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第1章 誕生編

第4話 マイハウスと平和の少女ムギッコ

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 団長ゼロの率いる聖騎士団アインは、案内人に追従する様に“鎧馬”を走らせていた。

 俺の能力は百体の鎧兵の他に動物型の鎧を百頭出せる。いつでも分解して違う動物に変えられ、哺乳類なら大体作れる。ただし、なぜか人型はダメというクソルールがあるので鎧兵を倍増させられない。猿もゴリラもダメ。差別ウホ!

 現在、馬にしているのは、やっぱり人が乗りやすく操りやすい動物なのと人里にいても違和感がないからだ。まぁ、象にでもして異国風の兵のフリをして遊んでもよかったが、俺の演技力に不安があったので辞めた。まぁ怒ったゾウ! くらいは言えますけど?

 ともかく、そんな鎧馬に乗って円形の壁に囲まれたマルクト王国城下町を抜け、肥沃な畑や長閑のどかな牧場の広がる郊外を北西方向へ移動していた。神樹の上の土は大昔の人が運び入れたらしい。大樹の上の、土の上で育つ作物と人々。うーん、ファンタジー。

「どーぅ、どーぅ!」

 大した情報のなくなった景色を眺めながら移動すること数分。案内人が西洋風の屋敷の前で止まった。

「こちらがあなた方が住まわれる邸宅でございます」

 うおぉ! デカい!

 三階建て! 噴水ありの庭! 百頭入りそうな厩舎きゅうしゃ! 地球にいた時も見たことない! いやテレビでは見たかも!

 とにかくここが今日から俺のマイハウスだ。やったぜ。

「急であったため使用人はまだ到着しておりません。中で少々お待ちください」

 使用人かぁ。不味いな、俺がぼっちで百体のお人形で遊んでいるという秘密がバレる。誰がぼっちだよ。

「いや、手伝いは要らない。自分達のことは自分達でする。それが俺達騎士団アインの掟のひとつだ」

 今作りました。

「なんと崇高な考えをお持ちでしょうか。しかし、屋敷と厩舎の掃除、庭の手入れ、来客の対応などやる事は山積みですが兵隊だけで大丈夫なのですか?」

 うっ……大変そうだな。でも人なんか住まわせたら食事、風呂、トイレとかの回数だけでも怪しまれるよな。

「ああ、問題ない」

 と言うしかない。ぐすん。

「ところで金子きんすの方はいくらか貰えるのだろうか」

「えぇ、ご安心ください。女王陛下から当面生活に困らない程度のお金を渡すよう言付かっております」

 ならいいか。百人分となるとかなり貰えるだろうな。ぐへへ。

 屋敷に入ると案内人は、水場や火の扱いなど簡単な説明をした後、法律に関する資料や王都の地図など重要書類を書斎の机に置いた。さらにマルクト王国の硬貨が入った小袋を俺に手渡して帰って行った。残りは後から持ってくると言っていたが、大金を持っておくのは怖いので無くなりかけてから貰うことにした。

 さぁて、疲れたし休みたいけどそうも言ってられないよな。女王様が聖騎士団なんて称号を与えてくれたお陰で人間をより一層警戒しなくちゃならなくなった。

 まずは、屋敷全体と周囲の地形を把握、いざとなった時の逃走経路の確保。それから警備を配置して、人形とバレないよう人間らしいシフトを組む。それが終わったら国を散策して情報集めだな。

 その時だった。からんからん、と小さめの鐘の音が響いてきた。窓から外を覗くと門の前に人影。あー、くそっ、面倒な。やる事が多い時に限ってこれだ。

 とりあえず女キャラである水色鎧のウォーターと白鎧のライトを向かわせた。

 二体が門の前に着くと、燕尾服を着たテンプレな執事っぽい男が立っていた。

「林檎農家シラユッキ様よりリンゴの差し入れでございます」

 白雪姫みたいな名前しやがって。毒リンゴ混ざってるだろそれ。

「あわわ、嬉しいのですけど——」

 テンプレ執事を追い返そうとした時だった。目の端に何かが映る。

 え。道の先を見ると、人、馬、馬車の行列。

 うわぁ、どいつもこいつも俺の騎士団を取り込むためか、あるいは排除するために刺客を送り込んで来てやがるな。

 怒鳴りつけて追い返したいところだが、騎士団のイメージが悪くなるので、とりあえず一組ずつ話を聞いてみる。

「イチクジご令嬢より婚姻の申込みでございます」

 絶対ハニートラップの類だろ。

「南方騎士団団長グレイプニル様から決闘の申し込みが」

 ブドウでも煮てろよ。

「オレンジャが『死ねバーカ』だってさ! んじゃ伝えたからなー。ヒャッホー! これでお小遣いが貰えるぜー!」

 誰だよ。戦隊モノに出てそうな名前しやがって。直接来いっつーの。

 その後も、やれ仕事をくれだの、金を寄越せだの、組合に入れだの、出ていけだの、くだらない訪問者の連続だった。そして、ほとんど何もできないまま、気付けば日が暮れかけていた。

 あーうぜー。まぁ隙間時間に屋敷全体の把握と、警備のローテーションは組めたし今日はもう寝るか。

 屋敷一階中央付近にある寝室のベッドに倒れ込んだ。着替えないとなー、あー風呂も入りてー、でも眠いしなー。と、ウトウトし始めた時だった。

「あーそーぼー!」

 外から聞こえるクソでかい声に体を起こした。眠い目を擦りながら、中空にモニターを出して門兵の視界を映す。城の前で会った金髪三つ編みの七歳くらいの平民少女だ。小麦色のエプロンドレスがかわいい。

「あたし、ムギッコ! よろしくね! あなたは?」

 えーと、今の門番誰だっけ……ああ騎士団No.93の“トンカツ”だな。俺の好きな食べ物の一つ。豚の兜を被った幅広の男。武器はモーニングスター。

「トンカツだトン」

「わ! 何かおいしそー!」

 でしょうね。

「もう夜になるし遊ぶのは今度にして帰るトン」

「やだ!」

 子供か。子供だ。

「あ、パン持ってきたよ! あたしの家で焼いたの! みんなで食べてね! あ、一人分しかないからやっぱり一人で食べてね!」

 何だそれ。まぁ助かるけど……いや、毒の可能性があるな。

「ムギッコ、ちょっと食ってみるトン」

「え、いいの! わーい!」

 ぱくっもぐもぐ、と擬音を付けたくなる可愛らしい食べ方で躊躇ちゅうちょなく口に放り込んでいた。あー腹が減る。

「おいしー! もいっこ食べよ!」

「こらこらダメだトン。晩御飯が食べられなくなるトンよ?」

 後は俺のものだ! 他のに毒が入ってるかも知れないけど、どちらにせよ食べなきゃ死ぬんだし、もう食べちゃう!

「あーそっか! トンカツ賢い! じゃ、帰るね!」

 いや、遊ばんのかい。助かるけどさ。

「あ、危ないから送っていくトン」

「だいじょーぶ! 家、すぐそこだから!」

 と言って、指差した先には煙突が見える。ご近所さんだったか。

「あ、今日来たのはね、お母さんが『ご近所とらぶるが怖いからパンでも渡してご機嫌とっておきなさい』って言ったからなんだよっ」

 余計なこと言ってくなよ。ちょっと傷付いたじゃん。意外と繊細なんだぞ俺は。

「じゃ、ばいばーい!」

 ムカつくが手を振りかえしてやる。俺ってやさしー。しかしあのムギッコって子は要注意だな。俺の秘密を知ったら国中にバラしそうだし。隣人ガチャハズレだぜ。

 そして日が完全に落ちた。ムギッコから貰ったパンをかじりつつ、窓から満天の星空を眺める。ここは神樹の上で、本来は葉や枝に覆われているのだが空に遮蔽物は何もない。正確にはうっすら輪郭が見えなくもないが、目を凝らしに凝らさないと見えることはない。

「本当に異世界に来たんだなぁ」

 ちょっとセンチメンタルな気分になる。疲れてるな。

 それもこれも聖騎士団なんかにされたせいだ。あー辞めたい。でも、今さら巨獣の徘徊する下界に行きたくないよな。

 鎧兵を五体しか出せなかった時、夜が来るたび怖かった。巨獣の足音や鳴き声に毎日震えていた。巨大ダンゴムシに轢き殺されそうになった時は半泣きだったなぁ。

 ……やっぱりこのマルクト王国に居たいよね。うん、頑張ろう。頑張って国民に認めて貰うんだ。たとえ鎧兜を脱がなくても正しい言動を心掛けていればきっと信頼を得られるはず。よし、そうと決まったら寝て体力回復だ。

 ……と、その前に水を飲もう。

 このマルクト王国の水は主に神樹から得ている。聖水と呼ばれ、煮沸しなくても飲める素晴らしき水。各地に空いた大小様々な穴から湧くのだ。

 家の中にある水飲み場の蓋を開けた。するとここから水が湧きます……ん? あれ? 湧かないな。もしもーし? 神樹さん? 節水中ですかー?

 俺が片目を閉じながら穴を覗くと——勢いよく聖水が溢れてきた。

「ブハッ!」

 なんだよもう。神樹ちゃんご機嫌斜めなのかな? まぁ、最近変な虫が棲みついちゃったもんな。誰が虫だよ。

 ため息を吐きつつ顔を拭く。その後、喉を潤し寝室に移動してベッドに転がる。すると一気にまぶたが重くなり、泥のように眠りに就いた。

 そして次の日の朝。

 門の方から聞こえる馬のいななきで目が覚めた。やべっ、寝過ぎたか?

 門番の主観カメラを見ると、豪華な馬車から一人の高貴な金髪少女が降りてきた。

「くふふ、きちゃった。のじゃ」

 面倒くさい彼女みたいな事をほざくその人物は、女王マルメロであった。
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