1 / 2
前編
しおりを挟む
王城の中庭で、花々の間を飛び舞う蝶を追いかけていた、可愛らしい子だな、と思ったのが彼女の最初の記憶だ。
小柄で愛らしく、庭園で仕事をしていた庭師にも声をかけ、子供ながらに礼儀作法はしっかりとしていて。
庭師から差し出された花を胸に抱き、感謝を述べる素直な笑顔が太陽の様で。
本当に可愛い子だと思ったのが、彼女への私の一番最初に抱いた思いだ。
王城の中にいるとなるとそれなりな地位の家の娘。
今日は御前会議で宰相始め、各大臣も出席しているはず。小さな子供を連れてきたとなると、昨年奥方を亡くされたグラストン侯爵に違いない。
亡くなられた奥方は北のオルレリアから嫁がれたはず。銀の髪をした美しい方だったと記憶している。
侯爵家の一人娘として、家柄も申し分ない。息子の妃としていいのではないか。そんな事を考えていた。
宰相のサイラスに意見を求めると、大きな溜息をついた。
『陛下。確かに未来の王太子妃を決める事は大事な事でございます。しかしながら、それよりも今はまず、陛下の妃を決める事の方がこの国にとっては重要な事と存じますが』
また、サイラスのお小言が始まった。
『サイラス、それについては何度も申したはず。我はもう妃を娶るつもりはない。後継として、アルフレッドがいるではないか』
『陛下、確かに仰るとおりですが、アルフレッド殿下に何かあった場合、次を担う方がいらっしゃいません』
『その時は、嫁いだ姉上のを養子に迎えいれると申しているであろう?』
『それも伺っておりますが、やはり、陛下の直系を求める国民は多いのです。殿下も大病をすることもなく、健やかに成長成されていますが、いかんせん…』
『それ以上は言うな、サイラス』
『しかし…』
『サイラス!口にしてはならん、妃と約束をしたのだ。王子を国の王とすると』
アルフレッドを産んだ事で身体を壊して早世したセリーヌ。政略で結ばれた私達だったが、お互いを尊重し合い、短い人生ではあったが仲睦まじく過ごせたと思う。男女の愛とは違うかもしれないが、確かに私達の間には愛があった。そのセリーヌが、自分の生きた証としてアルフレッドをこの国の王にと最後の願いとして残した想いに報いてやりたい。王としての資質はまだこれからでも身につけていけるだろう。
『確かに、グラストン侯爵令嬢であれば、将来の王妃としてアルフレッド殿下を支えてくださるかもしれませんね。』
『サイラスもそう思うだろう?家柄もだが、あの娘の笑顔をみているだけで、癒されるというか。太陽に光る銀色の髪も美しかったし、しなやかな若木を思わせるような肢体も見ていて』
アの日の姿を思い出しながら、うんうんと頷いていると、宰相が恐ろしいモノでも見たかの様に顔面蒼白にして我を見つめている。
『へ、陛下、も、も、も、も、』
なんなんだろうな、サイラスも、とうとう仕事の疲れが出ておかしくなったか。
『も、がどうしたのだ?』
『も、がどうしたのではなくて、へ、陛下は、そ、その、大人の女性ではなくて、あ、その、あの、幼女…』
『馬鹿者。我にはそういう趣向はない』
サイラスの頭の中はどの様な事になっているのか。有能と頼りすぎたのがいけなかったか。暫し領地にて療養をさせるべきか。
『確かに亡くなられたセリーヌ様も、肉感的と言うよりは、清楚で可憐な方でしたが、まさか、陛下がそんな…』
青い顔をしてブツブツ呟く切れ者と呼び名も高い宰相。
『サイラス、いい加減にしろ』
冷ややかな視線をサイラスに向ける。領地にではなく、グリーネにでも叩き込むか。
『ん、ゴホン。陛下、わたくしの心配はご無用です。グリーネ王立医院にお世話になるのはまだまだ先の予定ですので。余りの事に、我を忘れそうになったたげです』
『その様だな』
ジロリと半目でサイラスを睨む。
『分かりました。陛下がそこまで気に入られたご令嬢であれば、きっと 王子も気に入られる事でしょう。早速 グラストン侯爵に 王子とご令嬢の婚約の打診をいたしましょう』
『頼む』
侯爵家に令嬢とアルフレッドの婚約者となる旨を打診し、初顔合わせをしたのは、それから2ヶ月経ったある日。
アルフレッドは婚約者に会えると、数日前から楽しみにしすぎて、当日に熱を出してしまった。それでも顔合わせに出ると言っていたが、王宮医に止められて部屋から令嬢に挨拶するに留めた。
『すまない、グラストン侯爵。我が子ながら、なんと申したら良いのか。令嬢にはすまない事をした』
『陛下、子供というものは、突然熱を出したりなど、珍しくはございません。お気になさらずに』
『そう言ってもらえるとありがたい。王子の替わりに我が令嬢に挨拶をしよう』
公爵家の隣に立つ令嬢。
緊張からか、いつぞや庭園で見かけた様な笑顔には程遠い表情。
令嬢の目線になる様に膝をつく。驚いた宰相や侯爵が止めようとするが、手を振る。
『エリーゼ嬢。アルフレッドです。婚約者として、宜しく頼むね』
親として、将来王妃となってくれるだろうエリーゼ嬢に挨拶をする。
緊張が解れたのか、薔薇色に染まった頬。潤んだ瞳。花が咲き綻ぶ様な笑顔でうなづくエリーゼ嬢。窓辺から手を振るアルフレッドを見やり、
親として、この国の王としては祝福すべき事なのに、何故か小さな棘が気づかぬ場所に刺さった様な、そんな痛みを感じた。
小柄で愛らしく、庭園で仕事をしていた庭師にも声をかけ、子供ながらに礼儀作法はしっかりとしていて。
庭師から差し出された花を胸に抱き、感謝を述べる素直な笑顔が太陽の様で。
本当に可愛い子だと思ったのが、彼女への私の一番最初に抱いた思いだ。
王城の中にいるとなるとそれなりな地位の家の娘。
今日は御前会議で宰相始め、各大臣も出席しているはず。小さな子供を連れてきたとなると、昨年奥方を亡くされたグラストン侯爵に違いない。
亡くなられた奥方は北のオルレリアから嫁がれたはず。銀の髪をした美しい方だったと記憶している。
侯爵家の一人娘として、家柄も申し分ない。息子の妃としていいのではないか。そんな事を考えていた。
宰相のサイラスに意見を求めると、大きな溜息をついた。
『陛下。確かに未来の王太子妃を決める事は大事な事でございます。しかしながら、それよりも今はまず、陛下の妃を決める事の方がこの国にとっては重要な事と存じますが』
また、サイラスのお小言が始まった。
『サイラス、それについては何度も申したはず。我はもう妃を娶るつもりはない。後継として、アルフレッドがいるではないか』
『陛下、確かに仰るとおりですが、アルフレッド殿下に何かあった場合、次を担う方がいらっしゃいません』
『その時は、嫁いだ姉上のを養子に迎えいれると申しているであろう?』
『それも伺っておりますが、やはり、陛下の直系を求める国民は多いのです。殿下も大病をすることもなく、健やかに成長成されていますが、いかんせん…』
『それ以上は言うな、サイラス』
『しかし…』
『サイラス!口にしてはならん、妃と約束をしたのだ。王子を国の王とすると』
アルフレッドを産んだ事で身体を壊して早世したセリーヌ。政略で結ばれた私達だったが、お互いを尊重し合い、短い人生ではあったが仲睦まじく過ごせたと思う。男女の愛とは違うかもしれないが、確かに私達の間には愛があった。そのセリーヌが、自分の生きた証としてアルフレッドをこの国の王にと最後の願いとして残した想いに報いてやりたい。王としての資質はまだこれからでも身につけていけるだろう。
『確かに、グラストン侯爵令嬢であれば、将来の王妃としてアルフレッド殿下を支えてくださるかもしれませんね。』
『サイラスもそう思うだろう?家柄もだが、あの娘の笑顔をみているだけで、癒されるというか。太陽に光る銀色の髪も美しかったし、しなやかな若木を思わせるような肢体も見ていて』
アの日の姿を思い出しながら、うんうんと頷いていると、宰相が恐ろしいモノでも見たかの様に顔面蒼白にして我を見つめている。
『へ、陛下、も、も、も、も、』
なんなんだろうな、サイラスも、とうとう仕事の疲れが出ておかしくなったか。
『も、がどうしたのだ?』
『も、がどうしたのではなくて、へ、陛下は、そ、その、大人の女性ではなくて、あ、その、あの、幼女…』
『馬鹿者。我にはそういう趣向はない』
サイラスの頭の中はどの様な事になっているのか。有能と頼りすぎたのがいけなかったか。暫し領地にて療養をさせるべきか。
『確かに亡くなられたセリーヌ様も、肉感的と言うよりは、清楚で可憐な方でしたが、まさか、陛下がそんな…』
青い顔をしてブツブツ呟く切れ者と呼び名も高い宰相。
『サイラス、いい加減にしろ』
冷ややかな視線をサイラスに向ける。領地にではなく、グリーネにでも叩き込むか。
『ん、ゴホン。陛下、わたくしの心配はご無用です。グリーネ王立医院にお世話になるのはまだまだ先の予定ですので。余りの事に、我を忘れそうになったたげです』
『その様だな』
ジロリと半目でサイラスを睨む。
『分かりました。陛下がそこまで気に入られたご令嬢であれば、きっと 王子も気に入られる事でしょう。早速 グラストン侯爵に 王子とご令嬢の婚約の打診をいたしましょう』
『頼む』
侯爵家に令嬢とアルフレッドの婚約者となる旨を打診し、初顔合わせをしたのは、それから2ヶ月経ったある日。
アルフレッドは婚約者に会えると、数日前から楽しみにしすぎて、当日に熱を出してしまった。それでも顔合わせに出ると言っていたが、王宮医に止められて部屋から令嬢に挨拶するに留めた。
『すまない、グラストン侯爵。我が子ながら、なんと申したら良いのか。令嬢にはすまない事をした』
『陛下、子供というものは、突然熱を出したりなど、珍しくはございません。お気になさらずに』
『そう言ってもらえるとありがたい。王子の替わりに我が令嬢に挨拶をしよう』
公爵家の隣に立つ令嬢。
緊張からか、いつぞや庭園で見かけた様な笑顔には程遠い表情。
令嬢の目線になる様に膝をつく。驚いた宰相や侯爵が止めようとするが、手を振る。
『エリーゼ嬢。アルフレッドです。婚約者として、宜しく頼むね』
親として、将来王妃となってくれるだろうエリーゼ嬢に挨拶をする。
緊張が解れたのか、薔薇色に染まった頬。潤んだ瞳。花が咲き綻ぶ様な笑顔でうなづくエリーゼ嬢。窓辺から手を振るアルフレッドを見やり、
親として、この国の王としては祝福すべき事なのに、何故か小さな棘が気づかぬ場所に刺さった様な、そんな痛みを感じた。
1
あなたにおすすめの小説
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
真実の愛の祝福
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。
だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。
それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。
カクヨム、小説家になろうにも掲載。
筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる