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歩き出すために ~高階透は語り出す
独り言 〜まだ君を想う
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さらりとした質の良い栗色の髪が振り返る間際光を反射し、大きな瞳が瞬時細い狩猟の視線を作る。
『I don’t know Japanese』
見事な発音で冷やかさを存分に包み言い放つ彼は、僕の腕をいとも簡単に振り切った。
一見すると十代の少女のような容姿。けれど、アジアでも有数の女社長に気後れすることなく言い放つ態度。男としての魅力も充分に兼ね揃え、だからこそのバランスが僕を捕らえた。
出会ったのは偶然。
よく行く公園にある気に入りの桜並木。
中でも一番いい位置にあり、見事な枝を誇るその根元に、彼は座っていた。
望遠で捕らえた彼の表情は物憂げで、けれど時々鋭い視線を走らせる。
目が釘付け、大きな茶色の瞳が小さく細められる間際を、近くで感じたかった。
もっとそばで見たくなった。
風にたなびくさらりとした髪が桜の花びらを引寄せ、気がつけばシャッターを切っていた。
そう多分、あれが……僕の真実の瞬間……。
~~~~
公園の桜が緑を色濃くし、短い夏の陽射しを満面に受け、焼けたように茶色に変わる頃、肌寒さも増してくる。
この頃になると人恋しくて自然、足が暖かい方へと向かっていた。
おもいきり降る雪はいい。
心を捉えて離さないから。
けれど晩秋、初冬は物悲しすぎて、ぽっかりと穴が空いたようで心もとない。
葉を落とした剥き出しの木々。痩せて色を無くした草花。閑散とした海辺。もっと季節が深くなれば波が荒れ、色を成す。
だけど今は…やはり寂しいと言わずにはいられない。
だからと言って、季節が…急激に変化したわけではなく…。
確かに数年前に比べれば、作られたと言わざるを得ない自然が進出している。
けれど僕が捉えたのは、僕自身の中の変化。
それは急激に、鮮明に、僕を色づけた。
そう、今年の晩秋は、人恋しいと言うよりも、彼が…恋しい。
~~~~
趣味が昂じて描き続けている絵の仕上げをやるために一室に踏み込んだ僕は、一瞬、足を止めていた。
あれから4ヶ月も経つのに、記憶は浅ましいまでにそれを捕らえたまま、離すつもりもないらしい。
もちろん、無理に忘れたいわけじゃない。
ただ、手に入らないものを思い続けたところでどうなると言うのか。
手に入らないと言う前に努力してみろ、と言った友人もいた。
しかし、そう。
僕は、彼が、誰かを思っていること、それを望んだ。
初対面で愛想の悪かった彼が、次の瞬間には高い、素直な笑い声を聞かせてくれた。僕の見つめる先で、一挙一動を余すことなく披露してくれた。
彼は自身の価値をそれほど理解してなかったが、あれでは周囲の者が堪らないだろう。それとも、そんなことに拘っている僕が幼いのだろうか。
言いたい事はポンポンと言い退け、やりたことも思い立ったが吉日。一緒に行動するわけでもないのに、なぜか振り回されるようにばたばたとした月日だった。つまり、充実していたと言える。
僕は、部屋の脇に置いてあるパイプベッドに腰を下ろした。
もう、何度も洗ったはずのシーツが、けれど彼の香りを残しているような気がして、僕はそこに寝転がり、そして絵を見る。
あの日の彼の視線を探るように……。
『僕、好きだな、透の絵』
彼の声音が熱を帯びて、脳裏に蘇る。
仕上げと称して彼のそばにいる僕の背を、いや、その先を、彼は見ていた。にも関わらず、僕の手は不覚にも震えていた。
同室にいるだけで、心がはしゃいだ。
彼の存在を背に感じるだけで、満足感で心がいっぱいになった。
『…透』
彼が僕の名を呼ぶ。その響きが今も耳に残る。
その長めの前髪をかきあげて、細い指に掬われる髪が、はらはらと額を覆う。
彼は判っていないのだろう。そうして投げつける視線が、どれほどに欲情をそそっているか、など。
揺れる栗色の髪。潤んだ茶色の瞳。
アメリカ人だという彼の肌は、白人のそれよりも比較的黄色人よりだった。そう、滑らかな色と言うのは、その肌を言うのだろうと思う。
そして、その肌が……色づく。
彼の香りが、残像が色濃く残るこの部屋、そうあの日、一度だけ、嵐にも似た激情に翻弄され、彼を抱いた。
小柄な、けれど細いだけではなく、しなやかな…体躯。
色づく肌は…まさしく桜、桜色——————。
あれをそう例えても、決して過言じゃないと思う。
そして、今でも彼に触れる……夢を見る。
後にも先にも一度だけ見せた彼の涙。
暴走した僕の欲望が、涙を踏みにじり、彼を汚した…。
なのに、彼は笑顔を見せる。
穢れなど一欠けらもないように、ふわりと、しかし力強く。
せつなくも……、苦しかった。でも、より以上に甘美で…。
抜け出せなくなるのではないかと…戸惑い……。
そうなれればとさえ…願い……。
ゆっくりと身を起こす。
まだ、彼に縛られていてもいいのではないかと……。
『I don’t know Japanese』
見事な発音で冷やかさを存分に包み言い放つ彼は、僕の腕をいとも簡単に振り切った。
一見すると十代の少女のような容姿。けれど、アジアでも有数の女社長に気後れすることなく言い放つ態度。男としての魅力も充分に兼ね揃え、だからこそのバランスが僕を捕らえた。
出会ったのは偶然。
よく行く公園にある気に入りの桜並木。
中でも一番いい位置にあり、見事な枝を誇るその根元に、彼は座っていた。
望遠で捕らえた彼の表情は物憂げで、けれど時々鋭い視線を走らせる。
目が釘付け、大きな茶色の瞳が小さく細められる間際を、近くで感じたかった。
もっとそばで見たくなった。
風にたなびくさらりとした髪が桜の花びらを引寄せ、気がつけばシャッターを切っていた。
そう多分、あれが……僕の真実の瞬間……。
~~~~
公園の桜が緑を色濃くし、短い夏の陽射しを満面に受け、焼けたように茶色に変わる頃、肌寒さも増してくる。
この頃になると人恋しくて自然、足が暖かい方へと向かっていた。
おもいきり降る雪はいい。
心を捉えて離さないから。
けれど晩秋、初冬は物悲しすぎて、ぽっかりと穴が空いたようで心もとない。
葉を落とした剥き出しの木々。痩せて色を無くした草花。閑散とした海辺。もっと季節が深くなれば波が荒れ、色を成す。
だけど今は…やはり寂しいと言わずにはいられない。
だからと言って、季節が…急激に変化したわけではなく…。
確かに数年前に比べれば、作られたと言わざるを得ない自然が進出している。
けれど僕が捉えたのは、僕自身の中の変化。
それは急激に、鮮明に、僕を色づけた。
そう、今年の晩秋は、人恋しいと言うよりも、彼が…恋しい。
~~~~
趣味が昂じて描き続けている絵の仕上げをやるために一室に踏み込んだ僕は、一瞬、足を止めていた。
あれから4ヶ月も経つのに、記憶は浅ましいまでにそれを捕らえたまま、離すつもりもないらしい。
もちろん、無理に忘れたいわけじゃない。
ただ、手に入らないものを思い続けたところでどうなると言うのか。
手に入らないと言う前に努力してみろ、と言った友人もいた。
しかし、そう。
僕は、彼が、誰かを思っていること、それを望んだ。
初対面で愛想の悪かった彼が、次の瞬間には高い、素直な笑い声を聞かせてくれた。僕の見つめる先で、一挙一動を余すことなく披露してくれた。
彼は自身の価値をそれほど理解してなかったが、あれでは周囲の者が堪らないだろう。それとも、そんなことに拘っている僕が幼いのだろうか。
言いたい事はポンポンと言い退け、やりたことも思い立ったが吉日。一緒に行動するわけでもないのに、なぜか振り回されるようにばたばたとした月日だった。つまり、充実していたと言える。
僕は、部屋の脇に置いてあるパイプベッドに腰を下ろした。
もう、何度も洗ったはずのシーツが、けれど彼の香りを残しているような気がして、僕はそこに寝転がり、そして絵を見る。
あの日の彼の視線を探るように……。
『僕、好きだな、透の絵』
彼の声音が熱を帯びて、脳裏に蘇る。
仕上げと称して彼のそばにいる僕の背を、いや、その先を、彼は見ていた。にも関わらず、僕の手は不覚にも震えていた。
同室にいるだけで、心がはしゃいだ。
彼の存在を背に感じるだけで、満足感で心がいっぱいになった。
『…透』
彼が僕の名を呼ぶ。その響きが今も耳に残る。
その長めの前髪をかきあげて、細い指に掬われる髪が、はらはらと額を覆う。
彼は判っていないのだろう。そうして投げつける視線が、どれほどに欲情をそそっているか、など。
揺れる栗色の髪。潤んだ茶色の瞳。
アメリカ人だという彼の肌は、白人のそれよりも比較的黄色人よりだった。そう、滑らかな色と言うのは、その肌を言うのだろうと思う。
そして、その肌が……色づく。
彼の香りが、残像が色濃く残るこの部屋、そうあの日、一度だけ、嵐にも似た激情に翻弄され、彼を抱いた。
小柄な、けれど細いだけではなく、しなやかな…体躯。
色づく肌は…まさしく桜、桜色——————。
あれをそう例えても、決して過言じゃないと思う。
そして、今でも彼に触れる……夢を見る。
後にも先にも一度だけ見せた彼の涙。
暴走した僕の欲望が、涙を踏みにじり、彼を汚した…。
なのに、彼は笑顔を見せる。
穢れなど一欠けらもないように、ふわりと、しかし力強く。
せつなくも……、苦しかった。でも、より以上に甘美で…。
抜け出せなくなるのではないかと…戸惑い……。
そうなれればとさえ…願い……。
ゆっくりと身を起こす。
まだ、彼に縛られていてもいいのではないかと……。
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