喪失

木蓮

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『何故だ。フリート、何故離宮に行くのが駄目なのか?』

焦る気持ちを隠して、フリートに尋ねる。

『アーレン様、本当にお分かりではないのですか?心当たりはないのですか?』

フリートがじっと見つめてくる。フリートはミリアの事に気付いている?!
私の邪な思いを?いつ気がついたのか?まさか.......
そう思うと、後ろめたさもあり、フリートから視線を外す。

『アーレン様。アーレン様がミリア様の事を、ずっとずっとお慕いしていたのはわかっておりました。ミリア様だけしか見ず、ミリア様を得る為に努力してきた日々。ずっとお傍にいたからこそ、アーレン様の努力が報われるべきだと思ってました』
『フリート....』
『難色を示していた侯爵もようやく納得し、アーレン様をお認めになられて。ミリア様と仲もゆっくりですが、少しずつ前に進んでいたように思えますのに、何故、何故なのですか?』
『………』
『手紙を届けてに参りましたロイド様の侍従に、陛下が説明を求めたのです。状況をお聞きになった後、先程のお言葉をおっしゃったのです』

フリートの説明に言葉もなかった。父上にも、ミリアの気持ちを尊重する様に言われていたのに。

『それから、ミリア様はロイド様の婚約者になられます。発表は新年の祝辞会の予定です』

叔父上が、ミリアの婚約者?何を言っているのだろう。ミリアが叔父上と?そんな馬鹿な…。

『嘘だ。そんな事あるはずない』

突き付けられた事実を受け入れられなくて、アーレンは叫ぶ。

『嘘だ、嘘だ、嘘だ。ミリアが叔父上となど、そんな馬鹿な事があってたまるか。そんな事は認められない‼︎』

フリートは、痛ましそうな表情を一緒浮かべたが、直ぐに隠し淡々とアーレンに告げる。

『元々、ミリア様とロイド様の婚約のお話はミリア様がお生まれになった頃からあったとの事。しかしながら、年齢が離れている事もあって、ミリア様が10歳を迎えられたら発表をと王家と侯爵家で話し合われていたと。ただ、アーレン様の5歳の誕生日でミリア様を見そめられた為、一旦ロイド様とのお話はなかった事に』

『ロイド様は、アーレンがミリアをと望むのであれば、と。侯爵はミリア様が望まない限りは認めないとの姿勢は崩されなかった様ですが。それからはアーレン様もご存知の事ですよね?ロイド様はアーレン様がお生まれになった後、王位継承権を放棄されて臣下に降りました。ミリア様の事も、アーレン様の望みであればと。それらを申し訳なく思った陛下が、ロイド様に何か一つどんな願いでも叶えると話されてい
たのです』

『それがミリアとの婚約か』

何故、なんだ。何故、今。

『そうなんでしょう。これまではロイド様は表だってミリア様の事について意思表示をされる事はありませんでした。どちらかと言えば、侯爵様にアーレン様との事を考えてみて欲しいと後押しをしてくれていましたよね。それはアーレン様もご存じでしょう?』

確かに、叔父上からはミリアについて、表立って反対する様な態度も素振りもされた事はなかった。侯爵に口添えをしてくれていたのも知っている。

『多分、これは私の推測ですが、ロイド様は今回のアーレン様のミリア様への企てを知って、決められたのではないかと』
『何をだ』
『ミリア様を得る事をです』

『陛下もミリア様のお気持ち次第だとおっしゃられていました。勿論、侯爵様もミリア様のお気持ちを一番にお考えでした。でも、今回の事は、ミリア様の望まれた事ではありません』
『いや、ミリアに私の想いを伝えれば、ミリアも私の想いに答えてくれたかもしれない!』

これは言い訳だ。でも、言わずにはいられない。諦めてしまったら、本当にミリアは......。

『リアナカル離宮。ここは王族の方にとって特別の想いがある場所です。ミリア様の意志ではなく、離宮に留めようとなされた事が、きっとロイド様の行動のきっかけになったのだと』

そんな事。そんな事は考えもしなかった。自分の行動が叔父上の行動のきっかけになっただなんて。
そんなにも叔父上にとってミリアは......。

『陛下もお認めになりました。もうアーレン様がどうあがこうとも、結果は出ているのです。陛下のお申しつけを守られなければ、幾らアーレン様でもどんな罰を与えられるか分かりません』

私が勝手に動けば、私だけの罰では済まない。側近のフリートやリカルドにも罪が及ぶ。喉が破ける程叫んだとて、目から血の涙を流そうとて、もう、ミリアをこの手に抱く事はかなわない。それだけ辛くても、血を吐くほど辛い事だとしても、自分の想いだけを通す事で、私の臣下を罪にさらす事は出来ない。
もう、ミリアを想う事も。あの笑顔を見る事もあきらめなければならない。

『アーレン様。自分が動く事で、私達が連座する事を心配されているのですね、きっと。アーレン様はそんな方です。自分の事よりもまずは臣下の事を考える。そんなアーレン様だからこそ、私もリハルトもなんとかミリア様と結ばれて欲しかった』

フリートの目から涙が零れる。

『陛下から今宵は一歩も王宮から出してはならないと言われております。私もリハルトも寝ずの番でアーレン様を見守りする予定です。ただ、私はこれからアーレン様をお部屋までお送りしたら、明日の件で少し席を外します。リハルトも警護の件打ち合わせ次第お部屋の前で待機をする予定ですが、まだこちらにはきておりません』
『フリート......』
『アーレン様。陛下のお言いつけを守って、部屋から抜け出す事はないと私たちは信じておりますので、部屋の扉の前で一晩待機しております。朝の鐘が鳴りましたらお部屋にお邪魔します』

(部屋を抜け出しても朝までは確認しないとフリートは言外に伝えているのか。ただ、もし事が露見したら、自分はともかくもフリートやリハルトに迷惑をかけてしまう)

躊躇うアーレンにフリートが背中を押す。

『アーレン様。私達はアーレン様の臣下です。いついかなる事が起きようとも、アーレン様のお傍に』

深く深く頭を下げるフリート。
すまない。臣下にこんな思いをさせるなど、上に立つ者としては失格だ。ただ、今宵だけ、今宵だけは私を許して欲しい。

『ありがとう、フリート。リハルトにも伝えてくれ』

フリートの先導で部屋へ戻る。扉を閉めてからは、廊下に人の気配はない。窓から身を乗り出し、部屋の前にある木に飛び移る。子供の頃、勉強が嫌で部屋を抜け出す時に、よくやっていたなと思いだす。フリートは高いところが苦手で半べそをかきながらついてきて。リハルトは一番に逃げ出して。
結局のところは露見し家庭教師に3人そろって説教をされるのだが、あの時が一番何も考えずに過ごせた日々だった。今はただただ懐かしい。

王宮を抜け出し、扱い慣れた愛馬にまたがり、一人リアルカナ離宮に向かう。
冴え冴えとした月がアーレンを照らしていた。
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