上 下
1 / 19

prologue

しおりを挟む
 VRゲームというものが世に出始め既存のゲームが衰退していった頃、新参者に負けてられるかとでも言わんばかりのクオリティをもつPCゲームが突如として発売された。題を、『revolues』。巨大帝国を舞台としたRPGで、その濃い世界観とグラフィック、BGMなどに減少傾向にあったPCゲーマー達は熱狂した。
 そして彼、李斯京弥りしきょうやもまたその一人だ。高校生の時に知り、飽き性な京弥でも止まることは無くたった今全ルートのクリアが完了したところだった。

「よっしゃああああ!! 全ルートクリアだ! 隠しルートも攻略wikiに乗ってるやつは全部やったし、流石にこれ以上は無いだろう!」

 一人暮らしのマンションで思わずお隣さんのことも考えずに叫んでしまう。したも時刻は深夜三時。これでもし近所の人が起きてしまったら京弥に対する批判が止まらないだろう。
 だがそれほどの満足感。ここ数日は特に熱中していて寝ていなかったこともあり、一通り興奮した後気絶するように眠りに落ちた。

 * * *

 『revolues』はジャンルで言うとRPGに分類されるゲームであり、さらに言うと一人用ゲームである。つまりオンライゲームではなく、そうであるからには当然メインストーリーが用意されていた。
 大陸で一番の国力を持つリーク帝国。成長が停滞し他国との差が縮まる中起こる革命を軸としたストーリーだ。さらにルートが何本も用意されており、それによって革命側や帝国側、さらにはこの機に飛躍を狙う第三国側などに立ってストーリーに触れる事ができ、話を何倍にも濃密にさせていた。
 特にルートによって雰囲気がガラッと変わることが特徴であり、あるルートでは農家としてのんびりしたエンディングを迎えるのに、他のルートでは仲間全員の命と引き換えに世界に平和をもたらすビターエンドだったりしている。

ーーさて、なぜ俺がたかがゲームの事をこんな真剣に考えているのかをそろそろはっきりさせておこう。

 思考を一度止め、たかがゲームにあれ程騒いでいた京弥は先程一度開けて一瞬で閉じた瞼を恐る恐る開いた。
 体育館というよりは式場と言った方が正しいであろう煌びやかな大部屋。中には制服を着た子供たちが並んでいて、前にあるステージには初老の男性が丁度上がってきて中央で立ち止まったところだ。
 一瞬の、重厚な静寂。

「これより、の入学式を執り行う。これから幾年か続く学園生活の始まりである。気を引き締めて臨むように」

 聞いて、はあ、と声に出さずため息をついた。

ーーリーク帝国、ね。……これ、『revolues』の世界だわ。

 そう、京弥は気付いたらゲームの世界にいたのだ。全く意味の分からないことだが、感覚的に夢でないことは確かだった。周りの光景が寝る前と全く違う、どころか知らない場所で席に座っていたのだ。つまりどんなにこじつけようとも異常事態に巻き込まれたことは確定している。

ーーまじかよ……、じゃあ日本にはもう……。

 そこまで考えて、ふと思いなおす。
 日本での生活は実際の所そこまで裕福なものではなく、辛いことも多かった。子供時代には食べるものに困ってお隣さんに恵んでもらうことだってあった。大人になってからは自力で稼いでゲームで遊べるくらいにはマシになったが、それも俺がゲーム好きなあまりやっていることであって、代わりに食費がそこそこ犠牲になっていた。
 ふと、周りを見る。
 日本人とは違う髪色がまず目につく。黒髪は半分もおらず、金、茶、等々といった様々な色が髪を彩っている。そしてその清潔感からは裕福層であろうことが察せられた。鏡がないしそもそも式典中に動く度胸は無いので確認しようがないが、周りが全員差はあれど裕福層であることから、自分もきっとそうなのだろうと推測する。

ーー戻る方法も分からないし、こっちにいた方がいいのかもな。戻りたくないといえば嘘だけど、正直あの生活が幸福かと言われればわからないし。……うん、そうだな。……だが、だとしたら問題がある。

 『revolues』はルート分岐があまりにも多様であり、ここで先程の話に戻る。
 つまり何が言いたいのかというと、ルートによってはかなり殺伐とした世界になるから危険があるということだ。そもそも自分がどんなキャラになっているのかすら分からない現状では何とも言えないが、もし仮に悪役キャラか何かになっていたら最悪のパターンだ。
 悪役キャラは能力は高めだが死ぬ確率が非常に高い。

ーーまあ取り敢えず式典が終わったらトイレ行って確認するか。感覚的に男なのは分かってるけど、頼むぞマジで! ぶっちゃけキャラによって難易度が変わってくるからな。……ああ、ちなみにさっき見渡した時に気付いたが、俺が主人公キャラである確率は無い。

 なにせ主人公キャラであるシグルド・ノイツは、京弥の眼の前に座っているのだから。


   * * *


「はあああああああああ!?」

 男子トイレに京弥の悲鳴が響く。悲痛に、あるいは切実に。幸いなのは周りに人がいないことであろうか。もしいたとしたら入学初日から近づきたくない奴という不名誉な称号を得ることになっていたであろう。勿論彼の悲鳴は辺りに響き渡っているわけだから、トイレから出ていくところを見られたら終わりだろうが。
 しかしそんな学生生活の事も問題ではあるが、京弥はもっと深刻な問題に直面していた。

ーー誰だコイツッ!! こんな顔グラゲームに出てきてないぞ!?

 性別は思った通り男だった。何がとは言わないが確認もしたし、これは安心要素だ。問題なのは、トイレ備え付けの鏡に映る顔。
 質を言えば、なるほど流石はゲームの世界というべきだろう。十人いれば十人振り返るとまで言うほどではないが、まあそれなりに整った顔をしている。だが問題はそこではない。

 問題は、京弥が転生したキャラはゲームに顔グラすら出てこないモブだということだった。
しおりを挟む

処理中です...