月影の砂

鷹岩 良帝

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1 動き出す光と伏す竜

1-終話 遺跡と仲間?と旅立ちと

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 警報が鳴り響くなか、ルーセントは七体目の人型の警備兵と戦っていた。

「減らないな、何体いるんだよ! これじゃあキリがない。ゲートはいつの間にかシャッターが下りていて通れないし、時間もないのに」

 ルーセントが数体の警備兵を倒したとき、逃げようとゲートへと戻ってきたが、そこはすでに金属製のシャッターが下りていて通行が不可能になっていた。
 少年はあせりを浮かべつつも、囲まれないようにうまく立ち回って警備兵と戦い続けている。しかし、ルーセントが地下へと降りてきて二時間が経過していた。
 タイムリミットはあと一時間、ルーセントが今いる建物からエレベーターは歩いて三十分ほど。走ればニ十分ほどで着くであろうが、それを加味しても四十分未満で現状を打破しなければならない。

「くそっ! こいつらどこに逃げてもすぐ見つけてくるし、距離を取れば左手のクロスボウで攻撃してくるし、面倒くさいな!」

 離れている警備兵が、赤い目を光らせて少年に射かける。ルーセントは刃の側面で短いクロスボウの矢を何本か受け止めると、一番近くにいた敵が地面を水平に滑って、手にしていた長柄武器でルーセントを切り裂こうと横なぎに振るった。
 ルーセントが刀の切先に手を添えると、襲い来る敵の一撃を防ぐ。倉庫内に鈍い金属音が響いた。しかし、少年を襲う警備兵の力は常人をはるかに超えていて、受け止めたルーセントの身体に強い衝撃が走る。勢いを防ぎきれなかったルーセントは、そのまま数メートルの距離を弾き飛ばされてしまった。

 ルーセントは床を滑りながら、左手を地面に前傾姿勢のまま体勢を保っていると、三本の矢が少年の小さな身体に飛来する。軽い金属音が三回、ルーセントが矢を弾く音がリズミカルに響く。さらに遅れて二本の矢が飛来する。ルーセントはこれも弾くと、左腕に蛇のような炎の管を何本か巻き付けて左手で床を殴った。その瞬間、床から何本もの炎の柱が天井近くまで上がる。炎の柱で視界をさえぎられた警備兵の動きが止まると、ルーセントは床を強く踏みしめて一気に駆け出した。

 一瞬でトップスピードまで上げると、そのままの勢いで炎の柱を突き抜けて警備兵の首を切り落とした。

 ぶつかる金属音とは別の鈍い金属音が響く。

 ルーセントは気にも留めずに、次の警備兵と足を向けた。しかし、敵はすでにルーセントを狙って長柄武器を振るっていた。少年はふたたび刀を立てて受けると、今度は力を受け流しながら刀を上から巻き込ませて絡ませる。そのまま左足を下げると、相手の武器を自身の左へと流す。相手の武器は最初とは反対側に、ルーセントの刀は切先を下に構えていた。

 警備兵が抑えられた武器を解放しようと動けば、ルーセントも相手が動いた分だけ動く。完全に相手の武器を無効化したルーセントが、刀を敵の武器に沿って滑らせ間合いを詰めると、そのまま警備兵の首を狙って左上段から右下へと斬りつけた。
 ところが、刀が相手の首に触れて力がかかったとき、“パキン”と甲高い音とともに刃が折れてしまった。

 王都から今まで使い続けてきた刀がとうとう限界を迎える。折れた刀にバランスを崩すルーセント。警備兵はそのタイミングを逃さなかった。一瞬だけ目が赤く光ると、目の前にある小さな身体を、その背中をめがけて長柄武器を振り下ろした。

 バランスを崩したまま、どうすることもできないルーセントは、もうだめだ、とあきらめた顔で目を閉じた。しかしルーセントに届いたのは、痛みではなくて金属音だった。
 警備兵の振り下ろした武器は、ルーセントが背負っていた弓と矢筒によって防がれていた。しかし衝撃まではどうすることもできずに、ふたたび勢いに負けて吹き飛ばされてしまう。止まった先は、行き止まりの狭い通路であった。

 なんとか一命は取り留めたものの、絶体絶命には変わりない。何体もの警備兵が狭い通路に押し寄せる。ルーセントはすがる思いで背にする矢筒と弓に手を伸ばした。

「お願いだから、助かったついでにもう一回なんとか……」

 祈るように矢を取り出すルーセント、矢は願いを受け取ったかのように降りたたまっていた先端部分が開く。何かの起動音とともに二メートルもある雄大な光景が姿を現した。
 長すぎて普通には構えられなかったルーセントは、弓を斜めに構えて矢をつがえる。すると、持ち手部分、矢をつがえたすぐ上にある小さな液晶画面に記号や文字、数字が表れた。点線で表示されている着弾予想地点を警備兵へと合わせる。ルーセントが矢を放つと、ヒュッと空気を切り裂く音とともにうなりをあげて矢が飛び出していった。

 矢は、狙った場所から一切のズレもなく警備兵の胸に抵抗なく吸い込まれていく。一体、二体と重なる警備兵を何体も貫くと、正面にあったゲートのシャッターに突き刺さって止まった。

「おお! なんだこれ、最初からこれを使えばよかった」

 ルーセントが命の恩人を眺める。弓はそれに答えるかのように、照明の光をキラリと反射させた。
 矢によって貫かれた警備兵が動きを止めて崩れ落ちる。それとともに小さな爆発を引き起こした。

「やっぱり、中に人がいるわけじゃないんだな」

 余裕が生まれて落ち着きを取り戻したルーセントが、今度は時計に目を移す。非常電源が停止するまであと四十五分。ギリギリまで迫ったタイムリミットに、ルーセントは折れた刀を鞘に戻すと、バーチェルに買ってもらった新しい太刀を抜いた。

「邪魔だ」

 ルーセントは残る二体に左手を向けると、雷の魔法をたたき込む。その魔法が直撃すると、動きを止める警備兵。ルーセントは不思議に思いながらも、絶好のチャンスを逃さなかった。
 刀を頭の上まで上げると、炎と雷をその刀にまとわせた。それは少年の前腕部にまでおよぶ。

「貫け、三叉の牙トライデントファング

 魔法の名を口にするルーセントに合わせて、炎が吹き上がり雷がほとばしる。振り下ろす刀から、床を走る雷をまとう三本の炎が途中で虎の姿に変わると警備兵を襲った。
 二匹の虎が警備兵を飲み込むと、敵は融解するとともに爆発を引き起こした。最後の一匹はうしろにあるシャッターを襲う。大きな爆発音とともにシャッターには一人分の穴が開いていた。

「よし、これで、帰れるぞ」

 ルーセントは、使いすぎた魔力に疲労を感じて、刀を支えに床に膝をついていた。ホルダーから魔力の回復薬を取り出すと、一気にそれを飲み干した。

「これなら間に合うな」

 ルーセントは金属の入ったバッグを忘れずに拾うと、新たな敵が来ないうちにエレベーターへと乗り込んだ。


「……なんだ、これ?」

 一階のエレベーターの扉が開くと、そこには多数の警備兵によって囲まれていた。
 絶望に愕然とするルーセントだったが、上階で最後に相手をした警備兵のことを思い出す。雷の魔法で動きの止まった映像を。
 ルーセントはふたたびホルダーから魔力の回復薬を取り出すと、あるだけ飲み干した。

「お前らは雷に弱いんだろ? だったらこれをくれてやるよ!」

 ルーセントが太刀を引き抜くと天に掲げる。刀を持つ右手に雷が走ると、警備兵のはるか上空から数十、数百の雷が飛来した。
 すさまじい閃光せんこう轟音ごうおんが周囲を襲う。

「これで、懲りただろ?」

 動かなくなった警備兵を見て満足していると、ルーセントの後方から“ガシャン”と音がした。
 聞きなれた音に、うんざりした顔のルーセントがエレベーターのうしろにある各通路をのぞき見ると、そこにある作業通路から新たな警備兵が現れた。

「もういいよ……」

 ルーセントは刀を収めると、一気に駆け出して入り口へと向かった。
 建物を出た後も警備兵たちは地面を高速で滑って追いかけてくる。しかし、守護者の恩恵によって強化されているルーセントをとらえるまでではなかった。

 少年が警備兵たちをぐんぐんと引き離していくと、さっさと地上に戻るエレベーターへと乗る。外へ出る通路に顔を出して周囲を探るルーセントは、警備兵がいないことを確認すると一気に外へと出た。閉まる施設の扉、その音とともに施設の電源が切れて停止した。
「もう二度と、変な建物に入るのはやめよう」そう誓うルーセントであった。


 ルーセントがキャンプ地に戻ると、コリドールに戻るために荷物を抱えていた。
 順調に森の中を歩いていると、突然視界を奪うなにかが、ルーセントの顔にへばりついた。

「もんがぁごわ⁉」

 暖かくふさふさした感触におどろいたルーセントが、すぐに荷物から手を離すと、顔にへばりついている何かを引きはがした。

「なんなんだよ」

 その正体は、灰色と茶色が混ざったリスのような生き物だった。身体はこぶしほどで、平べったい長い尻尾を背中にくっつけていた。もふもふとした謎の生き物、そのクリクリとした瞳からは涙が流れていた。

「きゅ! きゅ! きゅう!」

 ルーセントに首のうしろをつかまれている謎の生物が、短い手足をバタバタと動かして暴れている。

「なんだよ、お前からぶつかってきたんだろ?」
「きゅっ、きゅっ、きゅう!」
「何を言ってるのか、全然わからん」
「きゅうぅぅぅ」

 ルーセントの言葉にうなだれる謎の生物。一人と一匹が戯れていると、複数のうなり声が聞こえてきた。

「なるほど、お前はベシジャウドウルフに追われてたのか」
「きゅう、きゅう」謎の生き物が満足そうにうなずく。
「ひょっとして、言葉がわかるのか? まあ、いいや。とりあえずフードの中に入っとけ」

 ルーセントが、上に羽織っていた大きなフードの中に謎の生き物を入れると刀を構える。そこにベシジャウドウルフが少年を取り囲んだ。しかし、ウルフたちはすでにルーセントの敵ではなかった。一瞬のうちに倒すと、謎の生き物が肩の上に止まって満足そうに「きゅう」と鳴く。ルーセントはふたたび肩にいる小動物をつかむと木の枝に置いた。しかし、すぐにルーセントの肩に戻ってきてしまう。

「なんだお前? ついてくる気か?」
「きゅう、きゅう」ふたたびうなずく謎の生き物。
「まあ、いいか」

 ルーセントは悩むまでもなく、付いてくるなら仕方ない、と連れて帰ることにした。


 ルーセントが無事にヒールガーデンに戻ると、そこからが大変だった。
 見慣れない矢筒を持っていたルーセントに、バーチェルが「それはどうしたのだ?」と聞く。ルーセントが素直に答えたところ「不用心すぎだ! 不用意に危険には近づくな!」と散々に怒られてしまった。

 そして、次は手に入れた謎の金属を鍛冶屋のガンツに見せたとき。これで新しい刀を作ってほしい、とお願いすると「なんだ、これ? こんなもん見たことがないぞ?」と言われてしまった。
 調べてもらうために預けていたところ、一週間ほどが経過したときにガンツが血相を変えて道場にやってきた。

「ルーセント! こいつはどこで手に入れた! こいつは、今や作り方すらわからない伝説の金属“カーリド合金鋼”だぞ」

 そういわれて数日後、今度はガンツから報告を受けた領主が訪れて、ふたたび遺跡へと行くことになってしまう。しかし、すでに電力は失われていて何の反応も示さないでいた。そこに「次に見つけたときは、勝手に入らずにギルドに通せ!」とふたたび怒られてしまった。

 最後は謎の生き物に。

 いつものように、街中を謎の小動物を肩に乗せて歩いていたルーセント、そこに一人の商人が興奮した様子で話しかけてきた。
 商人曰く、この生き物はウリガルモモンガと言って生存数が極めて少なく、人になれることも珍しいらしいと。それでいてこの生き物は幸運を呼ぶ生き物として、大変に高価な値で取引されているとのことだった。
 ルーセントはそれから三カ月の間も、この商人に売ってほしい、と付きまとわれて散々の日々を送った――。


 光月暦一〇〇三年 三月

 今年で十三歳になったルーセントの身長は百六十二センチまで伸びていた。
 今は王都の訓練学校に行くために馬車を待っている。見送りに来たバーチェルが、ルーセントの肩の乗るホコリを払う。

「よいか、ルーセント。守護者を解放してから約二年、お前はずいぶんと強くなった。だが、まだ伸びる余地は十分にある。決しておごることなく修練を続けよ」
「わかっています。今度はいつ帰ってこられるか、わかりません。父上も身体には気を付けてくださいね」
「そうだな、まだお前には教えることがたくさんある。気を付けよう」

 二人の会話がひと段落すると、遠くからルーセントの名を呼ぶ声が聞こえる。声の主はガンツであった。その手には一振りの太刀が握られていた。

「おう、間に合ったな。頼まれていたやつだ。見てみろ、俺の今までで一番の傑作だ」

 太刀を受け取ったルーセントが、さっそく引き抜いて刃を見る。
 ガンツが自身の最高傑作と謳うその刀は、刃長が七十八センチもあった。反りは約三センチ。元幅が広くて、先幅が狭い極めて優美なその姿に、バーチェルもルーセントも感嘆の声を上げる。棟からしのぎまでが黒みがかった色をしていて、刃の部分はうっすらと赤みを帯びていた。

 刃の部分は通常の多重構造とは違っていて、同素材のみで作られている無垢鍛むくぎたえ。さらには、峰の部分が三角形の庵棟いおりむねとなっており、先端は通常よりも長い大切先おおきっさきとなっている。刃文は刀身全体にまだらな模様が浮かぶ皆焼ひたつらやきで、持ち手の柄には赤い糸が巻かれていた。

「これは見事だな。豪にしてこんな優美な刀は見たことがない」バーチェルが我慢できずに刀を評する。
「ありがとうございます、ガンツさん。生涯、大事にします」満足にほほ笑むルーセント。
「おう、なんか照れるな。お前も王都でがんばれよ」
「はい、行ってきます」

 御者に「時間です」と言われてルーセントが馬車に乗る。見送りに来てくれた人たちが見えなくなるまで、ルーセントは手を振って別れを惜しんでいた。

 向かう先は王都にある『王立べラム訓練学校』これよりルーセントの長く険しい道が始まる。流れ落ちる砂はどんな歴史を刻んで形を作るのか。絶望との戦いが静かに始まろうとしていた。
 そんなことを知る由もないルーセントは、今はのんびりと馬車に揺られて王都へと向かうのであった。
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