〘完結〛婚約破棄されて私が幸せの悪役令嬢でごめんなさい

桜井ことり

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カイル・フォン・エルミロード大公との出会いは、リンユウを取り巻く状況に、さらなる拍車をかけた。
あの近寄りがたいと噂のカイル大公が、リンユウ・プルメリアとバルコニーで親しげに語らっていた。
そのニュースは、これまでのどんな噂よりも早く、そして衝撃的に貴族社会を駆け巡った。

「お嬢様!大変でございます!」

翌日の午後、侍女のサラが血相を変えてリンユウの部屋に飛び込んできた。
その手には、分厚い手紙の束が抱えられている。

「どうしたの、サラ。そんなに慌てて」

「ど、どうしたの、ではございません!これ!全て、お嬢様への求婚のお手紙にございます!」

どさり、とテーブルの上に置かれた手紙の山。
その一つ一つの封蝋には、見覚えのある名家の紋章が刻まれている。

「まあ、昨日の夜会は随分と効果があったようですわね」

リンユウは、おかしそうに言って、手紙の山の一番上を手に取った。

「『麗しのリンユウ様へ。あなたの美しさは夜空の星々をも凌駕する』……まあ、陳腐な口説き文句」

ぱらぱらと手紙をめくりながら、リンユウはため息をつく。

「昨日の今日で、これだけ来るとは……。皆様、随分と気が早いのね」

「気が早いも何も!昨日、エルミロード大公様と親しくされていたと、もっぱらの噂でございます!大公様が目をつけた令嬢なら間違いないと、皆さん焦っているのですよ!」

サラは、興奮気味にまくし立てる。

「それに、見てくださいませ!こちら、隣国の侯爵家からでございます!こちらも、我が国屈指の武門として名高い伯爵家……!もう、選びたい放題ではございませんか!」

「選びたい放題、ねえ……」

リンユウは、手紙の差出人たちを眺める。
確かに、家柄も財産も申し分ない相手ばかりだ。
アリウス・ブライアンなど、霞んで見えるほどの良縁が、目の前に転がっている。

「……でも、ときめかないわ」

「え?」

「どの手紙も、わたくしの美しさや、プルメリア家の財産、大公様との関係、そんなことばかり。わたくしが、これから何をしたいのか、どんな人間なのかに興味がある方は、いらっしゃらないのかしら」

リンユウの脳裏に、昨夜のカイルの言葉が蘇る。
『あなたがこれから何をしたいのか、興味がある』
あの静かで、真っ直ぐな瞳。

「お嬢様……?」

「ううん、何でもないわ。とにかく、これらの手紙には、丁重にお断りの返事を書いてちょうだい。わたくしは今、結婚よりも優先したいことがある、と」

「よろしいのですか?こんなに素晴らしい方々を……」

「ええ、いいのよ」

リンユ-はきっぱりと頷いた。

「わたくしの価値は、誰と結婚するかでは決まらない。わたくしが、何を成すかで決まるのよ」

その瞳には、確固たる意志の光が宿っていた。
元婚約者を見返すためでも、世間の評価のためでもない。
自分自身の人生を、自分の足で歩んでいく。
悪役令嬢と呼ばれたリンユウの、本当の逆襲が今、始まろうとしていた。
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