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懐かしい風景
③ それは単純に…
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数日後。
「ワン!」
シャワーを浴びて出てきたショーティ目掛けて、愛犬のかなんが見事な茶金の尾を振りながら近づいてきた。
「寝てたんじゃなかったの?」
夕飯を終え、軽いお茶を交えてソファーでくつろぐアーネストの隣ですっかり寝入っていると思っていたかなんの様子に苦笑さえ見せて、当のアーネストの姿を探す。
「————ええ」
「ワォン、ワォン」
「電話…?」
なるほど、それで起こされたのかと納得しながら濡れた髪のまま電話口のアーネストを捉えた。が次の瞬間、おや?と思う。
「もちろん。喜んで。では、明日」
捕らえた瞬間、ふわりと口元に過ぎる笑みを見つける。そしてどこか甘い響きを残す言葉。
珍しい、の一言であった。
「なに?仕事?」
歩み寄るなり尋ねると、振り返り際にアーネストは柔らかな笑みを浮かべる。
「なんか楽しそうだけど、なんの仕事?」
「いや、仕事ではないよ」
「え?」
首にかけたままのタオルを取り、髪を拭きだしたショーティは、軽やかな否定に首をかしげた。
仕事ではなくアーネストが楽しそう…?
「相手はジェシカだよ」
「え!?」
訝しげな思いのままみつめるとアーネストが事も無げにさらりと言い放つ。途端、ショーティは手を止めて目を見張った。
ジェシカ・アナザー。間違いなくショーティの母親の名である。そして。
「オペラのチケットがあるけれど、行く人がいないから、是非一緒にと」
「それで!OKって?」
「本当はショーティを誘いたかったけれど、仕事だと聞いたらしくてね。僕に声を掛けた次第」
「うそだ!ぜっっっったいウソ!僕が仕事だってこと知っててアーネストを誘ったんだよ。アーネスト。断ったっていいんだよ!」
あの時きちんと断ったはずなのに、直接交渉それも直前の予約でくるなど思いもしなかったショーティだ。
「別に、オペラも久し振りだしね。ショーティもいないなら、僕に断る理由はないよ」
やや湿り気の残るその髪に軽く口を寄せて告げるアーネストにショーティは、
「けど!」と強い口調で続ける。
「下手に女の人と出歩いたりしたら記事にされてしまうよ?あることないこと書き立てられるよ」
真実はそこではないが…。
「それは杞憂だよ、ショーティ。それに義母だとはっきり言えばいいことだろう?」
「だけど…」
「ワン!」
簡単に否定され、言いよどむショーティの素足にかなんがふんわりと身を寄せる。洗い立ての香りがいいのか肌触りがいいのかそれとも単に構ってほしいのか、するりと身を寄せながら、
「クウン」と甘えたような声をあげた。
柔らかな茶金の毛並みが足元に心地よいのはショーティも同じで軽く身をかがめ、その喉元を撫でる。そして、ああ、ほんとにどうしてくれよう、と脳裏でつぶやいた。
母親という存在に弱いアーネストである。理由がないのならば彼に付き合いを破棄させることは、難しい。
いいんだけどさ、とかなんを撫でながらまたもつぶやく。
「それで、オペラ見て、ディナー?」
「いや、その前にウィルフォードさんのバースディプレゼントを買いたいから付き合って欲しいと」
「パパの!?」
がばっと身を起こすショーティに、驚いたのはかなんでピクンと耳を立て、アーネストの足元へと隠れるように身を翻した。
「だって、アーネスト。仕事は?」
「明日はルナを見に行くつもりだったから、時間はどうとでも」
「甘い!アーネスト、甘すぎるよ!半日以上ママに付き合ったら、もう、ヘロヘロのクタクタだよ」
「なら、君がいなくても、眠ることができるね」
「……」
毒気を抜かれるとはこのことだろうか。
それに多分アーネストはこんなにも反対するショーティの意図を介していない。もちろん、単純に考えれば母と仲良くしてくれるのは嬉しいものだ。そうなのだが、ショーティの中で母ジェシカは組めない相手だとの思いがある。具体的なことがあったわけでもあるわけでもない。そうなるとアーネストを諭すことはできない。諭すことができないのならば、
「ママはかなり調子がいいから気をつけた方がいいよ。気が付いたら振り回されてたなんてことになるよ」
真剣にそう訴えかける。が。
「……僕は、どちらかというと君の方が心配だよ、ショーティ。君は案外、女性のことを知らないんじゃないかい?ジェシカはまだ可愛い方ともいえるけれど……」
逆にそう告げられて、はや、何も言えなくなってしまった。
そんな彼に向かってアーネストは柔らかな笑みを浮かべる。
そのあまりにも優しい切れ長の双眸にショーティは思わず息を飲んだ。そのままその金茶の瞳をじっとみつめる。そして、ああ、そうだと思い出していた。言いくるめられることが、楽しかった。敵わないと思い知らされることで強さを手に入れた。いつでもどこへでもアーネストがいるから自分は頑張れるのだと思う。
そんな彼を両親ともに気に入ってくれている。
うん、これはこれで良いことなのだと思う。—————思うけれど。
「僕は母親とアーネストを取り合うつもりはないよ」
まっすぐに見つめたまま口を開くショーティにアーネストは一瞬、彼にしては珍しく目を見開き、
「ははは」と笑い声をあげた。
「そんなことがあったとしても、僕がどちらを選ぶかなんてわかっているだろう?」
わかってはいるが、選択肢をこちらに投げ返すし、と少しだけ不機嫌にもなる。
「じゃあ、しっかりと刻み込んでよ」
アーネストの腕を引いて、自分から口を寄せる。噛みつかんばかりにキスをすると、受け止めたアーネストがさらに甘く、深く……口腔内を刺激した。ゆっくりと離れる間際でさえ視線を逸らすことなく、
「仰せのままに」
ふわりと笑みをこぼした。
そんな仕草の一つ一つに今でも動揺してしまうショーティは、たまにはアーネストにも赤面の一つでもさせたいものだ、と考えながらも続くだろう快楽に思わず笑みをこぼして、身を委ねるのだった。
懐かしい風景 END
「ワン!」
シャワーを浴びて出てきたショーティ目掛けて、愛犬のかなんが見事な茶金の尾を振りながら近づいてきた。
「寝てたんじゃなかったの?」
夕飯を終え、軽いお茶を交えてソファーでくつろぐアーネストの隣ですっかり寝入っていると思っていたかなんの様子に苦笑さえ見せて、当のアーネストの姿を探す。
「————ええ」
「ワォン、ワォン」
「電話…?」
なるほど、それで起こされたのかと納得しながら濡れた髪のまま電話口のアーネストを捉えた。が次の瞬間、おや?と思う。
「もちろん。喜んで。では、明日」
捕らえた瞬間、ふわりと口元に過ぎる笑みを見つける。そしてどこか甘い響きを残す言葉。
珍しい、の一言であった。
「なに?仕事?」
歩み寄るなり尋ねると、振り返り際にアーネストは柔らかな笑みを浮かべる。
「なんか楽しそうだけど、なんの仕事?」
「いや、仕事ではないよ」
「え?」
首にかけたままのタオルを取り、髪を拭きだしたショーティは、軽やかな否定に首をかしげた。
仕事ではなくアーネストが楽しそう…?
「相手はジェシカだよ」
「え!?」
訝しげな思いのままみつめるとアーネストが事も無げにさらりと言い放つ。途端、ショーティは手を止めて目を見張った。
ジェシカ・アナザー。間違いなくショーティの母親の名である。そして。
「オペラのチケットがあるけれど、行く人がいないから、是非一緒にと」
「それで!OKって?」
「本当はショーティを誘いたかったけれど、仕事だと聞いたらしくてね。僕に声を掛けた次第」
「うそだ!ぜっっっったいウソ!僕が仕事だってこと知っててアーネストを誘ったんだよ。アーネスト。断ったっていいんだよ!」
あの時きちんと断ったはずなのに、直接交渉それも直前の予約でくるなど思いもしなかったショーティだ。
「別に、オペラも久し振りだしね。ショーティもいないなら、僕に断る理由はないよ」
やや湿り気の残るその髪に軽く口を寄せて告げるアーネストにショーティは、
「けど!」と強い口調で続ける。
「下手に女の人と出歩いたりしたら記事にされてしまうよ?あることないこと書き立てられるよ」
真実はそこではないが…。
「それは杞憂だよ、ショーティ。それに義母だとはっきり言えばいいことだろう?」
「だけど…」
「ワン!」
簡単に否定され、言いよどむショーティの素足にかなんがふんわりと身を寄せる。洗い立ての香りがいいのか肌触りがいいのかそれとも単に構ってほしいのか、するりと身を寄せながら、
「クウン」と甘えたような声をあげた。
柔らかな茶金の毛並みが足元に心地よいのはショーティも同じで軽く身をかがめ、その喉元を撫でる。そして、ああ、ほんとにどうしてくれよう、と脳裏でつぶやいた。
母親という存在に弱いアーネストである。理由がないのならば彼に付き合いを破棄させることは、難しい。
いいんだけどさ、とかなんを撫でながらまたもつぶやく。
「それで、オペラ見て、ディナー?」
「いや、その前にウィルフォードさんのバースディプレゼントを買いたいから付き合って欲しいと」
「パパの!?」
がばっと身を起こすショーティに、驚いたのはかなんでピクンと耳を立て、アーネストの足元へと隠れるように身を翻した。
「だって、アーネスト。仕事は?」
「明日はルナを見に行くつもりだったから、時間はどうとでも」
「甘い!アーネスト、甘すぎるよ!半日以上ママに付き合ったら、もう、ヘロヘロのクタクタだよ」
「なら、君がいなくても、眠ることができるね」
「……」
毒気を抜かれるとはこのことだろうか。
それに多分アーネストはこんなにも反対するショーティの意図を介していない。もちろん、単純に考えれば母と仲良くしてくれるのは嬉しいものだ。そうなのだが、ショーティの中で母ジェシカは組めない相手だとの思いがある。具体的なことがあったわけでもあるわけでもない。そうなるとアーネストを諭すことはできない。諭すことができないのならば、
「ママはかなり調子がいいから気をつけた方がいいよ。気が付いたら振り回されてたなんてことになるよ」
真剣にそう訴えかける。が。
「……僕は、どちらかというと君の方が心配だよ、ショーティ。君は案外、女性のことを知らないんじゃないかい?ジェシカはまだ可愛い方ともいえるけれど……」
逆にそう告げられて、はや、何も言えなくなってしまった。
そんな彼に向かってアーネストは柔らかな笑みを浮かべる。
そのあまりにも優しい切れ長の双眸にショーティは思わず息を飲んだ。そのままその金茶の瞳をじっとみつめる。そして、ああ、そうだと思い出していた。言いくるめられることが、楽しかった。敵わないと思い知らされることで強さを手に入れた。いつでもどこへでもアーネストがいるから自分は頑張れるのだと思う。
そんな彼を両親ともに気に入ってくれている。
うん、これはこれで良いことなのだと思う。—————思うけれど。
「僕は母親とアーネストを取り合うつもりはないよ」
まっすぐに見つめたまま口を開くショーティにアーネストは一瞬、彼にしては珍しく目を見開き、
「ははは」と笑い声をあげた。
「そんなことがあったとしても、僕がどちらを選ぶかなんてわかっているだろう?」
わかってはいるが、選択肢をこちらに投げ返すし、と少しだけ不機嫌にもなる。
「じゃあ、しっかりと刻み込んでよ」
アーネストの腕を引いて、自分から口を寄せる。噛みつかんばかりにキスをすると、受け止めたアーネストがさらに甘く、深く……口腔内を刺激した。ゆっくりと離れる間際でさえ視線を逸らすことなく、
「仰せのままに」
ふわりと笑みをこぼした。
そんな仕草の一つ一つに今でも動揺してしまうショーティは、たまにはアーネストにも赤面の一つでもさせたいものだ、と考えながらも続くだろう快楽に思わず笑みをこぼして、身を委ねるのだった。
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