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百合の匂いに誘われて

神子の庭に仕える人たちのこと

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しばらく神兵の皆さんに囲まれながらお茶を楽しんでいたら、今度は静かに扉が開き白いロングワンピースを着た女性が数人部屋に入ってきた。

……俺、神子様なのに……、だれも入室の許可を取らずに部屋に入ってくる……なんでやねん。

しかし、この人たちは神兵の隊長ナリヒサさんが言っていた侍女たちだろう。
これからあれやこれやお世話になるので、低姿勢で接しよう。
女性は怒らせたら怖いからな……。

俺はソファから立ち上がり、彼女たちを迎え入れる。

先頭にいた女性は、黒い髪に白いものが混じる細身の品の良いタイプで、俺の前で恭順を誓うように腰を落として頭を下げた。

「神子様、この未熟な我らのもとに遣わされたこと御礼申し上げます。このツバキ、誠心誠意尽くして参ります」
「はあ……。あのぅ、頭を上げてください。違う世界にいきなり連れてこられて……困ってるんです。いろいろと助けてくれれば嬉しいです。あ、ルイ・タテワキです。ルイって呼んでください、ツバキさん」
「はい、ルイ様。私共はルイ様の召使いでございます。どうぞ、ツバキとお呼びください」

……それは、無理かなぁ。ナリヒサさんもそうだけど、年上の方を呼び捨てって……、小市民だった俺にはハードル高いわー。

「すみません。正直に言いますね。俺は召使いとか初めてなんで、偉そうにできません。年上の方を呼び捨てなんて、用事があっても貴方たちを呼ぶことすらできなくなります。俺がここで気持ちよく過ごせるように、俺のやりたいようにさせてくださいませんか?」

ツバキさんは困惑気な顔で、神兵隊長のナリヒサさんを見る。ナリヒサさんも苦笑しているよ。

「公にちゃんとするときはします!……ダメですか?」
「……そうですね。ここは神子の庭。神子様のお気持ちが一番ですね、ようございます。お好きなようになされませ」

ツバキさんは諦めたようにそう言った後、手のかかるやんちゃ坊主を慈しむように笑ってくれた。
そして、後ろに控える女性たちにも俺の気持ちに沿うように、と命じてくれる。

あー、よかった。
これで少しは気楽に過ごせるかな? ナリヒサさんたち神兵もツバキさんたち侍女さんたちも、ウエルカムな俺には優しいし気を遣ってくれるだろうしね。

ホッと胸を撫で下ろしていると、ツバキさんは二人の侍女に「湯浴みの準備を」と指示を出した。
ん? 湯浴みってお風呂のことだよね?

「ルイ様。大神官様が接見を望まれてます。ご準備を」
「あの、俺、ひとりで風呂……入れます」
「湯浴みには侍女を付けようかと……」

いやいやいや、妙齢な女性と風呂って、無理でしょ?
俺は頑張りました。
なんとか俺の男としてのプライドを守りながら、侍女の仕事を奪い過ぎない程度のご奉仕を受けるラインで妥協しましたよっ。ふーっ。


ちなみに、お風呂から出たあとのマッサージ中に、ツバキさんの名前について質問しました。
ナリヒサさんといい、ツバキさんといい、なんでそんな日本人みたいな名前なの?

どうやら、神子の庭に仕える人は、ある日突然、左手の甲に赤い模様が浮かび上がるらしい。
それは神様からのお召しで、その神託を受けた人だけが神子の庭の神官やら神兵やら侍女・従者になれる。
驚いたことに料理人や厩番も神託が降りた人のみだという徹底さ。
神子がここに居るのは短い間なのに……、神子がいない間はヒマじゃないの?

「いいえ。神子様に関する書物を読み、神様に祈りを捧げ、静かに一日一日を過ごすのですよ」

そう寂しく笑うツバキさん。
やっぱり、神子の庭になんか仕えたくなかったのかな? 家族とも離れ離れだもんね。

しかし、神様は全てお見通しだった……。
なんとここに仕える人は自国に居られない事情や、家族を亡くし生きる目的をなくした人などがほとんどで、神子の庭に仕えることにならなくても、神殿勤めなど俗世から離れるつもりだったと。
そして、神子の庭に入るとき、それまでの名前を捨て新しく名前を授かる。
授かる? 誰から?

「神様からですよ。神子の庭で初めて神様に祈りを捧げたときに、授かるのです」
「へー、それがツバキさんの名前なんだ……」
「ええ。意味はわかりませんが、綺麗な響きの音で気に入っております」
「花だよ。俺のいた世界では、綺麗な花で……うーん、気高くて健気なイメージかなぁ。ツバキさんにピッタリだね!」
「そうですか……。それを聞いて益々この名前を大事にしようと思いました。教えてくださりありがとうございます」

ツバキさんは、ニッコリ笑顔で、ぐぐぅっと俺の足の裏をマッサージ。

あ、ちょっと待って……、イテッ、イテテテ。そこ、痛いです。

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