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晩餐会の開始時刻少し前に食堂に現れた息子とその婚約者になる予定の令嬢の様子を見て、二人での話し合いは上手くいったのだろうと、ウィレミナは母と顔を見合わせて頷き合った。
お客様であるご令嬢の顔が赤くて、弟がやたらとご機嫌なのが気にはなったが、それはまぁ瑣末なことだろう。
そんな状態の彼女だから、晩餐会といいながらラザル子爵家以外の参加者がウィレミナと彼女だけということを、疑問にも思っていないようだ。
和やかな雰囲気で食事が進む中、ウィレミナは数日前の弟とのやり取りを思い出していた。
──弟の婚約者となる令嬢とウィレミナの、二人だけのお茶会の数日前。
ウィレミナは、実家に戻って真っ先に向かった母の部屋から退室した。
その後ろから、完全に拷問でしかなかった"セイザ"からやっと解放された弟のエリアーシュが、ぎこちない動きながらも続く。
「変な歩き方ね、エリアーシュ」
「⋯⋯仕方がないじゃないですか」
見たまま声をかければ、どことなく不満そうな顔で答える。おそらく、ウィレミナが押しつけた止めのことを根に持っているのだろう。
それでも、それを口にしたら不味いことは今までの経験上わかっているから、何も言わないのだと思われる。
代わりに、睨んでいるとはギリギリ言えない目つきを向けられた。
「待ってください!先程の話ですが⋯⋯」
その視線を振り切ってさっさと歩いて行こうとすれば、後ろから声がかかる。
振り返って見ると、足にダメージが残る弟は壁に縋ってなんとか立っているような状態のようだ。
弟には核心を話さなかった。
それが彼には気持ち悪いのだろう。
「こんなところでする話じゃないわ。あんたの部屋に行くわよ」
そう言って、勝手知ったる実家の邸、さっさと弟の部屋に行こうとして──なんで自分が骨折り損を引き受けているのだろうと、ふと疑問に思った。
「──そういえば、この間教えてあげた平民街のカフェ、私はまだ行ってないのよね」
「⋯⋯は?」
女性が行って喜ぶところはどこかと、突然弟に訊かれたのだ。
彼女を連れて行くのだろうとすぐに察しがついたから、深く突っ込まずに教えてあげたのだが。
「あそこ、お持ち帰りもしているらしいわ」
ウィレミナがそれ以上言わずともすべて察したらしい弟は、「わかりました」と諦めたように項垂れた。
エリアーシュの自室で、買って来させたばかりのフルーツタルトをつつく。ブルーベリーがふんだんに載ったものだ。
流行りの店だけあって、見た目も味も申し分ない。
ちなみに、値段については弟に買わせたために不明だ。
「⋯⋯それで、先程の話ですけど」
ウィレミナの様子を見ながらエリアーシュが口を開いた。
ずっとタイミングを窺っていたのだろう。
「どういうことですか。なぜ⋯⋯ティレット伯爵令嬢が俺たちの邪魔を?」
「⋯⋯あんた、本当にわかってなかったの?」
「何がですか」
馬鹿にする調子でウィレミナが言うも、エリアーシュはむっとしつつも返しは変わらない。
内心やっぱりかと思いながらも、もう一口、タルトを食べる。
「俺と伯爵令嬢は幼い頃以来会っていませんし、」
「私とお母様で会わせないようにしていたのよ。厄介なことになるのは目に見えていたから」
「⋯⋯伯爵令嬢には婚約者がいるのに」
「婚約する予定の相手よ。まだ正式じゃないわ」
「⋯⋯で、結局なぜなんですか?」
あれこれ言うのは止めたらしい。
ウィレミナは紅茶で口内を潤すと、物分かりの悪い愚弟に向き直った。
「決まってんでしょ。アイリスがあんたに執着してたからよ」
「はぁ?執着?俺に?⋯⋯なぜ?」
「知らないわよ。アイリスに訊いてみれば?」
「⋯⋯それは遠慮します」
心底嫌そうな顔をしている。
そんな弟に、追い討ちのように彼が知らない話を披露してやった。
「アイリスはあんたと婚約したかったのよ」
「⋯⋯それは、聞いたことがあります。伯爵家の婿養子に望まれたわけですから、ありがたくは思いましたけど。でも結局、俺じゃ能力的に不安だと兄上になったでしょう」
「でもアイリスはずっとエリアーシュがいいって駄々をこねていたのよ。──だからね、妥協としてアイリスが伯爵家を継がないのなら、あんたと婚約してもいいって話が出たのよ」
「は?」
能力面の問題で、伯爵家の婿養子としてエリアーシュを認められないだけで、単純にアイリスの夫としては、別に何も問題はないのだ。
だからティレット伯爵は、可愛い娘がそこまでエリアーシュのことを想うのならばと、伯爵家を継ぐのを次女に譲れば、エリアーシュと結ばれてもよいだろうと譲歩したのだ。
その話は初耳だったのだろう、明らかにエリアーシュの表情が変わる。
「安心なさい、アイリスは断ったわ。伯爵夫人の座も、当然として譲りたくなかったらしいからね。もちろんそんな我儘許されないから、結局この話は決裂したわ」
「⋯⋯それより、俺の意志は⋯⋯」
「アイリスがその話に頷いていたのなら、娘思いの叔父様はあんたを口説き落としにかかったんじゃないの?」
「嫌ですよ」
「わかってるわよ。⋯⋯結局、アイリスは頷かなかったし、あんたには話さなかったんでしょうね」
数日後にセシリア嬢と会うつもりだが、ウィレミナはこの話までするつもりはない。ちょっと、と言うか、かなり醜い話だからだ。
彼女の耳を汚すだけだろう。
「え、それなのにまだ俺に執着してるんですか?」
その話を聞いて余計に腑に落ちなくなったのだろう、エリアーシュが訝しげに姉を見る。
からかわれているのではという勘繰りまで見える視線だ。
「逃がした魚は大きいってやつ?手に入ると思ったのに手に入らなかったから、ますますムキになったんじゃないの?」
「⋯⋯意味がわからないのですが」
「安心しなさい、私もわからないわ。⋯⋯でも、昔からそんな子よ、あの子は」
伯爵家を継ぐ長女に産まれ、欲しいと思ったものはすべて手に入れてきたのだ。
そんな中、おそらく初めて彼女が手に入れられなかったのが、エリアーシュだったのだろう。
最初は可愛らしい恋情から始まったのだろうが、ここまでくると、それこそ"執着"以外に相応しい言葉が見つからない。
「自分は手に入れられなかったのに、後から現れたセシリア嬢があんたをかっさらってくのが許せなかったんじゃないの?」
その証拠に彼女は、エリアーシュと自分との婚約の話は蒸し返していない。
だからおそらく、叔父夫婦─ティレット伯爵夫妻─は娘の暴走にまだ気づいていないのだろう。
彼女はただ、エリアーシュとセシリアの婚約話を破談にするためだけに動いたのだ。
「⋯⋯やっぱりわからないんですが」
そう言ってエリアーシュは複雑な顔をするが、理解しない方がいいとウィレミナは思う。
(⋯⋯理解できるほど被害に遭ったら、距離を置くしかないからね)
アイリス嬢には厄介な性質が二つある。
一つは、欲しいものは必ず手に入れようとする執着心。
母親同士が仲の良い姉妹ということもあり、幼い頃はよく遊び相手になったが、彼女はウィレミナの色々なものを欲しがった。
もう一つは、意識的にか無意識的にかは知らないが、相手が勝手に勘違いするように上手く話す癖。──思い込みが激しいのだと思う。加えて、けして自分が悪くならないようにするのだ。
彼女が、ウィレミナが買ってもらったばかりのガラス細工の髪飾りを欲しがったときは、ほとほと困った。
あげられないが少し貸すだけならとアイリスの髪に付けてあげたのに、気づけば壊れた状態で箱に戻っていたのだ。
だが、アイリスの口八丁で気づけば不注意なウィレミナが壊したことになっていた。
彼女がわざと壊したとは思いたくはないが──しかし、それがアイリスを遠ざける決定打になった。
幸いだったのは、母がウィレミナの気持ちを尊重してくれたことと、叔母がアイリスのそのような性質に理解を示してくれたことだ。
母と叔母にも思い当たる節があったのだろう。
(今回だって、やっていることは公爵家の縁談の妨害っていう、あり得ないことだけれど。あのアイリスのことだから直球で尋ねても上手く誤魔化すのでしょうね)
「エリアーシュのためだった」とか「そんなつもりはなかった」とか、耳触りのいいことを言って。
だから、絶対に誤魔化せない状況を作らねばならない。
(他所のお家を巻き添えにするわけにはいかないから、ラザル家でなんとかしないとね。セシリア嬢をうちに招待すれば釣れるかしら?)
もちろん、婚約関係の話もしたいということをくっつけて。
エリアーシュは不在とした方が、彼女本人が現れやすくなるだろう。
それに、あまり時間を空けてはアイリスが他の者まで巻き込み出すかもしれない。短期決戦が望ましい。
(叔父様と叔母様に嘘の情報を流してもらって、お二人にはアイリスの言葉を直に聞かせなくては⋯⋯)
「⋯⋯姉上、何を考えているのですか?」
頭の中で計画を練っていると、弟が声をかけてきた。
「⋯⋯もとはと言えば、あんたが甲斐性なしだからよね」
「突然何ですか⋯⋯」
それでも、これで昔あれこれやられてきたことの仕返しができるのか──と考えてしまうのは、さすがに性格が悪いかと思いつつ、ウィレミナは意地悪く笑った。
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