4 / 40
4
しおりを挟む
リンユウが婚約破棄されたというニュースは、翼が生えたかのように社交界を駆け巡った。
普通ならば、これは醜聞だ。
婚約を破棄された令嬢は「傷物」と見なされ、今後の縁談に大きく響くのが常識だった。
「どういうことだ、これは!」
プルメリア子爵、リンユウの父であるアランは、執事から渡されたリストを見て眉をひそめた。
それは、今朝からプルメリア子爵家に届けられた、面会の申し込みリストだった。
「はい。皆様、お嬢様への縁談のお話をと……」
執事も困惑したように答える。
リストには、名の知れた伯爵家や、裕福な男爵家、さらには騎士団で名を馳せる騎士の名前までずらりと並んでいた。
「馬鹿な!娘は昨日、公衆の面前で婚約を破棄されたのだぞ!なぜ、求婚が殺到する!?」
アランの怒りは、もっともだった。
しかし、世間の見方は少し違ったのだ。
「旦那様、恐らくですが……」
口を挟んだのは、リンユウの母、イザベラだった。
彼女は夫とは対照的に、冷静に状況を分析していた。
「リンユウは、ブライアン侯爵家という大きな『囲い』から解き放たれたのですわ」
「囲い、だと?」
「ええ。今まで、あれほどの美貌と才覚を持つリンユウに言い寄る男性がいなかったのは、ひとえにアリウス様との婚約があったから。誰も、侯爵家に喧嘩を売るような真似はできませんでした」
イザベラは紅茶を一口含む。
「ですが、その婚約がなくなった。つまり、あのリンユウ・プルメリアが、今やフリーになったということですわ。しかも、破棄の理由はアリウス様の心変わり。リンユウ自身に瑕疵があったわけではない、と見る方も多いのでしょう」
「む……」
「絶世の美女で、我がプルメリア家のしっかりとした財産も受け継ぐ。こんなに素晴らしい条件の令嬢が、突然市場に現れたのです。目の肥えた殿方が、この好機を逃すはずがありませんわ」
その理路整然とした説明に、アランはぐうの音も出なかった。
確かに、自分の娘ながら、リンユウの価値は計り知れない。
アリウス・ブライアンという男は、とんでもない至宝を手放したのだ。
「ふん……。見る目がある者たちもいた、ということか」
アランは、少しだけ機嫌を直してリストを眺める。
「して、当のリンユウはどうしている?」
「それが……」
執事が言いよどんだ、その時だった。
「お父様、お母様。昨夜はご心配をおかけいたしました」
噂のリンユウが、優雅な足取りで部屋に入ってきた。
その顔色は良く、声にも張りがある。
「おお、リンユウか。体は良いのか?」
「ええ、万全ですわ。それより、朝からお客様が多いようですけれど?」
リンユウは、父の手にあるリストをちらりと見る。
「ああ、これか。どうやら、君に求婚したいという物好きが、大勢いるらしい」
「まあ、光栄ですこと」
リンユウは、くすりと笑う。
「ですが、しばらくは結婚など考えたくありませんわ。今は、やりたいことがたくさんございますの」
その言葉に、アランとイザベラは顔を見合わせる。
自分たちの娘が、婚約破棄という逆境を、いとも簡単に乗り越え、新しい道を歩み始めようとしている。
その姿が、何よりも誇らしかった。
「好きにしなさい。お前の人生だ」
父の言葉に、リンユウは満面の笑みで頷いた。
プルメリア子爵家には、もう悲しみの影はどこにもなかった。
普通ならば、これは醜聞だ。
婚約を破棄された令嬢は「傷物」と見なされ、今後の縁談に大きく響くのが常識だった。
「どういうことだ、これは!」
プルメリア子爵、リンユウの父であるアランは、執事から渡されたリストを見て眉をひそめた。
それは、今朝からプルメリア子爵家に届けられた、面会の申し込みリストだった。
「はい。皆様、お嬢様への縁談のお話をと……」
執事も困惑したように答える。
リストには、名の知れた伯爵家や、裕福な男爵家、さらには騎士団で名を馳せる騎士の名前までずらりと並んでいた。
「馬鹿な!娘は昨日、公衆の面前で婚約を破棄されたのだぞ!なぜ、求婚が殺到する!?」
アランの怒りは、もっともだった。
しかし、世間の見方は少し違ったのだ。
「旦那様、恐らくですが……」
口を挟んだのは、リンユウの母、イザベラだった。
彼女は夫とは対照的に、冷静に状況を分析していた。
「リンユウは、ブライアン侯爵家という大きな『囲い』から解き放たれたのですわ」
「囲い、だと?」
「ええ。今まで、あれほどの美貌と才覚を持つリンユウに言い寄る男性がいなかったのは、ひとえにアリウス様との婚約があったから。誰も、侯爵家に喧嘩を売るような真似はできませんでした」
イザベラは紅茶を一口含む。
「ですが、その婚約がなくなった。つまり、あのリンユウ・プルメリアが、今やフリーになったということですわ。しかも、破棄の理由はアリウス様の心変わり。リンユウ自身に瑕疵があったわけではない、と見る方も多いのでしょう」
「む……」
「絶世の美女で、我がプルメリア家のしっかりとした財産も受け継ぐ。こんなに素晴らしい条件の令嬢が、突然市場に現れたのです。目の肥えた殿方が、この好機を逃すはずがありませんわ」
その理路整然とした説明に、アランはぐうの音も出なかった。
確かに、自分の娘ながら、リンユウの価値は計り知れない。
アリウス・ブライアンという男は、とんでもない至宝を手放したのだ。
「ふん……。見る目がある者たちもいた、ということか」
アランは、少しだけ機嫌を直してリストを眺める。
「して、当のリンユウはどうしている?」
「それが……」
執事が言いよどんだ、その時だった。
「お父様、お母様。昨夜はご心配をおかけいたしました」
噂のリンユウが、優雅な足取りで部屋に入ってきた。
その顔色は良く、声にも張りがある。
「おお、リンユウか。体は良いのか?」
「ええ、万全ですわ。それより、朝からお客様が多いようですけれど?」
リンユウは、父の手にあるリストをちらりと見る。
「ああ、これか。どうやら、君に求婚したいという物好きが、大勢いるらしい」
「まあ、光栄ですこと」
リンユウは、くすりと笑う。
「ですが、しばらくは結婚など考えたくありませんわ。今は、やりたいことがたくさんございますの」
その言葉に、アランとイザベラは顔を見合わせる。
自分たちの娘が、婚約破棄という逆境を、いとも簡単に乗り越え、新しい道を歩み始めようとしている。
その姿が、何よりも誇らしかった。
「好きにしなさい。お前の人生だ」
父の言葉に、リンユウは満面の笑みで頷いた。
プルメリア子爵家には、もう悲しみの影はどこにもなかった。
476
あなたにおすすめの小説
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる