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第一章
第十八話
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「ガイア子爵? なぜだ? 子爵の邸宅は帝都の反対側だぞ。スラムからは一番遠い」
ヴァンが怪訝な声でフリートに応じる。慌てすぎて変なことを言い出したと思っているのか、少し諫めるような響きも感じられる。
もっともな意見だ。仮に他の貴族に頼るというのならばわざわざ遠い貴族の元に行く必要はない。というかそもそも伯爵家が子爵を頼ること自体がまずないことだ。もし頼るならこちらから呼び寄せる。
ーーまあ、疑問に思うよな。だが今は言い訳を考える時間も勿体ない。
「すいませんね、ヴァンさん。正直これはやりたくないんですが、今は時間が惜しい。ーーこれは、主からの命令だ。ガイア邸に向かい人の出入りを見張れ。今すぐにだ」
下手に出る時間すらも惜しくて、フリートは傲慢に命令する。本人も気づいていないことであるが、ここで簡潔な説明をしない辺りかなり焦っているということだろう。
これはある意味貴族らしい態度であり、そして普段のフリートであればまずしないような態度だ。正直言って平民出身のヴァンにしてみれば嫌な態度とみられても仕方がないものであるのだが、それでも眉一つ動かさずヴァンは頷いた。
「承知した。ーー我が主の、思うがままに」
それは忠義の士のような一言。己が身体、己が剣技のみに生きるヴァンらしい言葉だ。
そう一例と共に溢し、即座に駆け出していく。おそらく指示通りガイア邸に向かったのだろう。
ーーさあ、これでもう後には戻れない。サーニャの為にも、ヴァンさんからの信頼の為にも。
スラムには似合わない大き目な道。サーニャがいるであろう深層に続くそこに背を向け、フリートは衛兵の詰め所へと歩を進めた。頭の中は不安と焦りでごった返している。けれどもその足取りは、ただ真っ直ぐに。
* * *
ガタッ、と何かにぶつかって、サーニャはぼお、と目を覚ました。
しばらく意識が覚醒したばかりでほおけていたサーニャだが、数度の瞬きと共に頭を覚醒させたところで、異常事態にようやく気付いた。
ーーどこ、ここは……?
地面の質感から言っておそらくは室内だろう。それだけの情報を得てから、サーニャはゆっくりと床から身を起こした。
暗く、辺りは見渡せない。最も貧民出身のサーニャにとって光の無い場所というのは慣れたものである。目が暗闇に慣れるまでを待とうと、サーニャはひとまず浮かんだ疑問を頭の中でつぶやいた。
ーーどうして私はこんな所で寝ていたの? 孤児院に帰って、あの子たちと話をしていたはずなのに……。
闇ギルドの用いた睡眠薬の副作用により記憶が混濁しているが、サーニャには当然分からないことである。故にただ混乱だけが彼女の脳を駆け抜けていく。
圧倒的な情報不足。故に彼女は部屋を探索しようとして、
「おや、もうお目覚めですかァ? シーフを語るだけあって薬物耐性はそこそこらしい。まァ、薬を防げない時点で合格とは言えないがね」
ふと、声が掛けられた。
高めの男の声。変に間延びした口調からは狂気が漏れ出ており、聞いたものを恐怖させるような響きがある。きっとイカれた眼をしているに違いない、と、暗闇に感謝しつつサーニャは一歩後ずさりをした。
ともかく、これで何らかの事件に巻き込まれたことは確定的。いくら貧民街出身で無名のサーニャとはいえ、それぐらいの推察は容易にできた。
ーー状況は分からないけれど、ここにいるとよくないことは分かった。じゃあ、あとは、
「ーーどうやって逃げようか。……よもや、こんなことを思っているわけではないだろうねェ? もし、まさかないとは思うがもし仮にそうだとしたらお笑いものだよ君ィ。知らないところに連れてこられたというのに、拘束がないことを疑問に思わなかったのかね? クヒヒッ、逃げられるわけがないから。だから拘束をしなかったに決まっているだろう?」
ニヤリ、と嗤う気配。
それに応じるようにカツ、カツと正面から足音がサーニャに向かっていくが、金縛りにかかったかのように彼女の体は動かない。
シーフとして、恐怖に対する耐性はそれなりにあるはずだ。まして金縛りになるなどあり得るはずもない。
だが、現に。彼女の体はピクリとも動かない。
「え、あれ……? ねえ、動いてよ! なんで、……なんで……?」
「ハハハァッ!! だから言っただろう? 決して逃げられはしないと。……なァに、大したことをするわけではないさ。君はちょっとの間目を瞑り、それが終わったらあとは何も考えなくていいのだからねェ」
悪魔の足音がサーニャの耳を震わせる。けれども、身体は動かない。
目が覚めてから時間が経ったことで、闇の中を瞳が見通し始める。けれど見えるのは光ではなく、あくまで闇に浮かぶ何かである。
具体的に言うならばそれは、少しずつ近づいてくる狂気に染まった男の笑みであった。
「ひっ……!!」
カツーー、カツーー。
足音が徐々に大きくなってゆく。
そしてーー。
「さァ、永い眠りに就くがいい。なァに、安心したまえ。君はこれから大いに人の役に立てるのだ。これほど喜ばしいことは、そうそうあるまい?」
身体は動かない。けれど男の手が近づくのを目がどうしようもなく捉えていて。
男の手が、それが掴んでいる何かが、サーニャの首筋にゾワリと触れた。
そしてーー。
暗闇を貫くかん高い破砕音。
同時に窓ガラスが割れ、部屋に光が差し込んだ。
ーーああ、なんだろう。酷く、眩しい……。
ヴァンが怪訝な声でフリートに応じる。慌てすぎて変なことを言い出したと思っているのか、少し諫めるような響きも感じられる。
もっともな意見だ。仮に他の貴族に頼るというのならばわざわざ遠い貴族の元に行く必要はない。というかそもそも伯爵家が子爵を頼ること自体がまずないことだ。もし頼るならこちらから呼び寄せる。
ーーまあ、疑問に思うよな。だが今は言い訳を考える時間も勿体ない。
「すいませんね、ヴァンさん。正直これはやりたくないんですが、今は時間が惜しい。ーーこれは、主からの命令だ。ガイア邸に向かい人の出入りを見張れ。今すぐにだ」
下手に出る時間すらも惜しくて、フリートは傲慢に命令する。本人も気づいていないことであるが、ここで簡潔な説明をしない辺りかなり焦っているということだろう。
これはある意味貴族らしい態度であり、そして普段のフリートであればまずしないような態度だ。正直言って平民出身のヴァンにしてみれば嫌な態度とみられても仕方がないものであるのだが、それでも眉一つ動かさずヴァンは頷いた。
「承知した。ーー我が主の、思うがままに」
それは忠義の士のような一言。己が身体、己が剣技のみに生きるヴァンらしい言葉だ。
そう一例と共に溢し、即座に駆け出していく。おそらく指示通りガイア邸に向かったのだろう。
ーーさあ、これでもう後には戻れない。サーニャの為にも、ヴァンさんからの信頼の為にも。
スラムには似合わない大き目な道。サーニャがいるであろう深層に続くそこに背を向け、フリートは衛兵の詰め所へと歩を進めた。頭の中は不安と焦りでごった返している。けれどもその足取りは、ただ真っ直ぐに。
* * *
ガタッ、と何かにぶつかって、サーニャはぼお、と目を覚ました。
しばらく意識が覚醒したばかりでほおけていたサーニャだが、数度の瞬きと共に頭を覚醒させたところで、異常事態にようやく気付いた。
ーーどこ、ここは……?
地面の質感から言っておそらくは室内だろう。それだけの情報を得てから、サーニャはゆっくりと床から身を起こした。
暗く、辺りは見渡せない。最も貧民出身のサーニャにとって光の無い場所というのは慣れたものである。目が暗闇に慣れるまでを待とうと、サーニャはひとまず浮かんだ疑問を頭の中でつぶやいた。
ーーどうして私はこんな所で寝ていたの? 孤児院に帰って、あの子たちと話をしていたはずなのに……。
闇ギルドの用いた睡眠薬の副作用により記憶が混濁しているが、サーニャには当然分からないことである。故にただ混乱だけが彼女の脳を駆け抜けていく。
圧倒的な情報不足。故に彼女は部屋を探索しようとして、
「おや、もうお目覚めですかァ? シーフを語るだけあって薬物耐性はそこそこらしい。まァ、薬を防げない時点で合格とは言えないがね」
ふと、声が掛けられた。
高めの男の声。変に間延びした口調からは狂気が漏れ出ており、聞いたものを恐怖させるような響きがある。きっとイカれた眼をしているに違いない、と、暗闇に感謝しつつサーニャは一歩後ずさりをした。
ともかく、これで何らかの事件に巻き込まれたことは確定的。いくら貧民街出身で無名のサーニャとはいえ、それぐらいの推察は容易にできた。
ーー状況は分からないけれど、ここにいるとよくないことは分かった。じゃあ、あとは、
「ーーどうやって逃げようか。……よもや、こんなことを思っているわけではないだろうねェ? もし、まさかないとは思うがもし仮にそうだとしたらお笑いものだよ君ィ。知らないところに連れてこられたというのに、拘束がないことを疑問に思わなかったのかね? クヒヒッ、逃げられるわけがないから。だから拘束をしなかったに決まっているだろう?」
ニヤリ、と嗤う気配。
それに応じるようにカツ、カツと正面から足音がサーニャに向かっていくが、金縛りにかかったかのように彼女の体は動かない。
シーフとして、恐怖に対する耐性はそれなりにあるはずだ。まして金縛りになるなどあり得るはずもない。
だが、現に。彼女の体はピクリとも動かない。
「え、あれ……? ねえ、動いてよ! なんで、……なんで……?」
「ハハハァッ!! だから言っただろう? 決して逃げられはしないと。……なァに、大したことをするわけではないさ。君はちょっとの間目を瞑り、それが終わったらあとは何も考えなくていいのだからねェ」
悪魔の足音がサーニャの耳を震わせる。けれども、身体は動かない。
目が覚めてから時間が経ったことで、闇の中を瞳が見通し始める。けれど見えるのは光ではなく、あくまで闇に浮かぶ何かである。
具体的に言うならばそれは、少しずつ近づいてくる狂気に染まった男の笑みであった。
「ひっ……!!」
カツーー、カツーー。
足音が徐々に大きくなってゆく。
そしてーー。
「さァ、永い眠りに就くがいい。なァに、安心したまえ。君はこれから大いに人の役に立てるのだ。これほど喜ばしいことは、そうそうあるまい?」
身体は動かない。けれど男の手が近づくのを目がどうしようもなく捉えていて。
男の手が、それが掴んでいる何かが、サーニャの首筋にゾワリと触れた。
そしてーー。
暗闇を貫くかん高い破砕音。
同時に窓ガラスが割れ、部屋に光が差し込んだ。
ーーああ、なんだろう。酷く、眩しい……。
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