〘完結〛婚約破棄されて私が幸せの悪役令嬢でごめんなさい

桜井ことり

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リンユウへの求婚が殺到しているという噂は、アリウスの心を苛み続けていた。
彼は、自分が選んだエラこそが至高の存在であり、自分は最も賢明な選択をしたのだと信じたかった。
しかし、その信念は、日を追うごとに揺らぎ始めていた。

「アリウス様、このドレス、わたくしに似合うかしら?」

エラは、王都で一番高価なブティックで、純白のシルクドレスを体に当ててみせる。

「ああ、綺麗だ」

アリウスは、口ではそう答えながらも、内心ではため息をついていた。
ここに来るのは、今週で三度目だ。
エラは、婚約者という立場を得てからというもの、毎日のように高価なドレスや宝石をねだるようになった。

「それから、こちらのネックレスも素敵ですわ。このドレスにぴったりだと思いませんこと?」

「……そうだな」

リンユウも、もちろん贅沢を知らないわけではなかった。
しかし、彼女のそれは、プルメリア子爵令嬢としての品格を保つための、計算されたものだった。
一方、エラは違う。
まるで、今まで我慢していた反動のように、見境なく物を欲しがる。
その欲望は、底なし沼のようだった。

「ですが、アリウス様。わたくしたちの婚約指輪は、まだですの?」

上目遣いで尋ねてくるエラに、アリウスはぎくりとした。

「……ああ、今、最高の職人に作らせているところだ」

それは嘘だった。
侯爵家の当主である父に、エラとの婚約をいまだ正式に認められていなかったのだ。
父は、公衆の面前で独断で婚約破棄を行ったアリウスを叱責し、「あの男爵令嬢が本当に侯爵家にふさわしいか、しばらく様子を見る」と宣言していた。

「そうですのね!楽しみですわ!リンユウ様が持っていたものより、ずっと大きくて綺麗な宝石をお願いしますわね!」

無邪気に笑うエラ。
その言葉に、アリウスは眉をひそめた。
また、リンユウの名前。
エラは、事あるごとにリンユウと自分を比較し、リンユウよりも優れていることを確認したがるのだ。

「分かっている」

不機嫌を隠せずに答えると、エラは途端に顔を曇らせた。

「まあ、アリウス様、怖いお顔……。わたくし、何か悪いことを申しましたでしょうか……?」

ぷるぷると唇を震わせ、大きな瞳にみるみる涙が溜まっていく。
また、これだ。
少しでも気に入らないことがあると、すぐに泣いて自分の非を訴える。
最初は、そのか弱さが愛おしいと思っていた。
だが、こうも続くと、次第に面倒に感じられてくる。

「……いや、すまない。少し考え事をしていた」

結局、アリウスは折れるしかない。
エラをなだめすかし、彼女が欲しがったドレスとネックレスを買い与える。
会計の際に提示された金額に眩暈がしたが、ここで渋るわけにはいかなかった。

店を出ると、エラはご機嫌でアリウスの腕に絡みつく。
その笑顔は、確かに可憐だ。
だが、アリウスの心は晴れなかった。
かつて隣を歩いていた、気高く、聡明な元婚約者の姿が、脳裏をよぎる。
リンユウなら、こんな風にただ物をねだったりはしない。もっと、自分の知らない世界の話や、知的な会話で楽しませてくれたはずだ。

(いや、何を考えているんだ)

アリウスは、頭を振って雑念を打ち消す。
自分が選んだのはエラだ。この選択を、間違っていたなどと認めるわけにはいかない。
しかし、一度生じた綻びは、アリウスが気づかないうちに、静かに、そして確実に広がっていった。
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