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本当に欲しいもの 〜火星に行くのは拗ねたからじゃない

☆待てない…よ

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「だってさ…ん!…………っ……めんどうがないでしょ……ぁ…」
「もう黙って、ショーティ」

 完全に脱ぎ去ることなく両肩を落ちたローブは前がはだけ、淡い薄紅に染まる肌を覗かせる。自分だけが煽られている事実に、しかしどうしようもなく求める心に、触れてくるアーネストの指や口唇に声が止まることを知らず溢れてしまう。更に核心を触れる指先に、

「っあ!」

 ビクン、と背を反らしていた。柔らかくも激しいその手技に、

「ぁ……あ…っ!」

 頭を2度、3度と横に振り、求めるようにシーツを握りしめる。自然閉じられた目元に、首筋に、そして胸元へと触れるだけの口付けがもどかしくも快楽を煽る。そして、

「やっ…あ!……アーネスト!!」

 手の平とは違う感触に核心が包まれた瞬間、ショーティはその名を大きく呼んでいた。
 伸ばせば届くだろうアーネストの髪に、けれどままならず指がさまよう。まっすぐに伸びていた足がシーツを滑るように折れ、身を竦めたいような微妙な疼きは奇妙な力となり全身を覆っていた。

「……ぁ…………っ…」

 核心を覆う口内の熱。腿を忍ぶ覚えのある髪質。すべてがリアルで呼吸が乱れる。

「……息が…っ」

 詰まりそう…との言葉は口内で消えていく。
 丁寧すぎる追立が止まることを知らない悦楽へと導き、頭の芯がしびれ、他の事など何も考えられずショーティはただその熱に溺れた。仰け反る首根に声がかすれ、紅を帯びた体躯が薄闇に咲く。そして、

「アーネス……っ、あぁっ!」

 一際強い刺激に絞るような声音は喉元を溢れ、ふわりと宙に投げ出されるような浮遊感に心が跳ねた。

「…ぁ…はっ……は…っ」

 そのまま肩で荒く息をつき、酸素を求める。が、次の瞬間には身を縮めていた。開放したはずの熱が体内で更なるものとなり、足先が小刻みに震えはじめたのだ。

「な…んで…」

 一人零すように口を開くが、そんなものはわかっていた。
 まだ足りない、と訴えているのだ。

 浅ましいばかりの欲望に、望めば手にはいるだろう魅惑がショーティの身体を責める。

 身を竦めた状態から視線を上げると、ネクタイを取る瞬間のアーネストを捕らえ、視線があったそこで彼は笑みを覗かせた。

 優雅なまでのその仕草にショーティの中の何かが目覚める。

「僕もシャワーを」
「待てないよ」

 力を振り絞り身を起こすショーティは告げる言葉を遮ると、快楽の余韻で震える手を伸ばし、彼の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。その思わぬ力強さにアーネストがベッドに倒れこむ。

「ショーティ」

 ネクタイのないシャツの胸元は第二ボタンまで外されており、そこから覗く鎖骨に、呼びかけを無視して唇を寄せる。

 押し寄せる彼の香りが誘うようにショーティを引き寄せ、まるで高級ワインを楽しむかのように口唇で触れて、舌先で味わう。それからゆっくりと視線を上げると、アーネストの切れ長のそれとかち合った。途端、誰にも渡したくないとさえ思う。それでも、あのアーネスト・レドモンなのだ。完全に自分のものにすることはできない。ならばせめて彼の快楽だけは自分が与えたい。アーネストが誰か別の人を抱くと考えるのが嫌だった。それが女でも、ましてや男など。そして必然性に駆られれば……それを行うだろうことも、やらざるを得ない事も知っている。ならば、今この場所での事は、アーネストが意義を唱えないのならば、自分の欲するままに…。

「ショーティ…」

 名を呼ぶ響きに魅入られてキス。
 歯列を割って入ると簡単に絡め取られ、

「ん…」

 言葉がこぼれるのはショーティの方だ。

 与えたいのではなく奪い尽くしたいの間違いだろう、と心の奥底で何者かがささやく。そうかもしれないと脳が答え、滑るように頬に、その首筋に、鎖骨に胸元に、丁寧に服を脱がし、キスを貪る。

「ショーティ…」

 アーネストが小さく苦笑を浮かべる気配を察したが、そんなものは無視だった。

 滑らかな胸元。象牙のような肌。

 なぜこんなにも愛しいのだろうと思う。

 全てのモノから隠しておきたい大切な宝物のようで抱きしめたい衝動に駆られ、そのまま胸元に額を寄せる。彼の体温と鼓動を自分のものとするために…。そして顔を上げるショーティは、真っ直ぐにアーネストを見下ろした。みつめ返す瞳は異議を唱えるものでないことを確認し、視線を合わせたまま指先をベルトへと滑らせる。と、不意にその手を取られた。

「待てないよ。今すぐ欲しい」

 切実にねだると、アーネストは無造作に切られた髪にゆっくりと手を伸ばし、感触を楽しむかのように横へとすべらせ、

「素直だね」と柔和に微笑む。
「こと、これに関しては」

 他に言葉もなく、今更隠す必要もなく、ショーティははっきりと頷いていた。瞬間、腕をとられ、上下が逆になる。

「アーネスト!」

 思わず叫ぶように名を呼ぶと額に軽いキスを受け、思わず赤面してしまう。だが、シャツを脱いだアーネストの白い肌が薄闇に浮かび上がった時には、目を細めて喉を鳴らしていた。何も考えられずに、ただこれこそが本能なのだろうと思える瞬間の、凶暴なまでの取得欲。

「今すぐ、欲しい」
「…無理だよ」

 ショーティ、と諭すように名を呼ぶ響きがまるで合図のようで、比べると幾分か細い腕をアーネストの首元へ伸ばし抱きつくと、深いキスが…降りてきた。




 既に全身じっとりと汗ばみ、触れられる全てが性感帯になっていた。かする息遣いにさえも、はや頭がおかしくなりそうで、アーネストの侵入を促す。
 深く息を吸い、求める体の力を抜く。そして。

「んぁっ……」

 体積を増す圧迫感に全身が小刻みに震えた。それは直にアーネストへ伝わるだろうことを知っていたが、悦びを隠すことなく、

「…アーネスト……」

 薄く目を開き、自分の中を満たすその人をみつめる。

 深い金茶を湿した髪が揺れ、みつめ返す双眸が優しげな色を垣間見せる。
 本物なのだ、と思った瞬間、彼の軽い動きが視界を鈍らせた。

 もっと見ていたいとの思いと、もっと激しい動きを要求する思いがショーティの中に溢れる。

「っ……ぁ……」

 薄く目を開くか閉じるかの瀬戸際のショーティの表情は大人とも子供とも付かず、ただただ切にアーネストを、彼の与える快楽を、そして彼自身を導くように、飲み込んでいく。

 揺さぶられる振動に、息が上がっていた。

 もどかしくて頭を振ると既に渇ききった髪が頬に張り付く。その髪をアーネストが手の甲で払い、ショーティは促されるように右手をその頬へと伸ばした。
 夢でないことを自覚しているのに、それでも全身で触れてみたくて指を伸ばすと、触れるか触れないかの近距離で、不意にアーネストが手の平に軽いキスを落とす。

「っ!」

 奥深いところで誰にも邪魔をされることなく繋がっているのに、それだけでも充分にショーティの快楽を煽っていた。更に香りが、アーネストの身につけている香りが鼻腔をくすぐり、自然、身体が動き出す。
 頭上で軽く笑みを浮かべるような気配を察したが、確認することはできずに、

「ぁ、アーネスト…」

 その二の腕を握りしめる。そのまま、

「…名前……ん…名前を呼んでよ!……」

「ショーティ?」

「ん!……あ…っ…」

 名を呼ぶ響きに高ぶる思い。上がる体温。

「ショーティ…」

 一度目は窺うように、しかし2度目は労わるように呼びかけるアーネストに、体感の全てを奪われる。

「ん…あ、っ……あ、…っ!」


 このまま溶けてしまえれば————————。

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