初恋 〜 その裏側

木蓮

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後編

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エリーゼ嬢とアルフレッドの中は穏やかにゆっくりと進んでいった。1ヶ月に1度のお茶会。互いの理解を深めていく為に、2人だけで過ごすのだ。たわいのない近況報告。熱く燃え上がる様な情熱はないが、穏やかに互いを思いやる関係性を築いていっているのだろうと思っていた。しかし、アルフレッドが学院に入学してから、少しずつアルフレッドと令嬢の間に距離が出来つつあった。

『宰相、今日はアルフレッドと令嬢のお茶会の日ではなかったか?』

『さようでございます』

『アルフレッドの姿が見えないが......』

『アルフレッド様は王城内にはいらっしゃいません。城下でシルナベル伯爵のご令嬢とご一緒の様で』

『またか.....』


目を通していた書類から顔を上げる。苦み走った表情をしたサイラスの顔をみる。

『エリーゼ様がお可哀そうです』

執務室の窓から城内の中庭を見下ろす。お茶会用にセッティングされた東屋に、エリーゼ嬢だけが座っている。アルフレッドが学園に通うに様になって、エリーゼ嬢とのお茶会の時間が徐々に短くなり、回数が減り、しまいにはアルフレッドが姿を現わさないなど、エリーゼ嬢をないがしろにした行為が目立つようになっていた。学園を調べれば、アルフレッドと同い年の伯爵家の令嬢と親密な関係になりつつあるとの報告書が上がってきた。

それとなくアルフレッドに対して苦言を呈した。婚約者として礼儀を弁えよと諭したが、不貞腐れた表情を隠しもせず、弁えていると返答するのみ。我が子ながら頭が痛い。アルフレッドの将来の側近として傍に置いたサイラスの嫡男がその行いを諫めたものの、聞き入れず叱責して傍から遠ざけてしまった。王とは、甘言だけでなはく、苦言を呈する臣下こそ大事にせねばならないのだが.....。

そんなアルフレッドとは対照的に、エリーゼ嬢は毎日厳しい王太子妃教育を受けていた。幾ら古くからの名門の公爵家の令嬢といえども、簡単な事ではない。妃として求められるものは高い教養に非の打ちどころのないマナー。将来の王妃としての国母とのしての資質。数え上げたらきりのないその厳しい内容に、時々隠れて涙している姿を見かけた事も何度もあった。
小さなエリーゼ嬢に望むのはあまりにも不憫で、嫌なら無理をすることはない、学院を卒業してそれから教育をしてもいいのだと、エリーゼ嬢に諭した事もあった。
その度に

『国王陛下、申し訳ございません。わたくしの不徳の致すところでございます。先生方はわたくしの為を思って指導してくださっているのです。それを習得しきれないわたくしが悪いのです』

泣いたであろう、赤く染まった目元。そんな姿を見せない様にカーテシーをする。

『陛下のご期待に添える様に、国一番の淑女になる事が、わたくしの目標でございますから』

と。幼いながらも公爵家の令嬢としての矜持を持つのか。王としての資質さえも今だ足りないアルフレッドには勿体ない。我だったら.....と思ってハッとする。一体何を考えていたのだ、我は。それにしても、エリーゼ嬢が頑固なのは誰に似たのであろうかと苦笑した。

**************************************

『ここにいる皆に宣言する。エリーゼ・グラストン侯爵令嬢との婚約を破棄し、新たにレイチェル・シルナベル子爵令嬢を婚約者とする!!』

くるべき時が来たか。
壇上の上で、アルフレッドが宣言している姿を冷ややかに見つめる。事前にサイラスから、アルフレッドが卒業パーティでエリーゼ嬢に婚約破棄を突き付けるつもりだと聞いてはいた。でも、まさか、幾らアルフレッドでも、臣下一同が集まる祝いの場で、一方的にそんな宣言をするとは思ってもいなかった。
セリーヌの気持ちを思うと、どうにかしてやれないのだろうかと考える自分もいるが、王として判断は誤れない。

アルフレッドは自分の不貞を棚に上げ、エリーゼ嬢が懸想している相手がいると高らかに宣言した。学院での授業、王宮での妃教育。どこにそんな暇があるというのか。我が息子ながらほとほと呆れてものが言えない。

ただ、そんなアルフレッドに対して、エリーゼ嬢は何も反論せず、顔色を変えて立ち尽くしていた。
まさか、エリーゼ嬢が?アルフレットでもあるまいし、そんな事は......と内心慌てていた我の耳に、飛んでもない言葉が飛び込んできた。

『エリーゼ付きの侍女より内々に報告されました。エリーゼが時折、四阿で、誰ぞの名を呟いて物思いに耽り涙を流していると』

『侍女が申しておったわ。小声にて全ては聞き取れなかったが、アレク様と。そう其方が口にしていたと』

頭の中が真っ白になった。後にも先にも、こんな事は初めてだった。王として、心内の葛藤を表に出さない様にするのに渾身の自制を強いられた。
アレクと口にしていた?ミリアが我の名を呼んで泣いていると?
それは、ミリアが我を求めているとおもって良いのだろうか?
騒めく会場で立ち尽くす、エリーゼ。
エリーゼの本意を確かなければ。

『エリーゼ嬢。辛い思いをさせてすまなかった。アルフレッドの行状はリカルドや学院長、王宮の女官長から聞き及んでいる。若気の至り、自らの立場を考えれば改まるのではと楽観していた我が悪かったのだ。申し訳ない』

『陛下!そんな女になにをっ……!』

『陛下?!おやめください。アルフレッド様のお心に叶わなかった上に、心を寄せられなかったわたくしが悪いのです。』

『エリーゼ嬢…。エリーゼ嬢の気持ちは揺るがないものなのか?』

エリーゼは我の目をしっかりと見つめた。

『はい、陛下。わたくしはもう自分の心に嘘はつけません』

『想いを貫くのは荊の路かもしれない。今ある全てを無くしたとしても、そなたの想いに応じて貰えぬかもしれぬ。それでもその想いを貫くつもりなのか?』

『はい、陛下』


淀みなく答えるエリーゼ。愛おしいとは、正にこの気持ちの事か。ようやく向かいあった我の想いに項垂れて、右手で顔を隠し大きな溜息を吐きつつ、呟やいた。


『全く、昔から頑固なところは変わりない』

***************************************


アルフレッドを王太子から第一王子にし、エリーゼとの婚約は解消とし、今後の成長を見て王位を継承させるかせるかどうか、結論は先延べにした。
会場にいる皆に、改めてパーティーを楽しむ様にと宣誓する。
さて、これからは我の出番か。サイラスのお小言にも飽き飽きだし、期待に応えねばだな。

『エリーゼ嬢。少し話をしようか。我と共にこちらへ』

壇上から降りてエリーゼに手を差し伸べる。
会場にいる皆様の視線が、差し伸べた我の手を取ったエリーゼに一気に集まった様なそんな気がする。

サイラスを見ると、青褪めた顔から紅潮して両手を握りしめて天に向かって差し上げている。あれは一体何のポーズなのか。分からん。

会場から王宮の庭園につづくバルコニーに出て、エリーゼの手を引く。
折れそうな華奢な指。小さめな手の温もりを離したくなくて、そっと握りしめた。

庭園の東屋にエリーゼを導いて座らせる。勿論、我の膝の上に。

『あ、あの陛下。』

『なんだい、エリーゼ嬢』

エリーゼの髪を指に絡めながら、優しく抱きしめる。あぁ、なんて柔らかいんだ。

『きゃ、あ、あの陛下。い、いけません』

恥ずかしさの余り全身から火が出てしまいそうな位、全身を赤く染めているエリーゼ。

『エリーゼ嬢。なにが、いけないんだね?エリーゼ嬢は我を想っていると、先程そう言ったのではなかったかな』

『それは…。確かにわたくしはずっと陛下を想ってきました』

『お互いを思いあっている2人が触れ合うのは自然な事だよ』


エリーゼの髪に口づけしていたのをやめ、エリーゼを見つめる。

『へ、陛下。陛下もわたくしを想っていてくださったと?』

真っ赤になりながら、我に尋ねるエリーゼ。

『そうだ。其方は気が付いていなかったかも知れないがね。可愛いエリーゼ。一度は逃してあげたけど、もう、逃しはしないよ』


そう言って我はエリーゼの唇に静かに口付けをした。


エリーゼとの初めての口付けを堪能する前に、エリーゼは気を失ってしまった。エリーゼを抱き抱えて庭園から戻った我の姿を見て、会場の皆が歓喜し、卒業パーティーが祝賀会に替わってしまった。ようやく我が妃が迎えると、サイラスを筆頭に閣僚達が泣きに泣いて祝杯を挙げ、会場にいたグラストン侯爵に義父上と声をかけたら、卒倒して倒れてしまった。

次の日の朝、我の腕の中で目覚めるであろうエリーゼになんて伝えようか。きっと我が見惚れた笑顔を見せてくれるであろう。

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