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15話
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夜が明け、朝日が部屋に差し込んでも、フウカの心は深い闇に沈んだままだった。
泣き腫らした目は重く、体は鉛のようにだるい。
鏡に映った自分の顔は、昨夜、ポチに「星よりも美しい」と褒められた面影など、どこにもなかった。
一夜にして、フウカの世界から、すべての色は失われてしまったかのようだった。
それでも、朝はやってくる。
フウカは、侍女に手伝ってもらいながら、心を無にして身支度を整えた。
虚ろな気持ちのまま、食堂へと向かう。
そこには、既に、父と母が席に着いていた。
「おはよう、フウカ」
父、トウカが、いつもと変わらない穏やかな声で娘に微笑みかけた。
「昨夜は、楽しかったようだな。ポチ殿下も、喜んでおられただろう」
「……はい、お父様」
フウカは、短く答えるのが精一杯だった。
父の顔を、まともに見ることができない。
その優しい笑顔の裏にある、罪悪感と苦悩を知ってしまった今、どういう顔をして向き合えばいいのか、分からなかった。
「フウカ、顔色が悪いぞ。少し、紅茶の銘柄を変えてやろうか。鎮静効果のあるカモミールがいいだろう」
母、フリンダが、娘の様子を気遣う。
その声もまた、いつもと、何も変わらない。
昨夜、一人きりの書斎で、あれほどの痛みを抱えていたことなど、微塵も感じさせない、完璧で、静謐な公爵夫人の姿が、そこにはあった。
(どうして……)
フウカは、胸が張り裂けそうになるのを、必死でこらえた。
(どうして、お二人は、平然としていられるのですか……?)
父は、己の過ちを隠し、優しい父親を演じている。
母は、夫の裏切りに気づきながら、その全てを飲み込み、完璧な妻を演じている。
この、静かで、穏やかな朝食の風景は、全てが、偽りの上に成り立っている、脆い砂上の楼閣なのだ。
もう、耐えられなかった。
こんな悲しい仮面舞踏会を、これ以上、続けるわけにはいかない。
「……申し訳ありません。少し、気分が優れなくて。お先に、失礼いたします」
フウカは、ほとんど食事に手をつけることなく、席を立った。
両親が、心配そうな声をかけてくるのを背中で聞きながら、逃げるようにして、自室へと戻った。
部屋に戻り、扉を閉めた瞬間、フウカの足は崩れ落ちた。
床にへたり込み、膝を抱える。
どうすればいい?
わたくしに、何ができる?
母の、あの、あまりにも寂しい背中が、脳裏に焼き付いて離れない。
父の、あの、救いを求めるような、憂いを帯びた瞳も。
二人を、愛している。
心から、幸せになってほしいと願っている。
けれど、今の自分は、あまりにも無力だった。
その、絶望的な無力感の中で、ふと、一つの声が、フウカの心に蘇った。
『何かあれば、いつでも私を呼ぶんだ』
ポチ様の、声。
わたくしの、盾になる、と。そう、誓ってくれた人の声。
フウカは、まるで溺れる者が藁を掴むかのように、その声に、その存在に、思いを馳せた。
震える手で、便箋とペンを取る。
何を書けばいいのか、分からない。
けれど、ただ、彼に会いたかった。
『ポチ様。……どうしても、お話したいことが、ございます。少しだけ、お時間をいただくことは、叶いますでしょうか』
それだけを書くのが、精一杯だった。
***
フウカの短い手紙を受け取ったポチは、それから一時間もしないうちに、ロイゼフ公爵邸に姿を現した。
その顔には、いつもの穏やかな笑みはなく、フウカを案じる、真剣な色が浮かんでいる。
「フウカ。顔色が、酷いぞ。一体、何があったんだ」
屋敷の庭園で、二人きりになると、ポチはすぐにそう切り出した。
その、心からの心配がこもった声を聞いただけで、フウカの目から、涙がこぼれ落ちそうになる。
「ポチ様……」
どう切り出せばいいのか、分からない。
これは、ロイゼフ家の、内々の、恥ずべき問題だ。
他国の王子である彼を、巻き込んでいいはずがない。
フウカが、ためらい、唇を噛む。
そんな彼女の葛藤を見透かしたように、ポチは、静かに言った。
「私を、頼ってくれないか」
その青い瞳は、ただ、まっすぐにフウカだけを見つめていた。
嘘も、偽りも、計算も、何もない。
ただ、純粋に、フウカの力になりたいという、強い意志だけが、そこにあった。
フウカの心のダムが、決壊した。
「……わたくしの、両親のことなのです」
嗚咽をこらえながら、フウカは、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
父の不倫のことは、伏せた。それは、父の名誉を守るための、娘としての最後の意地だった。
「お母様が……。とても強い方なのですが、本当は、一人で、大きな悲しみを、抱えていらっしゃるようなのです」
「そして、お父様も……。ずっと、何かに苦しんでおられるご様子で……」
「わたくし、お二人を、とても愛しております。また、昔のように、心から笑い合ってほしいのです。けれど……わたくしには、どうすればいいのか、何も……。あまりにも、無力で……」
言葉は、途中で涙に変わった。
フウカは、その場にうずくまり、声を殺して泣いた。
ポチは、そんなフウカの言葉を、一言も遮らずに、最後まで静かに聞いていた。
そして、彼女が泣きじゃくる肩を、そっと、大きな手で抱き寄せた。
「フウカ。顔を上げて、私を見て」
フウカが、涙に濡れた顔を上げると、ポチは、今まで見たこともないほど、真剣な顔をしていた。
「君は、決して無力ではない」
彼は、フウカの両手を取ると、その目に、強い力を込めて言った。
「私は、君に誓ったはずだ。君の盾になると。その誓いは、君の心に痛みを与える、全てのものが対象だ」
その声は、王としての覚悟を秘めて、重く、そして力強く響いた。
「君のご両親の問題は、今この瞬間から、私の問題でもある。君が、君のご家族が、本当の笑顔を取り戻せるように、私が助ける。このグロリア王国の第一王子、ポチの名誉にかけて、君に誓おう」
それは、単なる慰めの言葉ではなかった。
一国の王子が、その全てを賭けて立てた、神聖な誓いだった。
「……ポチ、様……」
フウカは、彼の、あまりにも大きく、そして頼もしい愛に、言葉を失った。
この人は、詳しい事情も聞かずに、ただ、自分の痛みに寄り添い、それを自分のものとして、背負ってくれようとしている。
再び、涙が溢れてきた。
けれど、それは、先程までの、絶望の涙ではなかった。
暗闇のどん底で、一条の光を見つけたような、安堵と、感謝の涙だった。
フウカは、ポチの胸に顔をうずめた。
もう、一人ではない。
この、誰よりも強く、そして優しい人が、共に戦ってくれる。
今は、まだ、どうすればいいのか分からないけれど。
この人と一緒なら、きっと、あの、冷たくて悲しい仮面舞踏会を、終わらせることができる。
フウカは、彼の胸の温もりを感じながら、そう、固く信じていた。
泣き腫らした目は重く、体は鉛のようにだるい。
鏡に映った自分の顔は、昨夜、ポチに「星よりも美しい」と褒められた面影など、どこにもなかった。
一夜にして、フウカの世界から、すべての色は失われてしまったかのようだった。
それでも、朝はやってくる。
フウカは、侍女に手伝ってもらいながら、心を無にして身支度を整えた。
虚ろな気持ちのまま、食堂へと向かう。
そこには、既に、父と母が席に着いていた。
「おはよう、フウカ」
父、トウカが、いつもと変わらない穏やかな声で娘に微笑みかけた。
「昨夜は、楽しかったようだな。ポチ殿下も、喜んでおられただろう」
「……はい、お父様」
フウカは、短く答えるのが精一杯だった。
父の顔を、まともに見ることができない。
その優しい笑顔の裏にある、罪悪感と苦悩を知ってしまった今、どういう顔をして向き合えばいいのか、分からなかった。
「フウカ、顔色が悪いぞ。少し、紅茶の銘柄を変えてやろうか。鎮静効果のあるカモミールがいいだろう」
母、フリンダが、娘の様子を気遣う。
その声もまた、いつもと、何も変わらない。
昨夜、一人きりの書斎で、あれほどの痛みを抱えていたことなど、微塵も感じさせない、完璧で、静謐な公爵夫人の姿が、そこにはあった。
(どうして……)
フウカは、胸が張り裂けそうになるのを、必死でこらえた。
(どうして、お二人は、平然としていられるのですか……?)
父は、己の過ちを隠し、優しい父親を演じている。
母は、夫の裏切りに気づきながら、その全てを飲み込み、完璧な妻を演じている。
この、静かで、穏やかな朝食の風景は、全てが、偽りの上に成り立っている、脆い砂上の楼閣なのだ。
もう、耐えられなかった。
こんな悲しい仮面舞踏会を、これ以上、続けるわけにはいかない。
「……申し訳ありません。少し、気分が優れなくて。お先に、失礼いたします」
フウカは、ほとんど食事に手をつけることなく、席を立った。
両親が、心配そうな声をかけてくるのを背中で聞きながら、逃げるようにして、自室へと戻った。
部屋に戻り、扉を閉めた瞬間、フウカの足は崩れ落ちた。
床にへたり込み、膝を抱える。
どうすればいい?
わたくしに、何ができる?
母の、あの、あまりにも寂しい背中が、脳裏に焼き付いて離れない。
父の、あの、救いを求めるような、憂いを帯びた瞳も。
二人を、愛している。
心から、幸せになってほしいと願っている。
けれど、今の自分は、あまりにも無力だった。
その、絶望的な無力感の中で、ふと、一つの声が、フウカの心に蘇った。
『何かあれば、いつでも私を呼ぶんだ』
ポチ様の、声。
わたくしの、盾になる、と。そう、誓ってくれた人の声。
フウカは、まるで溺れる者が藁を掴むかのように、その声に、その存在に、思いを馳せた。
震える手で、便箋とペンを取る。
何を書けばいいのか、分からない。
けれど、ただ、彼に会いたかった。
『ポチ様。……どうしても、お話したいことが、ございます。少しだけ、お時間をいただくことは、叶いますでしょうか』
それだけを書くのが、精一杯だった。
***
フウカの短い手紙を受け取ったポチは、それから一時間もしないうちに、ロイゼフ公爵邸に姿を現した。
その顔には、いつもの穏やかな笑みはなく、フウカを案じる、真剣な色が浮かんでいる。
「フウカ。顔色が、酷いぞ。一体、何があったんだ」
屋敷の庭園で、二人きりになると、ポチはすぐにそう切り出した。
その、心からの心配がこもった声を聞いただけで、フウカの目から、涙がこぼれ落ちそうになる。
「ポチ様……」
どう切り出せばいいのか、分からない。
これは、ロイゼフ家の、内々の、恥ずべき問題だ。
他国の王子である彼を、巻き込んでいいはずがない。
フウカが、ためらい、唇を噛む。
そんな彼女の葛藤を見透かしたように、ポチは、静かに言った。
「私を、頼ってくれないか」
その青い瞳は、ただ、まっすぐにフウカだけを見つめていた。
嘘も、偽りも、計算も、何もない。
ただ、純粋に、フウカの力になりたいという、強い意志だけが、そこにあった。
フウカの心のダムが、決壊した。
「……わたくしの、両親のことなのです」
嗚咽をこらえながら、フウカは、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
父の不倫のことは、伏せた。それは、父の名誉を守るための、娘としての最後の意地だった。
「お母様が……。とても強い方なのですが、本当は、一人で、大きな悲しみを、抱えていらっしゃるようなのです」
「そして、お父様も……。ずっと、何かに苦しんでおられるご様子で……」
「わたくし、お二人を、とても愛しております。また、昔のように、心から笑い合ってほしいのです。けれど……わたくしには、どうすればいいのか、何も……。あまりにも、無力で……」
言葉は、途中で涙に変わった。
フウカは、その場にうずくまり、声を殺して泣いた。
ポチは、そんなフウカの言葉を、一言も遮らずに、最後まで静かに聞いていた。
そして、彼女が泣きじゃくる肩を、そっと、大きな手で抱き寄せた。
「フウカ。顔を上げて、私を見て」
フウカが、涙に濡れた顔を上げると、ポチは、今まで見たこともないほど、真剣な顔をしていた。
「君は、決して無力ではない」
彼は、フウカの両手を取ると、その目に、強い力を込めて言った。
「私は、君に誓ったはずだ。君の盾になると。その誓いは、君の心に痛みを与える、全てのものが対象だ」
その声は、王としての覚悟を秘めて、重く、そして力強く響いた。
「君のご両親の問題は、今この瞬間から、私の問題でもある。君が、君のご家族が、本当の笑顔を取り戻せるように、私が助ける。このグロリア王国の第一王子、ポチの名誉にかけて、君に誓おう」
それは、単なる慰めの言葉ではなかった。
一国の王子が、その全てを賭けて立てた、神聖な誓いだった。
「……ポチ、様……」
フウカは、彼の、あまりにも大きく、そして頼もしい愛に、言葉を失った。
この人は、詳しい事情も聞かずに、ただ、自分の痛みに寄り添い、それを自分のものとして、背負ってくれようとしている。
再び、涙が溢れてきた。
けれど、それは、先程までの、絶望の涙ではなかった。
暗闇のどん底で、一条の光を見つけたような、安堵と、感謝の涙だった。
フウカは、ポチの胸に顔をうずめた。
もう、一人ではない。
この、誰よりも強く、そして優しい人が、共に戦ってくれる。
今は、まだ、どうすればいいのか分からないけれど。
この人と一緒なら、きっと、あの、冷たくて悲しい仮面舞踏会を、終わらせることができる。
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