝手に、という感じよ」

もぐもぐとオムレツを頬張りながら、リンユウは続ける。

「ああ、お父様とお母様にはご心配をおかけしたわね。後で謝っておかないと。でも、これでわたくしも自由の身。これからは、もっと自分のやりたいことを探せるわ」

その目は、未来を見つめてキラキラと輝いていた。
そこには、悲劇のヒロインの姿などどこにもない。
ただ、しがらみから解き放たれ、新しい世界に胸を躍らせる、一人の美しい女性がいるだけだった。

「……お嬢様は、お強いですね」

サラは、心からの安堵と尊敬を込めて呟いた。

「そうかしら?わたくしはただ、自分の価値を他人に決めさせないと、そう決めているだけよ」

リンユウは優雅に紅茶を一口飲むと、窓の外に広がる青空を見上げた。
絶望の淵にいるはずの悪役令嬢は、誰よりも晴れやかな朝を迎えていた。
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