喪失

木蓮

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月明かりの中、リアナカル離宮に着いたのは、そろそろ真夜中に近い時間。門に立つ衛兵が、私の姿を見て驚く。私でなければ即座に止めるのだろうが、どう対応すべきなのか、戸惑っているのが見て分かった。

『すまない、叔父上がいらっしゃるのだろう?事・情・は・把・握・し・て・い・る・』 

その言葉に、衛兵が互いに顔を見合わせた。

『ここには誰も来なかった。叔父上達以外は。いいかな?』

穏やかな口調だけど、有無を言わさぬ目線を向ける。若干顔を青ざめさせて衛兵達は頷いた。
騎乗して来た愛馬を衛兵に任せて中に進む。ここに来たのはいつ以来か。子供の頃に何度か訪れた記憶があるが、昔の記憶と全く変わっていなかった。

建物の中には入らず、庭から奥の部屋に向かう。高祖母が好きだったと言う温室の側の部屋に多分ミリアはいるのだろうから。
庭から温室のある奥庭へ入ろうとした時に、目の前にライラが現れた。

『アーレン殿下。ここから先は……』

『分かっている。何もしない。ただ、自分の目で確認したいだけだ』

何をどう確認したいのか。自分でもよくわからない。ミリアと叔父上が二人でいる姿を自分の目で見れば納得するのか、それともミリアの姿を見れば諦められるのか。リアナカル離宮に向かう間、ずっと考えてきた。今だに自分の中で答えは出ない。10数年の間、ずっと想い続けていたミリアを諦められるのか。叔父上がいようとも、このまま彼女を攫って自分のモノにしてしまえばいいのではないか。何度も何度も考えて、それでも答えは出なかった。

止めるライラの脇を通り過ぎる。ライラは何も言わず、深く頭を下げるのみ。温室に面する奥庭の生垣の門に手をかけると、庭に面してうつむき加減でテラスに座り込んでいる叔父上の姿があった。

何かを考えているのか、表情は硬く顔色も冴えない。
身動きもせずいる叔父上。そばにミリアの姿は見えず、叔父上に声をかけるのであれば今かもしれないと門を開けて奥庭に足を踏み入れようとした時に、テラスに面したカーテンからミリアが出てきた。
何も身に着けていないであろう身体にシーツだけを巻きつけて、月の光に照らされたミリア。

『ミリア!』

彼女の気配に気づき、叔父上が振り向き駆け寄ろうとしたが、急に足を止める。
ミリアが叔父上に声をかける。ミリアに詫びながらも、叔父上の手が彼女の頬に触れる。

『ミリア、すまない。愛しい君を傷つけたくはなかった。アーレンが君を王太子妃として迎えたいと望んでいたのも知っていたのに、君もアーレンを好いている様子だったし、2人が互いに望むのならばと、叔父として二人の幸せを見守らなければとずっと思っていたのに。アーレンがリアナカル離宮に君を呼び出したと聞いて、まさかと思って同行すればライラがいて。ライラが離宮にいるという事は、アーレンが業を煮やして君を手に入れようとしているのだと、そう思ったらもう止められなかった.......』

感情の高ぶりがそうさせるのか、震えながら叔父上がそう告げ、彼女を抱きしめた。

(私のせいだ。私が自分の意を通そうとしたから、それが叔父上の想いの引き金を引いたのか。結局のところ、自分で自分に止めを刺した様なものか。父上に何を言われようとも、自分らしくいれば、叔父上がこんな決断をする事はなかったのかもしれない)

自分の決断が取り返しのつかない結果を導いた。叔父上をそしてミリアを傷つける様な結果になってしまった。今更どうにも出来ない事実にアーレンは打ちのめされた。

泣きながらミリア抱きしめ続ける叔父上。自分の犯した罪にいたたまれなくなってアーレンが二人から目をそらそうとした瞬間、ミリアが叔父上の背に腕を回して抱きしめた。

『ミリア......?』

驚いた叔父上がミリアを見つめると、ミリアが優しく叔父上に囁く。

『ロイド様、初めてお会いした時の事を覚えていらっしゃいますか?』

ミリアの優しいながらも凛とした声がアーレンのところまで聞こえてくる。
ミリアが五歳の頃に叔父上と出会っていて、その時から想いを寄せていたと。
薔薇の妖精かと思ったが、その薔薇の妖精は自分の父親の友人だったこと、大きくなったらその人の妻になりたいと父親に宣言したこと。赤くなりながら話続けるミリア。そんなミリアの告白に、もうこれ以上染まらないという程に顔を赤く染めた叔父上が一瞬驚いた表情を浮かべ、私も見た事の無いような笑顔を浮かべてミリアに口づけをした。

抵抗する事もなく、嬉し気に受け入れるミリアの姿を見て、アーレンはそっと踵を返した。
始まりはどうであれ、ミリアは叔父上を受け入れ、叔父上はミリアを手に入れた。自分にはもう手の届かないミリア。どれだけ苦しくても、どれだけ叫びたくても、もう...........。

後ろを振り返らずに前だけを見てアーレンは進んだ。目から零れる涙をそのままに、唇をかみしめ前を向く。自分にはもうそれだけしか許されない。自分を信じて送り出してくれた彼らの為にも。


***********************************************


『おはようございます、アーレン様。入っても宜しいでしょうか?』

扉の向こうの廊下から、フリートの声が聞こえる。

『構わない』

返事を返し、外を眺めていた窓辺から振り返ると、フリートとリハルトが二人で部屋に入ってきた。

『もうよろしいのですか?』

フリートが尋ねる。リハルトは口は出さないものの、表情を硬くしている。多分、一睡も出来なかった私の顔色に気がついて不安に思っているのだろうとは想像がついた。

『あぁ、すまなかった。昨夜は色々と二人に心配をかけたな。でも、もう大丈夫だ。大丈夫』

自分に言い聞かせる様に二人に答える。

『アーレン様.........』

何とも言えない表情を浮かべる二人。臣下にそんな顔をさせるのは私が至らないからだと反省する。起こしてしまった事はもう無かった事には出来ない。失った信頼を取り戻すのには、また努力するしかないのだろう。

『フリート、父上に時間を取っていただけないかどうか、伺いを立ててみてくれ。父上の意見を伺いたい事があると』

『アーレン様....,。かしこまりました、陛下に言上致します』
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