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捕虜にした私兵の男から、さらに詳しい情報を引き出すうちに、私の表情は、怒りから、冷たい氷のような無表情へと変わっていった。
「とんでもねえ話だな……。あんたの親父、国を売るつもりかよ」
隣で話を聞いていたカイが、青ざめた顔で呟いた。
だが、本当の衝撃は、その後に待っていた。
男は、恐怖に震えながら、父の陰謀の、その次の段階について白状したのだ。
「交易路を完全に断った後……侯爵様は、隣接する、アールクヴィスト辺境伯領に……その『盗賊団発生』の濡れ衣を着せ、領地へ介入するおつもりだと……」
アールクヴィスト。
エデン。
その名を聞いた瞬間、私の心臓は、鷲掴みにされたかのように、きしりと痛んだ。
父の、醜悪な欲望の矛先が、エデンに向けられている。
彼が、聖女と共に、民と共に、ようやく築き上げ始めた、あの穏やかで、希望に満ちた場所が、父の身勝手な策略によって、今、踏み躙られようとしている。
激しい葛藤が、私の中で嵐のように吹き荒れた。
もう関わらないと決めたはずの故郷。
彼の幸せを、遠くから願うだけでいいと、自分に言い聞かせたはずだった。
それなのに。
彼が、危機に瀕している。
その事実が、私の決意を、いとも容易く打ち砕いていく。
『お互い、上手くやれた暁には、またどこかで杯でも交わしましょう』
彼との、最後の約束。
あの約束が、守られるべき未来が、壊されようとしている。
それだけは、絶対に、許すわけにはいかなかった。
私の心の揺らぎを見抜いたのか、カイが、静かに声をかけてきた。
「……どうすんだ、クーシー。このまま依頼主に報告して、大金もらって、それで終わりにするか?それとも……」
カイは、私の目をじっと見つめた。
「あんた、本当は、放っておけねえんだろ。その……エデンとかいう、元婚約者のこと」
カイの、不器用だが、私の心を見透かしたような言葉。
それに、もう、嘘をつくことはできなかった。
私は、迷いを振り払うように、強く、顔を上げた。
その瞳には、もう、ひとかけらの迷いもなかった。
「カイ。私は、故郷へ戻ります」
それは、冒険者『氷刃のクーシー』としてではない。
クーシーという、一人の人間としての、決断だった。
「この陰謀を、止めなければなりません。父の暴走を止めるのは、娘である、私の最後の役目です。そして……」
私は、一度、言葉を切った。
「彼との約束を、守るために」
それは、エデンへの未練や愛情ではない。
かつて、同じ鳥かごの中で、共に未来を誓い合った、「戦友」に対する、私の、最後の誠意であり、責任だった。
私は、商隊の元へ戻ると、依頼主である商人に、襲撃者の正体が「どこかの貴族の私兵である」という、最低限の情報だけを報告した。
そして、成功報酬として提示された金貨の袋を、丁重に、しかし、きっぱりと押し返した。
「ここからは、私の個人的な問題ですので」
商人や、カイの制止も聞かず、私は、彼らに背を向けた。
「行きますよ、カイ」
私の呼びかけに、カイは、一瞬驚いた顔をしたが、やがて、覚悟を決めたように、ニヤリと笑って、私の後を追ってきた。
私の決断が、私の運命を、そして、私が守りたいと願う彼の運命を、再び、大きく動かそうとしていた。
「とんでもねえ話だな……。あんたの親父、国を売るつもりかよ」
隣で話を聞いていたカイが、青ざめた顔で呟いた。
だが、本当の衝撃は、その後に待っていた。
男は、恐怖に震えながら、父の陰謀の、その次の段階について白状したのだ。
「交易路を完全に断った後……侯爵様は、隣接する、アールクヴィスト辺境伯領に……その『盗賊団発生』の濡れ衣を着せ、領地へ介入するおつもりだと……」
アールクヴィスト。
エデン。
その名を聞いた瞬間、私の心臓は、鷲掴みにされたかのように、きしりと痛んだ。
父の、醜悪な欲望の矛先が、エデンに向けられている。
彼が、聖女と共に、民と共に、ようやく築き上げ始めた、あの穏やかで、希望に満ちた場所が、父の身勝手な策略によって、今、踏み躙られようとしている。
激しい葛藤が、私の中で嵐のように吹き荒れた。
もう関わらないと決めたはずの故郷。
彼の幸せを、遠くから願うだけでいいと、自分に言い聞かせたはずだった。
それなのに。
彼が、危機に瀕している。
その事実が、私の決意を、いとも容易く打ち砕いていく。
『お互い、上手くやれた暁には、またどこかで杯でも交わしましょう』
彼との、最後の約束。
あの約束が、守られるべき未来が、壊されようとしている。
それだけは、絶対に、許すわけにはいかなかった。
私の心の揺らぎを見抜いたのか、カイが、静かに声をかけてきた。
「……どうすんだ、クーシー。このまま依頼主に報告して、大金もらって、それで終わりにするか?それとも……」
カイは、私の目をじっと見つめた。
「あんた、本当は、放っておけねえんだろ。その……エデンとかいう、元婚約者のこと」
カイの、不器用だが、私の心を見透かしたような言葉。
それに、もう、嘘をつくことはできなかった。
私は、迷いを振り払うように、強く、顔を上げた。
その瞳には、もう、ひとかけらの迷いもなかった。
「カイ。私は、故郷へ戻ります」
それは、冒険者『氷刃のクーシー』としてではない。
クーシーという、一人の人間としての、決断だった。
「この陰謀を、止めなければなりません。父の暴走を止めるのは、娘である、私の最後の役目です。そして……」
私は、一度、言葉を切った。
「彼との約束を、守るために」
それは、エデンへの未練や愛情ではない。
かつて、同じ鳥かごの中で、共に未来を誓い合った、「戦友」に対する、私の、最後の誠意であり、責任だった。
私は、商隊の元へ戻ると、依頼主である商人に、襲撃者の正体が「どこかの貴族の私兵である」という、最低限の情報だけを報告した。
そして、成功報酬として提示された金貨の袋を、丁重に、しかし、きっぱりと押し返した。
「ここからは、私の個人的な問題ですので」
商人や、カイの制止も聞かず、私は、彼らに背を向けた。
「行きますよ、カイ」
私の呼びかけに、カイは、一瞬驚いた顔をしたが、やがて、覚悟を決めたように、ニヤリと笑って、私の後を追ってきた。
私の決断が、私の運命を、そして、私が守りたいと願う彼の運命を、再び、大きく動かそうとしていた。
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