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第25話 「すまなかった」の代償
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大地を裂く閃光が去ったとき、辺りは静寂に包まれていた。
空はまだ明け切らず、灰色の雲が低く垂れこめている。
焦げた匂いと、鉄を焼いたような苦い臭気が風に漂っていた。
レオンはその中にひとり立ち、倒れた勇者カイルの姿を見下ろしていた。
リリアが剣を支えに這いつくばりながら、震えた声で言う。
「……終わったの……?」
レオンは首を横に振る。
「まだだよ。彼は……まだ戦ってる」
ゆっくりと近づく。
地に横たわるカイルの身体は、もはや人のものではなかった。
半ば溶けた白銀の鎧、剥き出しの筋肉を這う光の紋章。
それは今も内側から神の力に侵され、暴走を続けていた。
「レオン、近づくな!あれは……!」
フィオナの警告も無視し、レオンは膝をついた。
カイルの顔は苦悶に歪み、血と光に染まっていた。
「カイル……目を覚ませ」
微かに目が動く。
「……レ、オン……?」
その声は、かすれた金属音のようだった。
「お前は……なぜ……俺なんかを……」
「“なんか”なんて言うなよ。あんたはずっと、俺たちの仲間だった」
「仲間……か……懐かしい響きだ」
カイルが噛みしめるように笑う。
「覚えてるか? 最初の旅の日。山道であいつらが笑ってた時、俺は……心底、羨ましかったんだ」
「羨ましい?」
「お前たちは、何も持たずに笑っていられた。俺は勇者として生まれ、神に従うしかなかった。
本当は、あんな役目……背負いたくなんてなかった」
レオンは無言でその手を握る。
冷たい。もう、人の体温ではない。
それでも握り返す力はわずかに残っていた。
「……なんで……そうしてくれるんだ。お前は何も悪くない。
俺は、お前を追放して、罵って、切り捨てた。……ずっと、お前がいなくなれば自分が光になれると思ってた」
レオンは小さく笑った。
「でも、俺がいたからあんたは今ここにいるんだろ。間違いながらも……それでも進もうとしたから。
俺は、それを見てきたから知ってる」
カイルの瞳に涙が浮かんだ。
「……レオン。俺は、お前を……ずっと……憎もうとしてたのに」
「“憎むこと”でしか立っていられなかったんだろ?」
「……ああ。だから、本当に救われたんだ。今、お前にこう言える」
カイルの唇が震え、息と共に言葉が零れた。
「……すまなかった」
その瞬間、天を覆う雲が一気に動いた。
光が差し込み、風が止む。
レオンの掌にある世界樹の紋章が淡く輝く。
「もういいよ。誰も怒ってない」
「……優しすぎる……お前は……」
カイルの体から溢れていた光が、ゆっくりと弱まり始めた。
だが同時に、足元の地面が軋む。
フィオナが緊張した声を上げる。
「主! 神界との接続が切れかけています!彼の肉体が崩壊を――!」
「くっ……!」
レオンは思わずカイルを抱き締めた。
「持っていかせない……!」
それは、彼の力の本質――“均衡”を保つ力。
死と再生、破壊と創造。
彼の中で全てが混ざり合い、世界を支える線となる。
「レオン、無茶だ! 共に崩れる!」リリアが叫ぶ。
「構わない。これだけは、俺がやらないと」
風が吹く。
カイルの光が暴走し、辺りの空間を裂く。
しかしレオンはその中心で、彼を抱きしめ続けた。
「……なぜ、そこまで……」
「だって、俺たちは友達だから」
その瞬間、轟音と共にすべてが弾けた。
白い光が世界を包み込み、あたり一面は真昼のように輝いた。
***
どれほどの時間が経ったのか、誰も知らない。
静寂のあと、風の音が戻ってきた。
フィオナが目を開け、すぐに周囲を見渡す。
「主は……? リリア?」
「無事よ……」リリアがゆっくりと立ち上がる。
風に舞う光の粒。その中に一人の影が現れた。
「……戻ったか」
それはレオンだった。
だが、その背中には新たな印が刻まれていた。
淡い光の翼が、透き通るように浮かんでいる。
「レオン……あんた、まさか……」
「いや、大丈夫さ。ただ少し、世界と繋がりすぎたみたいだ」
レオンは笑って見せたが、眼の底は深い静けさを湛えていた。
「……カイルは?」
アメリアが恐る恐る尋ねる。
レオンは手を開いて示した。
その掌には、一枚の金色の羽が乗っていた。
「彼は、もう“神の鎖”から自由になった。
……そして、光になって消えた」
言葉と共に風が吹き、羽が空へ舞い上がった。
みんながその行方を黙って見上げる。
どこまでも高く昇り、やがて蒼空に溶けていった。
「最後まで……勇者らしかったな」リリアが呟く。
「ええ。きっと、今度こそ救われたでしょう」フィオナも微笑む。
アメリアは涙を拭いながら祈るように手を合わせた。
その背後。
風が声を運んできた。誰かの囁きのような、優しく懐かしい声。
――ありがとう。お前がいてくれてよかった――
レオンは静かに頷いた。
「当たり前だ。もう一度、一緒に旅ができる日まで……俺は前に進むよ」
***
夜。
焚き火の炎が揺れ、仲間たちは無言で星空を見上げていた。
リリアが小さく笑う。
「ねえ、レオン。あんたがこのまま神になるんじゃないかって、ちょっと怖いんだけど」
「それはないよ。俺は“人”でいたい。
神より、手を伸ばせる距離で生きてたいから」
リリアが肩をすくめる。
「本当、言うことだけは立派ね」
「言うだけじゃなく、やるんだよ」
フィオナが目を閉じた。
「主……次の試練が来ます。神界の長老、“理の神”が動き始めました」
「もう休む暇もないね」レオンが笑う。
「でも、きっと乗り越えられるさ」
穏やかな夜風が吹く。
焚き火の火花が舞い、遠くの森でフクロウが鳴く。
レオンは空を見上げ、星屑に願う。
「カイル……お前の心を、ちゃんと受け取ったよ。
今度は俺が、“すまなかった”を超える言葉を探してみせる。
……ありがとう、仲間だった」
星が一つ、瞬いて消えた。
それはまるで、赦しの証のように優しく輝いた。
続く
空はまだ明け切らず、灰色の雲が低く垂れこめている。
焦げた匂いと、鉄を焼いたような苦い臭気が風に漂っていた。
レオンはその中にひとり立ち、倒れた勇者カイルの姿を見下ろしていた。
リリアが剣を支えに這いつくばりながら、震えた声で言う。
「……終わったの……?」
レオンは首を横に振る。
「まだだよ。彼は……まだ戦ってる」
ゆっくりと近づく。
地に横たわるカイルの身体は、もはや人のものではなかった。
半ば溶けた白銀の鎧、剥き出しの筋肉を這う光の紋章。
それは今も内側から神の力に侵され、暴走を続けていた。
「レオン、近づくな!あれは……!」
フィオナの警告も無視し、レオンは膝をついた。
カイルの顔は苦悶に歪み、血と光に染まっていた。
「カイル……目を覚ませ」
微かに目が動く。
「……レ、オン……?」
その声は、かすれた金属音のようだった。
「お前は……なぜ……俺なんかを……」
「“なんか”なんて言うなよ。あんたはずっと、俺たちの仲間だった」
「仲間……か……懐かしい響きだ」
カイルが噛みしめるように笑う。
「覚えてるか? 最初の旅の日。山道であいつらが笑ってた時、俺は……心底、羨ましかったんだ」
「羨ましい?」
「お前たちは、何も持たずに笑っていられた。俺は勇者として生まれ、神に従うしかなかった。
本当は、あんな役目……背負いたくなんてなかった」
レオンは無言でその手を握る。
冷たい。もう、人の体温ではない。
それでも握り返す力はわずかに残っていた。
「……なんで……そうしてくれるんだ。お前は何も悪くない。
俺は、お前を追放して、罵って、切り捨てた。……ずっと、お前がいなくなれば自分が光になれると思ってた」
レオンは小さく笑った。
「でも、俺がいたからあんたは今ここにいるんだろ。間違いながらも……それでも進もうとしたから。
俺は、それを見てきたから知ってる」
カイルの瞳に涙が浮かんだ。
「……レオン。俺は、お前を……ずっと……憎もうとしてたのに」
「“憎むこと”でしか立っていられなかったんだろ?」
「……ああ。だから、本当に救われたんだ。今、お前にこう言える」
カイルの唇が震え、息と共に言葉が零れた。
「……すまなかった」
その瞬間、天を覆う雲が一気に動いた。
光が差し込み、風が止む。
レオンの掌にある世界樹の紋章が淡く輝く。
「もういいよ。誰も怒ってない」
「……優しすぎる……お前は……」
カイルの体から溢れていた光が、ゆっくりと弱まり始めた。
だが同時に、足元の地面が軋む。
フィオナが緊張した声を上げる。
「主! 神界との接続が切れかけています!彼の肉体が崩壊を――!」
「くっ……!」
レオンは思わずカイルを抱き締めた。
「持っていかせない……!」
それは、彼の力の本質――“均衡”を保つ力。
死と再生、破壊と創造。
彼の中で全てが混ざり合い、世界を支える線となる。
「レオン、無茶だ! 共に崩れる!」リリアが叫ぶ。
「構わない。これだけは、俺がやらないと」
風が吹く。
カイルの光が暴走し、辺りの空間を裂く。
しかしレオンはその中心で、彼を抱きしめ続けた。
「……なぜ、そこまで……」
「だって、俺たちは友達だから」
その瞬間、轟音と共にすべてが弾けた。
白い光が世界を包み込み、あたり一面は真昼のように輝いた。
***
どれほどの時間が経ったのか、誰も知らない。
静寂のあと、風の音が戻ってきた。
フィオナが目を開け、すぐに周囲を見渡す。
「主は……? リリア?」
「無事よ……」リリアがゆっくりと立ち上がる。
風に舞う光の粒。その中に一人の影が現れた。
「……戻ったか」
それはレオンだった。
だが、その背中には新たな印が刻まれていた。
淡い光の翼が、透き通るように浮かんでいる。
「レオン……あんた、まさか……」
「いや、大丈夫さ。ただ少し、世界と繋がりすぎたみたいだ」
レオンは笑って見せたが、眼の底は深い静けさを湛えていた。
「……カイルは?」
アメリアが恐る恐る尋ねる。
レオンは手を開いて示した。
その掌には、一枚の金色の羽が乗っていた。
「彼は、もう“神の鎖”から自由になった。
……そして、光になって消えた」
言葉と共に風が吹き、羽が空へ舞い上がった。
みんながその行方を黙って見上げる。
どこまでも高く昇り、やがて蒼空に溶けていった。
「最後まで……勇者らしかったな」リリアが呟く。
「ええ。きっと、今度こそ救われたでしょう」フィオナも微笑む。
アメリアは涙を拭いながら祈るように手を合わせた。
その背後。
風が声を運んできた。誰かの囁きのような、優しく懐かしい声。
――ありがとう。お前がいてくれてよかった――
レオンは静かに頷いた。
「当たり前だ。もう一度、一緒に旅ができる日まで……俺は前に進むよ」
***
夜。
焚き火の炎が揺れ、仲間たちは無言で星空を見上げていた。
リリアが小さく笑う。
「ねえ、レオン。あんたがこのまま神になるんじゃないかって、ちょっと怖いんだけど」
「それはないよ。俺は“人”でいたい。
神より、手を伸ばせる距離で生きてたいから」
リリアが肩をすくめる。
「本当、言うことだけは立派ね」
「言うだけじゃなく、やるんだよ」
フィオナが目を閉じた。
「主……次の試練が来ます。神界の長老、“理の神”が動き始めました」
「もう休む暇もないね」レオンが笑う。
「でも、きっと乗り越えられるさ」
穏やかな夜風が吹く。
焚き火の火花が舞い、遠くの森でフクロウが鳴く。
レオンは空を見上げ、星屑に願う。
「カイル……お前の心を、ちゃんと受け取ったよ。
今度は俺が、“すまなかった”を超える言葉を探してみせる。
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それはまるで、赦しの証のように優しく輝いた。
続く
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