〘完結〛婚約破棄されて私が幸せの悪役令嬢でごめんなさい

桜井ことり

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リンユウが婚約破棄されたというニュースは、翼が生えたかのように社交界を駆け巡った。
普通ならば、これは醜聞だ。
婚約を破棄された令嬢は「傷物」と見なされ、今後の縁談に大きく響くのが常識だった。

「どういうことだ、これは!」

プルメリア子爵、リンユウの父であるアランは、執事から渡されたリストを見て眉をひそめた。
それは、今朝からプルメリア子爵家に届けられた、面会の申し込みリストだった。

「はい。皆様、お嬢様への縁談のお話をと……」

執事も困惑したように答える。
リストには、名の知れた伯爵家や、裕福な男爵家、さらには騎士団で名を馳せる騎士の名前までずらりと並んでいた。

「馬鹿な!娘は昨日、公衆の面前で婚約を破棄されたのだぞ!なぜ、求婚が殺到する!?」

アランの怒りは、もっともだった。
しかし、世間の見方は少し違ったのだ。

「旦那様、恐らくですが……」

口を挟んだのは、リンユウの母、イザベラだった。
彼女は夫とは対照的に、冷静に状況を分析していた。

「リンユウは、ブライアン侯爵家という大きな『囲い』から解き放たれたのですわ」

「囲い、だと?」

「ええ。今まで、あれほどの美貌と才覚を持つリンユウに言い寄る男性がいなかったのは、ひとえにアリウス様との婚約があったから。誰も、侯爵家に喧嘩を売るような真似はできませんでした」

イザベラは紅茶を一口含む。

「ですが、その婚約がなくなった。つまり、あのリンユウ・プルメリアが、今やフリーになったということですわ。しかも、破棄の理由はアリウス様の心変わり。リンユウ自身に瑕疵があったわけではない、と見る方も多いのでしょう」

「む……」

「絶世の美女で、我がプルメリア家のしっかりとした財産も受け継ぐ。こんなに素晴らしい条件の令嬢が、突然市場に現れたのです。目の肥えた殿方が、この好機を逃すはずがありませんわ」

その理路整然とした説明に、アランはぐうの音も出なかった。
確かに、自分の娘ながら、リンユウの価値は計り知れない。
アリウス・ブライアンという男は、とんでもない至宝を手放したのだ。

「ふん……。見る目がある者たちもいた、ということか」

アランは、少しだけ機嫌を直してリストを眺める。

「して、当のリンユウはどうしている?」

「それが……」

執事が言いよどんだ、その時だった。

「お父様、お母様。昨夜はご心配をおかけいたしました」

噂のリンユウが、優雅な足取りで部屋に入ってきた。
その顔色は良く、声にも張りがある。

「おお、リンユウか。体は良いのか?」

「ええ、万全ですわ。それより、朝からお客様が多いようですけれど?」

リンユウは、父の手にあるリストをちらりと見る。

「ああ、これか。どうやら、君に求婚したいという物好きが、大勢いるらしい」

「まあ、光栄ですこと」

リンユウは、くすりと笑う。

「ですが、しばらくは結婚など考えたくありませんわ。今は、やりたいことがたくさんございますの」

その言葉に、アランとイザベラは顔を見合わせる。
自分たちの娘が、婚約破棄という逆境を、いとも簡単に乗り越え、新しい道を歩み始めようとしている。
その姿が、何よりも誇らしかった。

「好きにしなさい。お前の人生だ」

父の言葉に、リンユウは満面の笑みで頷いた。
プルメリア子爵家には、もう悲しみの影はどこにもなかった。
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